柵からの解放

片魔ラン

第1話

 突然ではあるが、貴方達は女性五人と男性一人の冒険者パーティーと聞いてなにを思い浮かべるだろうか。一人の男を取り合うギスギスとしたパーティー、一人の男を共有している華やかなパーティー、五人の女を侍らせているいけ好かないハーレムパーティー。

 様々な形態が存在するのだろうが、俺の場合はそのいずれでもない。断じて取り合われてなどいないし、華やかでもなければ侍らせてもいない。

 ただ単純に森から一緒に出た幼馴染六人でパーティーを組んでいるだけなのだ。


 当初はよかった。百年近く共に過ごした幼馴染の六人組だったため、信頼関係はこれ以上ないほど強固に構築されており、理想的な駆け出し冒険者パーティーと言えただろう。

 しかし、冒険者登録をしたこの辺境の街にて、史上最速Dランクに上がった頃から全てが狂い出した。何故かずっとついてきてくれるサーシャ一人を除き、幼馴染達は変わってしまった。

 次々と高難易度のクエストを取ってきては俺とサーシャに押し付け、自分達は依頼達成金で男と遊び歩くようになった。そして、自分達の実力は一切向上していないにも関わらず、たまにクエストに同行しては活躍しようとする。正直彼女達を死なせないようにサポートする過程で何度も死にかけた。

 だが、俺には彼女達の元から自主的に離れられなかった。理由は色々とあるが、結局は依存なのだろう。ハイエルフの里でダークハイエルフとして生まれ、奇異なモノを見る目に晒されていた俺と遊んでくれ、共に育ってくれた五人。俺には両親と彼女達以外に頼れる存在がいなかったし、作ろうともしなかった。

 そして、そんな俺は彼女達の歩む道を正そうともしなかった。怖かったのだ。余計なことを言ってしまい、今いる唯一の味方が離れていくのが。

 それが今のこの状況を作り出したのだろう。冒険者ギルドにて俺とサーシャがいかに自分達の功績を掠め取っていたかを声高々に言い募る四人。しかし、ギルドではその言葉に耳を傾ける人間はいない。


「私達が達成したクエストを勝手に換金してランクをあげてたのよ!?皆もっと耳を傾けなさいよ!」


 そう喚き散らすナタリー。かつては美しかった彼女の髪は現在不摂生が祟り、ボロボロになっている。


「コカトリスだってミニドラゴンだってアースラゴンだって!全部私達が!四人で狩ったのにこいつら二人が


 そう、彼女達は自分達四人の冒険者ランクがDから一切上がっていないことに気付き、焦ったのだ。なにせ十年間Dランクに留まっているのだから。栄光を掴み、冒険者の頂点へと続く道を順調に歩んでいたと信じていた彼女達にはそれが耐えられなかったのだろう。そして、薬物で虫食われてしまったその脳みそから知恵を絞り出した結果、これまでの俺とサーシャの功績を自分達のものとすることを思いついたのだ。

 しかし、そのような主張が通るはずもない。


「お前ら馬鹿か?コカトリスとアースラゴンはブランドンとサーシャがうちのパーティーと達成した依頼だぜ?大体コカトリスんときは知らんがミニドラゴンとアースラゴンの時、お前らはここに来てた勇者(笑)に侍ってたじゃねえか。国からの依頼でまだ駆け出しの勇者に害をなす強力な魔物を全部狩ってたっつうのにお前ら四人は街から一歩も出ずに勇者とイチャイチャイチャイチャと…それがなんだ?こっから片道二日はかかる峡谷のドラゴンをヤっただと?冗談を言うのもほどほどにしておけ。」


 そう冷静に諭したのは顔に大きな傷が二本通っている強面の巨人族。俺がたまに行動を共にしているパーティー、“ゴライアス”のリーダーのオルガだ。

 

 しかしそうだったのか。てっきり彼女達は未だにAランクパーティー、“黄金の騎士団”のリーダーに引っ付いてるものだと思っていたのだが。

 確かに言われてみれば彼女達はその時期、それまでとは違う趣味志向の人物に貢いでいたような気もする。後で冒険者口座からの引き落とし記録を見ればわかるが、確かいつもの高価な貴金属類ではなく、なぜか魔法剣やらミスリルの鎧やらを買っていたのだ。武器防具を買っているのを初めて見た俺はもしかしたらまた冒険者活動を再開するのかもしれない、と淡い期待を抱いたものだ。

 

 「そ、それは!そう!私たちにかかればそんなのへっちゃらなのよ!って言うかそんなことどうでもいいから早く認めなさいよ!ギルド側はなにも言うことがないわけ!?」


 わかりやすく狼狽し、見苦しく叫ぶのはアリサ。ハイエルフの中でも特に優れていると言われているその美貌には年々陰りが見え、数千年は不老だと言われているのにも関わらず、今では四十代後半の人族にしか見えない。一体どのような薬物を使用していればそんな摩訶不思議な老化現象を引き起こせたのだろうか。

 

「そこの受付!なんとか言いなさいよ!」


 アリサが迫るも、受付嬢は動じない。彼女達は全員ギルドに雇われたCランク以上の冒険者なのだ。アリサ達四人より当然実力は上であり、凄まれて動じる道理がない。


「そう申されましてもギルド側としましては魔物の討伐証明部位に浸透した魔力痕やブランドンさんとサーシャさんの場合はブランドンさんの亜空間格納庫を利用した魔物の死骸の検分等で討伐者を判断しておりますので。失礼ですが貴方達四人にはミニドラゴンは愚か、フェイクサラマンダーすら討伐できるとは思えませんが?」


 ミニドラゴンの討伐ランクはB。Bランクの冒険者三人が連携をして初めて安全に倒せるとされているランクだ。それに対してフェイクサラマンダーはD、同様にDランク三人を擁すると言われているランクである。

 本来、この幼馴染四人組なら難なく倒せるはずのランクである。しかし、長年討伐から遠ざかっている彼女達は偶のきまぐれでランクをかろうじて維持しているようなもので、実際の実力はEランクにすら劣るのでは、と噂されている程だ。そんな彼女達がフェイクサラマンダーを倒せるのかを疑問に感じてしまってもおかしくはない。


「そんなわけないでしょ!?フェイクサラマンダーどころかサラマンダーだって余裕で狩れるわよ!」


 おいおい、彼女達はサラマンダーの情報すら知らないのか?数年前までは確かに討伐ランクAとされていたが、現在は火の精霊の契約成獣であることが判明して討伐禁止になっている幻獣サラマンダー。当時サラマンダーは討伐ではなく火系の精霊使いに沈めてもらうように、とギルド本部からお達しが来て結構なビッグニュースとしてしばらく話されたんだが。


「とにかくですね、そこまで実力があると言われるのでしたら手っ取り早く自分達で狩ってランクをあげたらどうですか?ランクAにもなればギルド側としても真面目に嘆願を聞き届ける必要が生じますし。」


 確かに真っ当な返しだ。Dランク数人がBランクの俺とサーシャに功績を横取りされた、と騒いでもギルド側に聞き届けるメリットはなにもない。そこまでの実力があるのであればとっととランクを上げ、それから訴えればいいのだ。


「うっ…そこまでしてそこの泥棒二人を庇うのね!ならいいわ!ギルド本部に行って聞いてもらう!」


 何故そうなる。ギルド本部はこっから魔導車に乗って一ヶ月はかかる。自分達の魔導車すら持っておらず、口座にほとんど金が残っていない四人に旅を成し遂げられるとは思えない。

 仕方がない、ちょっと口を挟むか。


「お前ら、そこらへんにしとけって。ランクあげたいなら手伝うからさ」


 そう、ランクをあげたいのであれば俺が手伝えばいいのだ。正直既に情は干上がりきっているが、彼女達への最後の手向としてCランクに引き上げるぐらいはしてやってもいいだろう。と、思っていた俺が馬鹿だった。


「はあ!?なに言ってるの!?頭大丈夫!?私たちは貴方が私達から搾取したランクと報酬を寄越せって言ってるのよ!ほら早く寄越しなさい!」


 そう言って掴みかかってくるアリサ。頭が大丈夫なのかと問いたいのはこちらだ。しかし、現在はそれどころではない。


「おいアリサ!やめろ!公衆の面前で俺を掴むのはダメだ!おい聞けって!」

「なによ!大丈夫よ!私とあんたじゃ釣り合わないから恋仲だって噂されることはないわ!そんな心配するんだったら早く金を出しなさい!」


 ああ、何故そう捉えてしまうのだ。違う。そうではない。そう叫ぶが、俺の音馬は彼女には届かない。

 そして、そのようなやりとりが数分続いた頃、アリサの両脇を憲兵が掴み引き摺って行ってしまった。そりゃそうだ。Bランク冒険者は世界連盟から名誉子爵位を授けられる。

 当然ただの名誉称号のようなもので、領地や年金などの実利は全くない。しかし、世界連盟加盟国においては貴族として扱われるのだ。

 これが大きい。

 世界連盟の頂点に君臨する四つの大陸はなによりも冒険者を重宝していて、何かがあれば中小国の一つや二つ、経済制裁で吹っ飛ばしてしまうことを実際に示し、全てを変えたのだ。結果、これまでのように貴族の横暴に逆えず、堕ちていく冒険者が一気に減少したのだ。

 そして、世界連盟、つまりは四大国から子爵に叙せられるBランクや、伯爵に叙せられるAランクが貴族達の横暴に横暴に真っ向から逆らえるようになり、冒険者という職業はより発展し、国々もより豊かになった。

 故に、国や冒険者達はこのシステムを受け入れているのだ。ただのDランクが貴族に掴みかかりタカればどうなるのか。三歳児でもわかるだろう。


 アリサは引きずられながらも騒ぎ散らし、よく理解出来ない言葉を発している。きっと既に彼女の思考回路は狂ってしまってるのだろう。度重なる薬物服用に毒になる量の飲酒。何度も辞めさせたが、彼女達は聞かなかった。

 そしてその光景を呆然と見ていた他の三人も憲兵に魔封じの手錠をかけられ、連れて行かれてしまった。


(俺がもっと厳しくしなかったから…)


 千年間の修行が終わり、森に戻ったときに彼女達の両親に何といえばいいのか。最悪、この命を刈り取られることすら覚悟せねばなるまい。

 そんな時、後悔の念に苛まれている俺の手がそっと握られた。


「サーシャ…」


 握ったのは銀髪碧眼の美女。十年前、唯一俺と共に歩み続けることを選んだ十五歳上の幼馴染だ。


「大丈夫だよブーちゃん。きっといつか、彼女達は元に戻ってくれる。そう思って今回のこの計画を止めなかったんでしょう?」

「ああ…だけどやっぱりあのような姿の彼女達を見てると心が痛い…」


 そう、実は今回の彼女達の行動は止めようと思えば止めることができたのだ。しかし、俺は敢えて泳がせた。全ては彼女達のために。


「大丈夫。きっと、いつか彼女達が出てきた時は元に戻ってるから。ね?」


 実は現在、薬物依存症の治療プログラムへは親族の同意なしに入れることができないのだ。故に、アリサ達四人の事はいくら施設に訴えかけても入れてくれはしなかった。しかし、その法律にもただ一つ例外があった。犯罪者の更生プログラムだ。

 一度犯罪を起こし、捕まった者で重度の依存症状が見られる場合は治療プログラムに強制的に送られる。そして、本来はその更生先を選ぶ事はできないのだが、今回俺たちは裏に金を回して最上級のリハビリ施設へ送り込まれる事を確約してもらっているのだ。

 当然、その費用は彼女達が出所した後に支払うことになる。だが、今回は俺とサーシャがその全額を負担することに決めている。これは俺の自責の念を少しでも和らげるための偽善に過ぎない。


「でもアリサは詐欺罪だけじゃなくて貴族への暴行未遂でも捕まっちまったからリハビリに追加して二十年は出てこれねえぞ…次会うのはいつになるのか…」


 最後に大きな過ちを犯してしまったのは俺だ。余計なことを言わなければ。冒険者ギルドの規約上、出所後の二ランク降格が決定している四人がせめてEランクから始められるように、と考えてしまったからアリサは。


「大丈夫よ。私たちはハイエルフよ?二十年なんてヒューマンで言えば数ヶ月程度のものでしょう?…まあ実際は時間の経過の間隔は同じだから違うんだけれども。」

「時間感覚が違ってたら数百年出所出来ないとかだったかもしれないんだしそこまで贅沢は言っちゃいけねえ。で、ブランドンよ。これからどうすんだ?ここに留まって四人を待つのか?それとも旅にでも出ちまうのか?」


 サーシャの言葉尻を捉え、会話に参加してきたオルガ。


「ああ、旅に出るよ。次にこの街に戻ってくるのはギルドから四人が出て来たって報せが来た時だ。」


 そう、俺とサーシャはこれから旅に出る。これは、今回の計画をサーシャに話したときに決めたものだ。


「ええ、そうよ。オルガ、貴方はついてこないでよね?私とブーちゃんはこれからラブラブ旅行に出るんだから。」

「あっ、おい」


 突然とんでもないことを口走ったサーシャを止めようと試みるが、間に合わなかった。サーシャの言葉にギルド会館の空気が一瞬凍り、次の瞬間には熱気に包まれた。

 全方位から祝いの言葉が飛び交い、男性冒険者は冷やかし、女性冒険者は熱心に話を聞きにくる。既に全員、アリサ達四人の事は頭の隅にもなかったようだ。


 サーシャは今回の計画を決めた際、俺に告白をして来たのだ。曰く、自分から柵を切らなきゃブーちゃんは前に進めなかったから待ってたの、だとか。そして彼女のことを憎からず思っていた俺はこの告白を受けた。気が狂ってなくて、ずっと隣にいてくれて、美人な幼馴染の告白など誰が断れるものか。

 しかし明かせば面倒になることがわかりきっているこの事実を俺はできることならば隠して置きたかった。言うとしても街を出た後、通信で、と決めていたのだ。

 そんな俺は押しいる人波の中に一筋の逃げ道を見つけると、サーシャを抱え上げた。周囲からは黄色い悲鳴が聞こえてくるがそんなものは無視だ。既に拠点を固定から外す手続きは済ませてあるし、魔導車や半年分の食料は亜空間格納庫にしまってある。後は街を飛び出るだけなのだ。


「サーシャ、ちょっとつかまっててな。」

「ええ。」


 彼女もその事はわかっていて、仄かな笑みを浮かべて俺を見上げている。きっと彼女はこの想い人が自分を連れ去るシチュエーションを堪能するためだけに先程の行動に出たのだろう。

 俺はそんな彼女に若干の苦笑を漏らしながらも、風魔法を使用して空を駆ける。途中で四人組を乗せた魔導車が見えたが無視だ。

 既に町から出るための書類は用意してあり、門を通り抜ける際に顔見知りの兵士に投げ付けた。いつか酒でも奢って許して貰えばいいだろう。

 

「最初はどこに行こうか?」

「ふふっ、もう決まってるんでしょう?」


 十年間過ごした始まりの街から初めて出るのだ。本に描かれた数々の秘境、歴史を伴った国々、経験したことのないような美味。これから色々なことをサーシャと経験する。その第一歩は当然、決めていた。

 父と母が挙式を行ったと言っていた水の都。この大陸の東端にある世界一美しいと呼ばれる都。そこでまずサーシャとの挙式を。


「ああ、期待しておけ。これから楽しみだな?」

「ええ。一緒にいろんな経験をしましょう?まずは東ね。最初の目的地は水の都でしょう?」

「知ってたのか」


 ああ、やっぱり彼女は俺をよく知っている。まだ極秘だったはずなのに。

 思えば森を出る時も彼女だけ示し合わせたかのように前日に相談に来たっけ。他の四人は出る瞬間になって強引について来たって言うのに一人だけ。きっと知ってたんだろうな。


「もちろんよ。ブーちゃんのことで知らないことなんてないわ?」

「ははっ、それはちょっと怖いな。」

「ふふ、」


 優しく笑って誤魔化す彼女に若干の苦笑を漏らし、前を見据える。

 視線の先ではまだ上がりきっていない二つの太陽が俺たちの未来を明るく照らしていた。

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