最終話 きっと明日は

 大キライと言われてレクサスがフリーズした。

 あー、前向きにとらえるなら、軍人大キライであってレクサス大キライではないからね。


「ゾロトワの内部抗争なんて嘘ついて、なのにみんな何事も無かったように過ごして。あの事件のことなんてもう忘れてるんでしょう?」

 何も返せないレクサスとわたし。


「あんたに事実を教えたのはアーノルか?」

 代わりに彼女の後ろからヒースだ。


「そうだよ。アーノルは、あたしには知る権利があるって真実を教えてくれたの。あたしみたいな思いをする人をもう出さないために、保身で真実を隠蔽するような組織体質を変えなきゃならないって。だから協力したの。彼がいないなんてあり得ない!軍の言うことなんて信用できないんだから!」

 声を震わせて主張する。


 気持ちはよくわかるし、被害者意識と突き放す気にはとてもなれない。わたしだって当事者だった。前夜にわたしを励ましてくれた先輩が命を奪われたんだ。それを目の当たりにした時の、黒い壁が迫ってくるようなあの恐ろしさを忘れたわけじゃないから。


「だからって、お前が犯罪に手を染めることなんて…」

「じゃあ誰のせいでこんなことになったのか教えてよ!誰だかわからない犯人を一生恨みながら生きるのがどんな気持ちか、レクサスには分かんないでしょ!」


 彼女の目からボロボロと涙がこぼれる。

「悪いことしてるのなんて分かってる。けど、あたしにはその権利がある。アーノルと一緒に真実をみんなに伝えるって約束したの。だから邪魔しないで」


 人は恋に狂ったら犯罪すら正当化できると、アークが言ってた。

 婚約者を失った彼女の絶望と悲しみは、理性を振り切って破滅へ向かわせるには十分だろう。


 アーノルは言葉巧みに彼女を利用している。傷ついた彼女を犯罪に染めるなんて、どこまで外道で卑劣な奴なんだろう!


「邪魔するに決まってんだろ!お前に犯罪させる奴なんて信用できるか!悪いことしてるの分かってるだって?婚約者が死んだからって何でも許されるわけねーだろ!」

 彼女以上の勢いで言い返すレクサス。


「犯人が分かれば終わりにするつもりなのか?そん時ゃもう遅せーだろ!アーノルがしてることは、一つもお前を助けることになんかならねー」

 わたしもヒースも固唾を飲んで二人を見守っていた。


 大丈夫、まだヘレナは引き返せるところにいる。その証拠に噛み付くようだった彼女の目が、ふっと和らいだ。


「あたしの人生なんて、もうどうでもいいんだよ…。オラースはもういない、帰ってこないんだもん。死んじゃいたいよ…」


「どうでもよくなんかねー。オレは、ヘレナが作ってくる弁当が毎日楽しみで、ちょっと話せたらすげー嬉しくて、それだけで午後も頑張ろうって力が湧くんだ。そう思ってんのはオレだけじゃなくてさ。ヘレナには人を元気にするすげーパワーがあるんだよ」


 レクサスは笑顔を見せる。

「だから今はつらくてもさ、乗り越えようぜ。オレ、空気読めねーし女心もわかんねーけど、ヘレナの力になりたい」


 もう一度涙がこぼれて、ヘレナは袖で何度も目の周りを拭う。

 婚約者の死で彼女の人生は大きく変わってしまったけれど、悲しみに共に寄り添ってくれる人もいる。人を想い合うって、こうして繋がっていくことなのかな。


「…ありがとう。本気でそんなこと言ってくれるの、レクサスだけだよ」


(ほらぁ!そこでギュッとしなさいよ!)

 目で訴えると、

(ムリムリ!)

と首を振った。その向こうでヒースが苦笑している。


 わたしたちはヘレナの自首に同行した。彼女は自分の罪を認め、償うことを約束してくれたんだ。

「手紙書くから。またヘレナの弁当食べるの楽しみにしてるからな」

「うん。きっと戻ってくるからね」


 結局、アーノル・ハダムが何者で、何の目的でこんなことをしたのか分からず終いだった。気味が悪いよね。会ったら絶っ対許さないんだから。


「レクサス、よかったの?彼女に告白しないで」

 警察に連れられ建物の奥へ向かうヘレナの後姿を見送りながらわたしは問うた。

 彼女が戻ってきた時、レクサスが第7支部にいる保証はない。どころか、生きている保証すらないのがわたしたちの仕事だ。


「いーんだよ。今はまだ婚約者のことでいっぱいだろ。それなのにオレが一方的に伝えたって、困らせるだけじゃん」

 およ、レクサスらしからぬセリフ。猪突猛進に言いたいこと言うだけかと思ってたけど、こんな風に気遣う面もあるんだな。


 3人並んでわたしたちは真夜中の帰り道だ。

「ヘレナ、きっと大丈夫だよな」

「あんたがついてるじゃない」

 ほんの少しだけ名残惜しそうに振り返るレクサス。けれどすぐに前を向いた。


「おめぇら、明日の演習寝坊すんじゃねえぞ」

 そうだ!ヒースに言われるまで忘れてた!

「あっ…!」


 うぅ…気が重い。けどね、ヘレナはつらい気持ちを抱えながら頑張ってるんだ。わたしなんかの肉体的負荷の比じゃない。

 それに、わたしは大きな権力とは戦えないぺーぺーだけど、亡くなった人や利用されてしまった人に恥じないよう、今できることを全力でやりたいと思う。


「ヒース、わたし、明日は死にませんから」

「オレも明日は負けねー」

 明日の演習は山中の模擬戦なんだ。倒されたら頬っぺたに油性マジックで×印を書かれるんだけど、情けないことにわたしは毎回で…。


「言ったな。有言実行しろよ」

「もちろん!」


 俄然やる気のレクサスとわたし。

 急ぎ足の帰り道は三日月がきれいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ストライクアップ エピソード2.5~ 乃木ちひろ @chihircenciel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ