第5話 大キライ

 グランドホテルの爆破現場を思い出すと、今でも動悸がしてしまう。大きな窓ガラスが粉々に砕けて、家具や什器が散乱して——。

 それは多くの一般市民が死傷したひどいものだった。しかも軍上層部は真実を伏せ、マフィア『ゾロトワ』の内部抗争として公表していた。


 本当の首謀者はゾロトワに武器を横流ししていた軍上層部で、邪魔者を排除するために起こした事件なのに——。

 真相を知る人は第7支部内でも限定されている。直接関わったわたしたちはもちろん納得いかないけれど…ね。


 平和なご時世、モナリス軍は慢性的な人手不足なうえ、予算は毎年削られ続けている。こんな不祥事が世間に公表されては誰も得をしないのは分かる。分かるけど、それでいいのかって思うでしょ?


 そんなわけで今夜は飲みまくるしかねぇだろう!と、こちらも当事者のクリス隊と一緒に居酒屋『エクスカリバー』へ行ったら、我らがバトラー第7支部司令官が、上層部への暴言を吐いて先に潰れていたのには頷くしかなかった。大人も苦労してるんだなぁ…。


「ヘレナの婚約者が…?!」

 婚約者がいたことと、爆発の犠牲になったというダブルパンチでレクサスは言葉を失った。


「公表されているのが真実じゃないと知ったヘレナは、軍を逆恨みするようになったんじゃねぇか。だからアーノルの誘いに乗って、危険薬物を流通させたとか」

 ヒースの予想にわたしも頷く。

「事実じゃないと吹き込んだのって、アーノルの可能性高くないですか」


 もうすぐ深夜0時。わたし、ヒース、レクサスはヘレナのアパート下に集合した。やっぱり彼女は戻っていない。

「どこ行っちゃったんだよ…ヘレナ」


 一年中温暖なバースは夜でも冷え込むことはない。けれど田舎だからね、灯りが多いわけじゃなく、辺りはお互いの顔を見るのがやっとの暗闇だ。無論安全とは言えない。


「悪い連中にからまれてないといいんだけど…」

「もうアーノルにからまれてんだろ」

 アーノル・ハダム。わたしの中ではアークみたいな顔した邪悪なヤク中ビジュアルになってる。ほんと、何者なんだろうか。


 その時だった。暗闇を小さなライトが照らして近づいてくる人がいる。

「ヘレナ…!」

「あれぇ?レクサス?どうしたのこんなところで?」


 現れたヘレナは目を大きく開けて、いつも通りの明るい声だ。けれどわたしは見逃さなかった。彼女の涙の跡を。


「どこ行ってたんだよ!無断欠勤したって聞いたから心配してたんだぞ!」

「え?あ、そうだったの?親戚のおじさんが急に体調崩しちゃって、看病に行ってたんだよ」


 小さなライトに浮かぶ彼女の笑顔は、うわべだけだった。レクサスも分かったんだろう。彼は笑わない。

「あのな、ヘレナ。頼まれてたアーノル・ハダムのことだけどな、そいつはいない。第7支部の奴じゃねーんだよ」


「うそ…」

「嘘じゃねー。第7支部には存在しない奴が基地内の郵便局から手紙を出してんだ。怪しいだろ?だからもうそいつに関わるのはやめた方がいい」


「そんな!だってあたし、基地内で姿見たよ?お弁当売ってる時に手を振ってくれたもん!」

 信じられないのはわたしたちの方だ。アーノル・ハダム本人が基地内に侵入してたってこと?一体何をしに…?


「そいつ、お前に何やらせようとしてんだよ。いけない事してんのわかってんだろ?」

 ああっ!それ言っちゃ…!案の定、ヘレナの表情がハッとこわばる。


「なんで、なんでレクサスが知ってるの」

「えーとそれはっ…」

 やばい、家に入ったとか正直に白状しちゃったらハートブレイク、一巻の終わりだからね!


 そんなことよりもヒースはすかさず彼女の背後に回り、逃げ道を塞いだ。

「あのね、もう調べはついているの。今頃監査部がヘレナから薬物を購入した人を割り出して、事情聴取してる。このままだとヘレナも拘束されちゃうの」

 わたしも必死で割り込む。


「オレたち、ヘレナのこと助けたいんだ。お前がこんなことするなんて、きっと何か訳アリなんだろ?」

 レクサスが一歩近寄ると、彼女は一歩下がり振り返る。しかし腕を組んだヒースと目が合って、逃げるのは無理だと悟ったんだろうね。再びレクサスの方を向いた。


「本当だよ、わたしたちは捕まえに来たんじゃなくて、ヘレナの力になりたいの。だって…泣いていたんでしょ?」

 ヘレナの瞳が揺れて、慌てて指の甲で頬をこする。


「爆破事件に婚約者が巻き込まれたって聞いた。そのことが関係してるのか?」

 手を伸ばしかけたレクサスだが、その動きが止まる。


「あたしに構わないでよ」

 小さなライトに光る彼女の目は、怒りに震えていた。

「余計なことしないで!助けるとかイイ人ぶるのやめてよね!軍人なんて大っキライ!!」

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