第4話 夜食はオムライス

 駆け足で基地に戻ったわたしたちの足は、徐々にゆっくりになった。

「どーするよ」

 思っていたよりもずっと大きな話で、わたしたちだけで解決できるとは思えない。


「けど、監査部に報告したら彼女は拘束されるよ。そしたらもうわたしたちじゃ何もできなくなる」

「だよな」


 毎日あんなに頑張っている彼女のことだ。きっと何か理由があるに違いない。まだ、わたしたちにできることがあるはず!

 そんなわけで再びの司令棟だった。


「悪いけど今、アークからじゃんじゃん仕事投げられてるから忙しいんだ」

 導入されたばかりの電信のおかげで、アレンの仕事量は倍増どころではないらしい。嬉々として打ちまくっているアークの姿が目に浮かぶ。


「中尉、ヘレナは基地内で危険な薬物を流通させてる。自宅に証拠の手紙があったっす」

「はあ?」

 片眉を上がるアレン。うん、それじゃ全然分かんないよ。


「ヘレナが今日は弁当屋を無断欠勤したと聞いたので、自宅を訪問したんです。でも本人は不在で、部屋にはアーノル・ハダムからの手紙がたくさんありました。基地には存在しない人が、基地内の郵便局から発送しているんです。そして手紙には危険薬物の受け取り方法や、基地内への持ち込み方、受け渡し方法が指示されていました」


 手紙によると「お釣りは要らないよ」が合図で、弁当袋の中に隠して渡しているみたいだった。


「弁当屋の看板娘が危険薬物の渡し役だと?それで彼女は見つかったのか?」

「ヒースが捜索しています」

 疲れているアレンは大きなため息を隠そうともしなかった。


「捜査するのは勝手だけど、自分たちでできもしないのに、良い顔して首突っ込むなよ」

「すみません…」


 しかしレクサスは食い気味に前に出て、

「良い顔したいのは否定しねーよ!オレは、あいつのためにできることをしてーんだ。人に言えねーような何かを抱えてんなら、ちょっとでも肩代わりしてやりてーんだ。だから、どうしたらいいか教えてくれよ中尉!お願いします!」

頭を下げた。怒ってるのか頼んでるのかどっちかよく分からない。


 最初はふざけんなよって顔していたアレンだけど、直角に頭を下げたまま動かないレクサスに「彼女の住所と、弁当屋の名前は?」と聞きながら帳面を取り出し、わたしたちが答えたことを書きつけていった。


「まずその弁当屋が基地内で販売できるようになった経緯を調べるのと、郵便局でアーノル・ハダム名義の手紙について聞き取れ。些細なことでもいいから、時間と人を変えて当たるんだ」

 そうレクサスに指示する。


「ヘレナのことはこっちで洗ってみる。薬物ブローカーが絡んでるなら背後に犯罪組織がいる可能性が高い。それなら監査部じゃなくて情報班の範疇だからな。それといちいち呼び出されるのは面倒だから、そうだな、今夜10時半頃に来てくれ」


「了解!」

 軽く敬礼してレクサスはすっ飛んでいった。


「ありがとうございます。でも、そんなに遅くまでいるの?」

「アークが寝なきゃこっちも徹夜なんだ。アーノル・ハダムの手紙の見た目はどんなだった?」


 これといって特徴のない、白い封筒に白い便せんだった。

「あ、字は女手みたいにきれいだった」

「筆跡は変えるものだけど、それにしても絶対アークじゃないな」

 アレンにとってはそこが重要みたいだ。


 わたしだって止まってられないもんね!話が終わるや否や(勤務時間内だけど)一目散に総務課へ向かう。


 しかし総務課の返答は、店主からの通常ルートで申請があり公平に審議されていたという期待外れなものだった。半年間の契約でスタートし売上が良ければ更新という、ごく一般的な契約だ。


 その後レクサスと時間をずらして郵便局へ聞き込みに行ったけど、こちらも芳しい結果は得られなかった。

 さらに「ヘレナは家に戻らなかった」と、巡視から戻ったヒースから聞かされた。


 22:30、レクサスとヒースはもう一度ヘレナを探しに行くという。わたしはアレンとの待ち合わせだ。


 時間ぴったりに出てきたアレンに連れられた先は、司令棟内のガランとした狭い休憩所だった。ポットのお茶を注いでくれる。

「夜食買ってきたよ。食べる?」

 今は二人なので、自然とくだけた口調になる。


 買ってきたのは行きつけの居酒屋『エクスカリバー』特製のオムライス。卵はフワフワで、中のご飯がケチャップ味じゃない変わり種なんだけど、じゅわ〜っとしてなんとも優しい味なんだよね。ついつい夜に食べたくなっちゃうんだ。


 アレンも同じみたいで、ゴクッと喉が上下した。

「ありがとう」


 上官のアークとは対照的に、彼は何でもまずそうな顔して食べる。これだけで絶対損してると思わない?そう指摘したら「普通に食ってるだけなんだけど…そんなこと親にも言われたことない」って。


「いつ食べてもうまいな」

 それからというもの、こうして良い感想を言うノルマを自分に課しているみたい。


「食べないのか?」

「こんな時間に食べたら太るもん」

 そうか、と別段気にせず食べ進めるアレン。


「レクサスはヘレナに惚れてるのかな」

「決まってるじゃない。分からなかった?」

 これ察せないって、情報班として致命的じゃないですかね?


 わたしの心の声が聞こえたのだろう、アレンはわざとらしく咳払いをして、

「そういうのは疎いんだよ。総務と郵便局はどうだった」

と開き直って話題を変えてきた。わたしが結果を伝えると、想定内であるかのように頷く。


「郵便局にはアーノル・ハダム差出の手紙をマークするよう手を回した。それと、薬物を入手した奴らを洗い出さなきゃならないから、監査部にはおれから報告する」

「それ、わたしが止めても無駄なんだよね」

 アレンは頷く。


 監査部とは、わたしたち司令官系統とは別立ての法務省所管組織で、軍を監督する役目にある。端的に言うとヤな感じのお役人たちだ。

「監査部はヘレナを拘束する?」

 わたしは一番の懸念をたずねた。


情報班おれたちならしばらく泳がせる。けど監査部は分からない」

「ヘレナを助けるにはどうしたらいい?」

 まだ言うのかって、アレンの顔に書いてある。でもでも、悩むくせに諦めが悪いのがわたしたちだもんね!


「監査部より先に証拠を掴み、彼女に自白させるしかない。…おれはオムライスをゆっくり食って、今取り掛かってる仕事をまとめてから監査部に行く」

 わたしは席を立つ。


「ありがとう。忙しいのに邪魔しちゃってごめんなさい。続き頑張ってね」

「うん。そっちもな」

 疲労感漂う彼の表情は固いけど、おいしいオムライスで少しでも気持ちがほぐれてくれるといいな。


 そうだ、とアレンは胸ポケットから帳面を取り出すと、該当ページをめくった。

「気になる事が一つ。グランドホテルの爆破事件で、ヘレナは婚約者を失っている」

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