第3話 嫌な予感
そしてその日、弁当を売りに来たのはヘレナではなく、見慣れぬおじさんだった。
「あの、ヘレナは…?」
「来てないんだよ。無断で休むような子じゃないから心配でね。これが終わったら家に行ってみようと思ってるんだよ」
丸いお腹のおじさんは、弁当屋の店主だという。
なに、この嫌な予感。感じたのはわたしだけじゃないみたいだ。
「おやっさん、忙しいだろうからオレたちで代わりに様子見てくるからよ、家の住所教えてくれるかい?」
とヒース。
そんなわけで昼食を棚上げしてのダッシュだった。
ヘレナの家は、細道の両脇に所狭しと店が並ぶ商店街から、徒歩で10分ほどの小さなアパートだった。きれいに手入れされた鉢植えが飾られている外階段を上がって、2階の真ん中の部屋だ。
ヒースに促されて、レクサスが扉を固くノックする。
「へ、ヘレナ!第7支部基地のレクサスだけど、いるか?いたら返事してくれ!」
お願い…!とわたしたちの願いもむなしく、返答はなかった。
「体調崩して寝てるのかな…」
玄関に面した窓から中の様子を伺うが、磨りガラスとカーテンで全く見えない。扉を引いてみると、なんと開いてしまった。
「ヘレナ…入るぞ…」
しかしワンルームの部屋の中は人の気配がなく、水が半分入ったコップがテーブルに置かれていたり、脱いだ服がベットの上に置かれていたり、まるで今の今まで住民がいたようだ。
「慌てて出かけたのかな…」
「まさか誘拐とか!?」
「んなバカな」
争ったような形跡はない。レクサスが言うように、慌てて出かけてカギをかけ忘れたような。
「でもカギが置きっぱなしになってます」
玄関脇の棚の上のカギをわたしは指した。カギをかけるつもりなく出かけるなら、すぐに帰る予定ということだろう。
このまま何事もなく帰ってくればいいんだけど…。
「おい、これ見てみろ!」
ヒースが見ていたのは、ベッド脇の机に重ねてある手紙だった。差出人はアーノル・ハダム。消印は第7支部基地内郵便局だ。
「そんな…」
存在しないはずの人が基地内から郵便を出している。言うまでもなく、基地内には関係者以外立ち入ることはできない。
「わざわざ名を騙ってまで、何が目的だ?」
そう言うと、勝手に手紙を開ける。
えぇ!?それマズイんじゃない?もー、もし帰ってきちゃったらどうするのよぉ。
しかしその内容は私たちの予想をはるかに超えていた。
「これ…どうする…」
衝撃と、事態の重さに言葉が出ない。
「とにかく、まずは知らねぇふりだ。勘付かれたとバレたら、ヘレナは姿を消す。それは避けなきゃならねぇだろ」
そう言ってヒースは、手紙を開けた時とは対照的に、慎重に封筒にしまって元の場所に戻した。
「午後は市中巡視だから、オレがヘレナを探す。おめぇらは戻って報告しろ」
「オレも探す!」
「ダメだ。おめぇの顔には、信じたくねぇけどそうなのか!?って書いてあるからな。一瞬でバレるっての」
うっとレクサスは詰まった。彼にとってポーカーフェイスは無理な相談だよね。
「いくよ、レクサス!」
再びのダッシュだ。
アーノル・ハダム。予想以上の危険人物で、ヘレナは良からぬことに巻き込まれているみたいだ。
彼女の屈託なくて全力な笑顔が浮かぶ。毎日一生懸命額に汗して働いて、日常に小さな幸せを届けてくれるような存在だ。不運に巻き込まれて人生が変わってしまうなんて、似合わない。
うん、助けてあげなくちゃ!
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