第2話 いない男
わたし、ヒース、レクサスは、思い当たるその人物がいるであろう司令棟の下にいた。しかし、司令官室をはじめとするこの第7支部基地の中枢である建物には、わたしたちのようなペーペーは立ち入ることができない。かといってグレイヴ隊長の手を煩わせるのも申し訳ないし、気まずいながら守衛に呼び出しをお願いしたのだった。
参謀部情報班所属、アークレット・ウェレシア少佐。グレイヴ隊長と士官学校時代からの同期で、ヘレナの言う通り佇まいからもう別格な人なんだ。
「最近食堂に来ねぇから、出てんのかもな」
ヒースの言う通り、案の定降りてきたのは生真面目に軍服を着こなした副官だった。諜報活動で先数か月は戻らない予定だという。
「最近姿見なくなったって言うし、アークで間違いないかー」
「なんの話だ」
副官は名をアレン・マグダネル中尉といい、ひょんなことからわたしは一緒に任務に就いたことがある。その話はまた別の機会にするけど、以来何度か食事に行っていて、先輩に当たるけれど二人で話すときは敬語じゃなくてもいいよって間柄になっている。
レクサスの説明を聞いて、アレンはかぶりを振った。
「確かに任地へ出発したのは先週だけど、ここ1ヶ月くらいアークはずっとこん詰めていて、食事はほとんどおれが準備してたから、一人で弁当屋に行くことは無かった」
更にアレンは続ける。
「それに、アークは軍服を着ないから見た目では軍人と分からないし、よほどの事がない限り軍人であることを自分からは明かさない」
さすが副官、疑問を挟む余地もない。
「ダークブロンドにブルーグレーの目の軍人なんていくらでもいるし、他を当たった方がいいんじゃないか」
「でも、ちょっとその辺にはいないようなカッコイイ人なんて、他に思い当たらないんですけど…」
わたしの言葉に、アレンは言おうとしていた続きを引っ込めて、少し考えたようだった。
「アークが使う偽名にアーノルは無いし、仮に彼女が諜報の協力者の一人だとしても、アークのメンテナンスはきっちりしてるからそのテのトラブルは無いはずだし」
アレンって、頭の良い人なんだと思う。でも思考してると独り言を言う癖があるみたいで、この時もわたしたちを置いて一人で先に行ってしまった。
いきなり諜報の協力者とか言われてもねぇ。アレンによると色んなパターンがあって、そうと知らずに協力させられている人もいるんだって。おまけにメンテナンスってなんですかね?うー関わりたくない!
「彼女はなぜアーノルを探しているんだ?」
「落ち込んだ時期があって、随分と励ましてくれたって。基地で弁当を出張販売できるようになったのもそいつのおかげだって言ってました」
「やっぱりアークじゃないな。個人的に贈り物をする事はあっても、利権を与えるようなことはしない」
アレンは言い切った。
「アーノル・ハダムという人がどこの所属かは総務で調べられるから、おれが聞いておくよ」
「やりぃー!さっすが中尉!」
「上官にあらぬ疑いがかかるのは良い気分がしないからな」
副官ていうか、もはや女房なのよね。
アレンとは食事の時も仕事の話になりがちでね。アークは機嫌が悪いと八つ当たりしてくるし、人の都合なんてお構いなしにバシバシ仕事投げつけてはすぐやれだの、お前はこんなもんなのかとか文句は多いし、あんな上司最低だなんて文句を言ったりもするんだけど。
けれどアークはいつもアレンを頼りにしているし、アレンだって徹夜続きのアークの好みにドンピシャな朝食を買ってきたりしてね、すごく良いコンビなんだよね。
そして翌日の朝食の食堂へ、わざわざアレンは結果を伝えに来てくれた。
「アーノル・ハダムという人物は、第7支部には存在しない」
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