ストライクアップ エピソード2.5~

乃木ちひろ

エピソード2.5 明日は

第1話 レクサスの悩み

「かわいいよなぁ」

 ぼーっと無防備に見とれていた耳元に囁かれ、レクサスは全身で跳ね上がる。


「着やせしてみえるけどよ、結構いい体してると思うぜ。ほら、あのかがんだ時の尻見てみ」

「うるせーっすよ!買わねーならあっち行ってろ!」


 真っ赤な顔したレクサスに追い払われると、ニタニタしながらヒースは席に戻って来た。

 忙しい昼時の食堂では、提供される定食以外にも街の弁当屋が何軒か売りに来る。最近新しく来た弁当屋の売り子がかわいいと評判なんだ。


 構造上もれなく男性があぶれる軍隊では、女性という性別だけで、誰でも一般社会より下駄を履いた存在になれる。それがかわいい女子となれば、男どもは貴重な昼休みを潰してでも行列に並ぶというわけだ。


 今日の定食は、とろとろに煮込んだビーフシチューをガツッとご飯にかけて、グリーンサラダとカブの酢漬けを添えたもの。彩り華やかで美味しいんだー。わたしたちは皆これにしたけど、レクサスだけは弁当の列にまだ並んでいる。


 わたしはメグ。血と処置が苦手で、別に戦闘も得意じゃなくて、これといって取り柄も無い自分でいうのも負け組な新兵。行列に並んでいるレクサスとは同期で、モナリス軍第7支部基地に配属されてもうすぐ1年が経つ。


 モナリス国には百年以上戦争がない。だからわたしたちの仕事は救助活動や治安維持、犯罪組織との戦いが主なんだ。緑豊かなバースの街は一年中温暖で食べ物がおいしくて、いいところでしょ?


「あいつ本気だわ」

 ずっとニタニタしているのは、わたしたちの直属の先輩ヒース。


「確かにかわいいね」

 既に食べ終わって茶をすすりながら頬杖をついているのは、医療班の大先輩ラッセルだ。

 そう、本当にかわいいのよ。女のわたしから見ても超かわいい。


 ぱっちりした目と形の良い唇が見るからに明るくって、ふわふわの髪をこれまたふわっと束ねて、一生懸命に汗をかきながら全力の笑顔で応対している。いつもエプロンしてるんだけど、その下のブラウスは女らしくてね、オシャレさんなんだろうな。加えて言葉遣いがちょっと幼稚なのが、わざとらしくなくて憎めないんだ。


「隊長もそう思いますよね?」

 報告書をまとめていたグレイヴ隊長は、きれいなブルーの瞳で彼女を一瞥すると、

「まあ、俺には子供に見えちゃうけどな」

と完全オッサン発言で書類をトントンとそろえると、提出に行ってしまった。


 ちなみにうちの隊長はあまりに女っ気が無さ過ぎて、男色ソフ不能ピエとの噂が絶えない御人なのだ。

 わたし、レクサスに、ヒース、ラッセル、そしてグレイヴ隊長の5名編成で任務にあたっている。


「お、話しかけに行った」

 弁当を受け取りながら、何か話をしているみたい。こちらからはレクサスの後姿しか見えないが、彼女、ヘレナに見つめられて挙動不審気味だ。


 しかしライバルは多い。後ろに並んでいた男に間に入られ、そのまま列から弾き出されてしまった。

 戻って来たレクサスは一目散に弁当にかぶりつく。ボリュームたっぷりで、炒めたガーリックライスのいい匂い。


「隊長どっか行ったんすか」

「報告書提出しに行ったよ」

 答えたのはラッセルだ。


「ラッセルはアーノル・ハダムって奴知ってるすか?隊長に聞いてみたかったんすけど」

「聞いたことないなぁ」

 ヒースも、わたしも首を横に振った。


「ヘレナに聞かれたんすよ。前はよく弁当屋に来てくれたらしいんすけどね、最近姿を見なくなったからどうしてるのかって」

 第7支部基地には膨大な人が働いているから、名前だけで探すのは容易ではない。せめて所属とか、職種とか分からないと。


「その男と彼女の関係は?」

「そっ、そんなの聞けねーっすよ!ただの常連客っすよきっと!」

 なんて分かりやすい狼狽ぶりなんだ。ヒースは苦笑した。


「んで、調べてやるって安請け合いしたんだろ?」

 ヒースに問われて、ご飯を口いっぱいに頬張ったレクサスはコクっと頷いた。


 だろうねー、気に入られたい一心でさ。

 わたしたちも軽い気持ちで周りに聞いてみた。でも、皆知らないという。グレイヴ隊長や他の隊長も同じ。


 やっぱりね、名前だけじゃどうしようもないってことで、翌日はアーノルという人の特徴を聞きこむようレクサスに任務が与えられた。弁当を買うついでだと後ろに並んでいる人に迷惑だから、販売が終わって彼女が片付けしているところを狙うことにした。


「レクサス!いつもありがとう。今日はどうしたの?おいしくなかった?」

 おずおずと現れた彼に、ぷっくりとした頬っぺたでヘレナは満開の笑顔を向ける。


(ちゃんと名前覚えられてんじゃん)

 えーと、決してわたしが希望したわけじゃありませんよ。命令でヒースに連れられて陰に隠れているわけです。


(聞こえないから黙っててください)

 あああ、なのにしっかり聞き耳立てちゃってるわたし!


「そんなことねーよ、今日もうまかった。えーと、昨日頼まれたアーノルって奴のことさ、聞いて回ってるんだけど、やっぱり名前だけじゃヒットしなくて。それで特徴とか教えてくれねーかなって」


「えっ!本当に探してくれてるの?嬉しい、本気でやってくれたのレクサスだけだよ」

 って彼女に距離を詰められて、じりじりと後ずさりするレクサス。


(なに遠ざかってるの、しっかりアピールしなきゃでしょ)

(おめぇ、元カレ現れてからキャラ変わったな)


 言われてしまった。

 詳しくはエピソード2 第8話あたりを参照なんだけどね、5年ぶりくらいに元カレと再会して、よりを戻すことはなかったんだけど。


 でも人を好きになるって(わたしにとっては)そうあることじゃない。だからレクサスのその気持ち、育ててほしいなあって。あれ、おせっかい?


「アーノルはね、髪はダークブロンドで、目はブルーグレー。背が高くて、ちょっとその辺にはいないようなカッコイイ人でね、歳は30代かなあ。品があって一般庶民とは全然違う感じなんだけど、あたしなんかにも親切にしてくれたんだぁ」


「そ、そいつと…付き合ってんのか?」

「まっさかあ!あたしなんて釣り合わないから!先週までよく来てくれてたのに急に姿が見えなくなったから、ちょっと心配なだけ」


 たぶんレクサスはホッとしてるだろうけど、わたしたちは顔を見合わせた。

 そういう人物をよく知っているからだ。

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