第123話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第123話 Side:A》


「エヴァ・・・、アナタ、どうしてジュラスになんか・・・」


カーニャの声は、弱々しかった。未だに双子の妹が自国を裏切った事を受け入れるのを信じられない、と言った表情をしていた。


「・・・・・・」


「・・・エヴァ・・・?」


彼女は黙っていた。目は虚で、まるで姉のカーニャの声など聞いていないようだ。


「無駄だ。コイツは洗脳を受けてる。仲間と声はおろか、身内の言葉なんて聞こえやしない」


「・・・何だと・・・」


カーニャは怒りを露わにした。奥歯を噛み締め、眉をひそめてシヴァを睨み付ける。


「おっとぉ、勘違いすんな。それをしたのは俺じゃない」


奴は右手と首を振った。しかしそんな事で彼女の怒りが収まるはずはなく、カーニャは地面に手を付く。


「【隠者(いんじゃ)の砂牢(さろう)】」


「!?」


シヴァの足元から頭上に掛けて砂が巻き上がり、一瞬にして球体の牢が完成した。以前、ジュラス王国・西軍長のマリア・ルルシファーに使った時よりも速さも、強度も上がっていた。何より、横に逸れようとした奴を追尾していたところを見ると、カーニャもこの期間に技を磨き、努力していたのが窺えた。


「ほぉー、こいつはなかなか・・・」


とシヴァが彼女の【隠者の砂牢】に手を触れた瞬間、砂が超高速で流れているのか、奴の指先を切り付けた。


「痛っ・・・!」


「動かない方が良いわ。この砂牢を縮めてアナタの首を飛ばす事だってできるのよ」


カーニャは脅しを掛けたが、奴には無駄だった。ヘラヘラとしており、まるで自分の危機とは思っていない。


「・・・何がおかしいのよ」


それは明らかにカーニャの火に油を注いだ。


「雑魚にはこの魔法は良いかもしれんが、この俺を誰だと思ってるんだ・・・よっ!」


槍を横に振るうだけだった。砂の牢はサラサラと崩れ落ち、シヴァは肩に掛かった砂を払った。


「話を聞かない人だねぇ。姉妹揃ってそうかよ」


その言葉に、カーニャは更にヒートアップした。


「アナタに私たちの何が分かるのよ!!!」


彼女は両手を後ろに広げ、勢いよく挟み込むように閉じた。


「はぁぁぁぁぁ!!!!!」


巨大な手のひらに挟まれた様な圧に、思わずシヴァの顔が歪む。


「ぐっ・・・!」


そのまま締め上げたかと思えば、壁に向かって投げ付ける。叩き付けられた奴は舞い上がる砂煙で見えないが、気配からまだ倒れている事は分かる。カーニャは自分の手で殴り飛ばすまで気が済まないのか、今度は両手に砂のグローブの様な物を纏わせて突撃しようと飛び出す。


「この外道がぁぁぁぁぁ!!!・・・!?」


しかし、その砂煙に入る前に、彼女の目の前を何かが遮る。そしてそのままカーニャを抱えて距離を取らされた。あまりにも一瞬の出来事だった為か目が追いつかず、それを視認できた時には冷静さを更に欠いた。


「離せアイザック!!何故止める!!?」


猛スピードでカーニャを抱えたのは、アイザックだった。


「落ち着いて下さい、カーニャ先輩!」


彼が肩を押さえながら晴れようとしている砂煙の方を見せる。


「!?」


そこには、既にしゃがみながら体勢を立て直して槍を構えているシヴァがいた。


「命拾いしたなぁ」


奴はほくそ笑みながら立ち上がった。


「気持ちは分かります。ですが、こいつの話の通りなら、エヴァ先輩に催眠を掛けた人物がいるはずです。そいつをぶっ飛ばしてやりましょう」


アイザックも怒りを押し殺してはいるが、その気は溢れている。ジュラス王国の非人道的なやり方に、潜入前に行った説明の時に鼻息を荒くしていた。


「君らみたいな下っ端が相手なんて、何人掛かってきても結果は同じだ」


それをいなす様に淡々と口にするシヴァは、どこか寂しそうな目をしていた。


「・・・気に入らないな。お前」


悪寒を覚える程の冷たい殺意。フロストの、城の周りを包んだ氷魔法とは違い、表面に鋭く突き立つ刃の様な気だったが、アイザックは自然と口角が上がっていた。


「気に入らなかったらどうなんだよ?」


彼は煽り、もう大丈夫だと思ったのかカーニャの肩から手を離す。笑ってはいるが、足は少し震えていた。恐怖なのか、武者震いなのかは分からない。


「・・・望み通り殺してやるよ」


(来た・・・!)


シヴァが明らかに苛立ちを覚えた事に、アイザックは自身の読み通りと奥歯に力を入れる。何より、彼には秘策があった。合同訓練の時、最後に対峙した怪鳥・ステュムパーリーから分け与えられた謎の魔力。帰還してから、それの使い方や効果を模索していた。ようやく糸口を掴んだだけだが、今はそれしか頼るモノがない。実戦はほぼ初めてだが、合同訓練然り、本番に強いタイプだと自分自身に鞭を入れる。


(大丈夫だ。足止め、捕縛に特化したカーニャ先輩に、援護射撃にカペラもいる。俺たちならやれる)


そしてアイザックは構える。右足を引き、身体を半身にして体勢を低く。両足に《風》の魔力を付与させれば、辺りの軽い砂や埃は彼を中心に円状に形を作り、風の流れが目に見えるようだった。


「3人で掛かれば奴だって苦戦するはず。行くぞ!」


いつの間にか指揮を執るアイザックは頼もしく、既に新人の顔から逸脱していた。


(俺が貰った魔力・・・。まだ知らない部分も多いが、ここで開花させてやる・・・!)


「アイザック!!」


カペラの声にふと我に帰る。目の前には既に間合いを詰めているシヴァが槍を突き出して突進して来ていた。


「!?」


間一髪避けるも、左脇を掠める。距離を取るも、続けざまに奴は槍を向けて接近してくる。気味が悪い程の間合いに、アイザックは思わず槍の柄を掴んで左肩に向けて蹴りを入れる。


「うらぁっ!!」


俺の間合いだぞ、とアピールする様に連続して足技を繰り出し、無理矢理にでも引き剥がそうとするが、シヴァは執拗に食らいついて離れようとしない。


(・・・こいつ・・・!嫌な事して来やがる・・・!)


「アイザック!早くそいつから離れて!撃てない!!」


「くっ・・・私の魔法も、近くにいると・・・」


奴は理解していた。複数を相手にする場合、真っ先に1人に粘着する事で他の者達の行動を制限できることを。カペラはずっと狙いを定め、カーニャも、いつでもシヴァを捕えられるように構えている。奴がアイザックを狙い撃ちしている以上、逆に彼女らに行かないように食らいつかせておかなければと、彼は思っていた。


「そらそらぁ!次は当てるぞ!?」


まるで先程の攻撃はわざと外したような口振りに、アイザックは分かりやすく動きが大きくなった。


「こんのやろぉ!!」


足払いをするも、跳ばれてヒラリと躱されてしまうが、彼には絶好のチャンスだった。


「流石に空中じゃ躱せねぇよなぁ?」


シヴァの顔が一瞬だけ曇る。アイザックは身を屈めて力を溜め、伸身すると同時に蹴り上げた。中国拳法のような開脚しながらの蹴りは、手応えも十分だった。


「・・・何!?」


だがしかし、アイザックの放った蹴りは、シヴァの顎の位置にはあるものの、足との間に手を挟ませてダメージを殺していた。おまけに掴まれている。ヒヤリと汗が流れると、奴は体を捻り、アイザックを壁に向けて投げ飛ばした。



ズガァン!!!



「ぐわぁっ!!!・・・くそっ!!」


彼は背中に痛みを覚えながら、《風》の魔力で空中に足場を作って一気に高い天井近くまで駆け上がる。足場はステュムパーリーと戦った時とは比べ物にならない程に安定していた。そして自分の真上に足場を作り、それを力強く蹴って急滑空し、シヴァの頭目掛けて彗星の如く降り注ぐ。


「【ウルラ・ステラ】!!!!!」



ドゴォォォォォン!!!!!



「・・・ちっ」


アイザックの放った【ウルラ・ステラ】は、槍の柄で受けられていた。予想はしていたにしろ、こうも簡単に防がれるのは、苦労して体得した技だけにショックが大きい。


「それがお前の《技》か」


何か嫌な予感がする、と、彼は2、3歩跳び退いた。


「・・・飽きたな。そろそろ終わりにするか」


静かになったシヴァに、アイザック達は更に構える。吸い込まれそうな魔力に彼らの足は小刻みに震え始めた。そして、奴の魔力のせいなのか、徐々にジュラス王国の城を覆っていたフロストの氷が溶け始めていた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第124話 Side:A》へ続く。

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《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話》 神有月ニヤ @yuuya-gimmick

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