第122話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第122話 Side:A》
ドクン・・・ッ
ソフィアの鼓動は、いつもより強かった。腹部を貫かれたオーディーは口からも血を流した。時が止まった様に2人が動かなかったのはほんの数秒だが、その場にいる者にはそれ以上に思えていた。先に動いたのは奴だった。燃える刀身を右手で鷲掴みにし、それを握るソフィア諸共引き抜き投げ飛ばす。
「がはっ・・・!!」
壁に打ち付けられた彼女は、呼吸をする事を忘れたように咳き込み、痛みに眉をひそめる。
(これもダメか・・・!?)
傍に放り出された【炎天】が鈍く光を反射している。ゴクリと唾を飲み、オーディーの出方を窺う。奴はソフィアを投げ飛ばした後、動きが止まったままだ。斬るなら今が好機だが、先程の技でオーディーの堅い体を貫く時の反動で握力が一時的に弱まっている。この一撃で致命傷を与える予定だったが、奴のタフさが優っていたようだ。そしてオーディーが動いた。
「ははは・・・・・・」
奴は笑った。
「がははははははははは!!!!!!!」
口からの血の飛沫は気になどせずにただ高らかに笑うオーディーは、側から見れば狂気と呼べるものだった。それに飲み込まれるジュラスの雑兵たち。アイザック達もその狂気に当てられたのか、顔は引き攣り、必死に抵抗しているようにも見えた。
「な、何・・・?」
カペラは思わず言葉を溢す。するとオーディーはようやく笑うのを止め、腰の辺りから何やら小指程の小瓶を取り出した。中身は赤黒い液体の様だ。
「面白ぇ・・・。俺の体をこんなに傷付けた奴ぁ初めてだ・・・」
大きな手で小さなコルクを抜き取り、奴はそれを一気に飲み干す。一同はその様子をマジマジと眺めていた。いや、奴の放つ隙のない気に、眺める以外の選択肢を体が拒否しているようにも思えていた。
「ここからは、・・・何が起きテも知らネェゾ・・・』
突如言葉に違和感が現れ、ソフィア達はハッとする。どこかで聞いた事のあるカタコトな言葉に、彼女の本能が『逃げろ』と叫ぶ。
「カーニャ!!みんなを連れてここを離れろ!!!ジュラス兵、お前達もだ!!」
異様な雰囲気を察したのか呼ばれた彼女はすぐに指示を飛ばす。ジュラスの雑兵達も、訳がわからないままソフィアの鬼気迫る圧に負けて足が動いた。
「行くわよ!!」
小柄な体をより小さく屈めて誘導する様は、やはり防衛部隊の一員だ。その手際で全員を非難させると、カーニャはソフィアの方を見る。立ち上がり、異変の起きたオーディーからは目を離さない様にこちらに手振っていた。妙な胸騒ぎを抑えつつも、カーニャ達はその場を後にし、足音が聞こえなくなると、ソフィアは口を開いた。
「・・・今飲んだのは、まさか血液か?」
「あァ、そウだ・・・、これヲ結晶化させテ、魔石を生成しテイル』
オーディーの息は次第に荒く、言葉も聞き慣れたモノではなくなってきていた。誰の血液かはさて置き、ソフィアにはもう一つ気になる事があった。
「まだ自我がある内に聞いておきたい。ジュラス王国はそれを使って何を企んでいる?」
『オレは余り知らネェが・・・、ウワサじゃア、セカイをコンランニ落トシ入れて表と裏ヲどちラも牛耳ルモクロミラシイ・・・』
徐々に人間らしさを失うオーディーは、猛獣の様に口から血が混じったよだれを垂らした。そして限界が来たのか、突然雄叫びを上げた。
『オォォォォォォォォォォオオオオオオオオ!!!!!!!』
ビリビリと振動する空気に、物理的に圧されそうになる。野獣と化した奴は、ソフィアとの間合いを詰めようと動こうとするが、自らの意思で動かす事もままならないのかどこか様子がおかしい。呼吸を荒くしながら己の中で何かと戦っているように抵抗している。
(・・・何だ・・・?)
余りの様子のおかしさに彼女も構えが緩む。殺気は感じれど、こちらに向かってくる気配はない。
『ウガァァァァァ!!!!!』
「!?」
そう思ったのも束の間、オーディーは自身の武器の大斧をソフィアに投げ飛ばして右手を突き出しながら突進してきた。頭を掴まれそうになるが寸でのところで躱して距離を取る。今度は奴は両手で目元を覆い、上を仰ぎながら苦しんでいるようにも見えた。
(こうなる事は、こいつに取っても想定外だった、という事か・・・?)
圧倒的不利な中で発覚した情報は、ソフィアの頭を高速で巡る。一瞬たりとも無駄にしたくない状況に、彼女は息を呑みながら行動に出る。が、オーディーも身体を軋ませながら、理性のある時に見せていた繊細且つ豪快な動きではなく、野生的な五感全てで向かってきていた。
(あの時を思い出すな・・・)
彼女はふと《ヘラクレス山脈》での合同訓練の事が頭をよぎった。
(確か、あの時も・・・)
「くっ・・・!」
必死に何かを掴もうと思い出そうとするが、オーディーの怒涛の攻撃がそれをさせない。だが、ソフィアの背後に着実に近づいている気配があった。
(今は逃げに徹するしかない、か)
そしてカーニャ達が逃げた方向とは反対に走る。案の定、奴は追ってきた。扉を破壊し、邪魔な壁を突き抜けて迫ってくる。常軌を逸脱した行動に驚きながらも、彼女は拳を何度か握って握力を確かめる。
(・・・後少し)
戻りつつある力を感じながらも、少しでも不利になる事を避けようと逃げる。
ドクン・・ッ
更に鼓動が強くなる。何に高揚しているかは本人にも自覚はない。強敵と相対している事に対してなのか、負けてしまうのかもしれないという恐怖なのか。
ドクン・ッ
否、鼓動は強くなっているのではなく、近付いていた。ソフィアがそれに気付いた時には、既に背後に居る様な気配があり、振り向こうにも、余りにも強大で振り向けない。
ドクンッ!
(ヤレヤレ・・・オレノヤドヌシハトンダコシヌケダナ)
突如頭の中に直接語り掛けてきた何モノかに気を取られて足が止まりそうになる。
(ドレ、スコシテヲカシテヤロウ)
「誰だ!何を・・・!?」
ドクンッ!!!
その一際大きな鼓動を境に、ソフィアの意識は一瞬途切れた。
「ここまで来れば一安心かしら・・・?」
カーニャが最後尾を務めていた。ソフィアとオーディーが戦っている場所からは大きく離れたが、自分たちがどこにいるのかは、今はジュラス兵にしか分からない。
「【魔力探知】使いながら適当に逃げてきたけど、どこよここ・・・」
先陣を切っていたカペラたちが行き着いたのは先にあるのは暗そうな大部屋だった。
「・・・ここは、大聖堂に繋がる道だ。この先にあるのは、リーネ王女様が眠る神聖な場所で、俺たちなんかが気軽に立ち入って良い場所ではない」
1人のジュラス兵が口を開く。カペラたち以外は全員足が止まっている。奴らにとって、リーネ王女は掛け替えのない存在。唯一神の様な扱いに違和感を覚えるが、他所の国の事情に一々突っ込んでいられない。と、カペラとカーニャがズカズカと立ち入り、それを追う様にアイザックとデネブか続く。
「お、おい・・・」
引き止めようとジュラス兵が声を掛けるも無視して進む。
『そこから先は知らねぇぞ!・・・でも逃してくれてありがとな』
背中に要らぬ感謝を受けて4人が入った大聖堂は、高い天井に暗さを覚え、窓から差し込む光が空気中の塵を際立たせている。石の壁からは重厚感が漂い、彼らを見下すように、階段の上には1つの豪奢な椅子が置いてある。白いシーツのベッドと、輸血用の袋が吊り下がった棒が椅子の前にあり、差し込む光によってそれが美しくも見えた。そしてそのベッドにはリーネ王女らしき人物が静かに寝ていた。
「よう・・・」
男の声に振り返る。入ってくる時には気が付かなかったが、そこには槍を携えた長髪の男が壁にもたれて立っていた。
「ジュラス王国、魔法戦士軍の北軍長(ほくぐんちょう)シヴァ・ラファールだ。まぁ、今から死ぬアンタたちには要らん情報だがな」
シヴァは槍を構える。が、4人の中の1人に気付く。
「ん、お前、もしかしてカーニャ・グラタンか?」
「・・・そうだが、それが何か?」
カーニャは顔をしかめながら答える。
「後ろの奴にそっくりだなぁ、と思ってな」
その言葉にカーニャたちは振り向く。そこには大人しそうな見た目の、メガネを掛けた、カーニャと同じ背丈の女の子が柱の影から現れた。
「エヴァ・・・!」
「・・・・・・」
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第123話 Side:A》へ続く。
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