第121話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第121話 Side:A》


戦いは、絶妙な均衡を保ちながら続いていた。


「うるぁああああああ!!!」


オーディーが大斧を振るう度に、雄叫びと地響きが襲う。しかしそれは力任せにぶん回しているだけでなく、繊細で、いちいち軌道に無駄がなかった。ソフィアも防戦一方になってはいるが、反撃のチャンスを静かに待っていた。


「おらおらどうしたぁ!!」


継ぎ目のない攻撃を躱しては自らも刀を振るう。彼女の《火》の魔力が轟々と燃え盛る度に、オーディーは口角を上げる。ただ、先程からソフィアには気になる事があった。


(こいつ・・・、魔法を使ってないな・・・)


奴のどこからも魔力の気配を感じない。それがわざとなのか、それとも使えないのかは定かではないが、魔法を使わずにこの戦闘力の高さは流石の敵でも天晴れと言うほどだ。だが、どんな体力自慢でも、筋力自慢でも、いつかはその綻びは出てくる。ソフィアはそこを見逃さない。


「はぁっ!!」


躱すために右手だけで握っていた愛刀の《炎天》を両手で握り直し、横に一閃。女性の体格からは想像を遥かに超える一撃の重さに、大斧で受けたオーディーも力が入る。


「ぐっ!・・・まだまだぁ!!」


弾き返すが、次第に疲れが見えていた。ここだ、と握る手に力が入る。踏み込み、奴の懐に潜る。


「・・・どこ行った!?」


それはソフィアが得意とする戦法の1つだった。


「こっちだ」


オーディーは声のする下を向く。するとそこには、奴の巨躯に隠れる様に屈み、燃え盛る刀を両手で握り、刀身を後ろに構えているソフィアと目が合う。良からぬ気配を感じ取ったのか、オーディーは下がろうと重心を移動させた。彼女は跳び上がりながら下から上に斬りつけ、すぐに身を捩らせて十字に軌道を描く。


「【焔乃断斬(ほむらのたちきり)】!!」


手応えはあった。が、直前に重心を移動された為に傷は浅い。


「痛ってぇなぁ・・・!!」


胸元の十字の傷は、以前ジュラス王国の《風》の魔力の槍使いに付けた燃え続けたものとは違い、燻った様に煙だけ少し上がり火は消えた。


「!?」


「悪いな。俺は生まれつき《火》の魔力に耐性があるみたいでな、『そういう』攻撃は通りにくいんだよ」


オーディーは傷を撫でる。


「その技か、シヴァに消えない傷を残したのは」


ソフィアの目付きが変わった。


「シヴァ・・・。我が国の騎士団長を手に掛けた奴の名か」


そこから、彼女の魔力が感情を表すように荒々しく猛る。眉間に皺を寄せ、思い出したくもないあの時の記憶が蘇る。刀を握る右手に力が更に入り、ソフィアの魔力は暴発寸前にまで膨れ上がっていた。


『ソフィア隊長!お気を確かに!!』


聞こえてきたのは部下のアイザックの声だった。彼は集まってきた雑兵を、デネブを守りながらカペラとカーニャと相手にしていた。見たところまだ余裕がありそうだ。


「すまない、どうかしていた・・・!」


そんな彼の言葉に救われたのか我に返り、顔を左右に振り、再び奴に向き直した瞬間だった。ソフィアはこちらに横薙ぎに振られている大斧に気付いた。だが、躱す余裕はない。咄嗟に刀で受けるが、大の男が振るう、2メートル程ある大斧に遠心力が加わり、更に地力も相まってその生まれたエネルギーはとてもじゃないが女性では受け切れない。


「・・・ぐっ・・・!!!」


「うおおおおおお!!!らぁ!!!」


ソフィアは振り抜かれた衝撃で壁を突き抜け、隣の部屋まで吹き飛ばされた。



ドゴォォォン!!!!!



カケラが辺りに散らばり、砂煙が舞った。


『!!?』


アイザック、カペラ、カーニャ、デネブは言葉を飲んだ。大丈夫ではない吹き飛び方をして、心配は絶望に変わろうとしていた。そして代わりに、ジュラス軍の士気が高まった。3人の動きは止まり、ソフィアが吹き飛ばされた方へ向かおうと重心が動いたその時だった。


「私の心配はするな!!!」


砂煙から跳び出し、刀を顔の横に構えて突進しながら間合いを詰める。頭からは一筋の血を流し、他にも擦り傷が見えた。彼女はオーディーのようにパワープレイは向いていない。そもそも女性と男性とでは筋肉量も違えば、体格も違う。そこでソフィアは奴とまともに戦うのは不利だと考え、自分の間合いに持ち込む作戦に切り替えた。


「はぁぁぁ!!!」


鋭い無数の剣技に、オーディーは目で追えてはいるが、かわしきれていない太刀筋も幾つかある。


「・・・くぅ、流石に速いな・・・!」


渋い顔をしているが、まだ余裕はありそうだ。それを読み取っているのか、ソフィアはもう1段階ギアを上げながら、刀を振るう。一歩、また一歩と踏み込みながら一挙手一投足を詰めていく。すると、ある変化が起きた。本人には自覚はないが、対峙しているオーディーの目には、ハッキリとそれが映っていた。


(・・・残像か・・・!)


「ったくよぉ、あのバカ女とは違って女子供は痛ぶる趣味は無いっつうのに・・・」


奴は戦いながらそう言うと楽しそうに笑う。ソフィアの鋭い横の一閃を左腕で受け止めながら右腕で大斧を振り回して距離を取らせた。


「これだから強い奴と戦うのはやめられない」


ククク、と左手で顔を覆うと、オーディーからは不気味な魔力を感じた。


「面白いモンを見せてやろう・・・!」


『出るぞ・・・!』

『あぁ、オーディー軍長のコレを見るのは久し振りだぜ!』


アイザック達を囲う雑兵たちが色めき立つ。相対してない彼らでさえも鳥肌が立つ程の魔力に呑み込まれそうになるが、何とか持ち堪えようと奥歯を噛み締める。と、まるで爆散するようにオーディーの体から大量の魔素が放出された。《火》とも、《水》とも、《風》とも、《土》とも、どの魔力でもない。ましてや、フロストやミヤビのような異色の魔力とも違う。例えるなら無色透明の、何の混じり気のない空気のようにも思える。だが、何となくソフィアには何をしたのかは予想が付いていた。


「純粋な魔素による身体強化、と言ったところか・・・?」


「当たりだが、俺のは少し違う」


その言葉に疑問を感じながらもソフィアは斬り込むが、彼女の刃は空を斬る。


「!?」


「ソフィア隊長!後ろ!!」


カーニャの声に反応し、後ろを振り返ると、既に大斧を両手で上に振りかざす奴の姿があった。これは受け切れない、と後ろに跳び退いた直後にソフィアのいた場所に、彼女の鋭さと同等の勢いで振り下ろされた。



ドガァァァン!!!!!!!



今までのどの一撃よりも重く、大砲でも撃たれたとも錯覚させる攻撃に、彼女は息を呑む。ハッとした瞬間には、オーディーは間合いを詰めていた。


「・・・くっ・・・!」


更に跳び退くが、背中に壁が当たり

逃げ場を失う。筋力を扱う動作全てが2段階、いや、3段階、飛躍している事に驚きを隠せないが、それらを考えている余裕などなかった。文字通り、瞬きをしている間には全てが終わっていそうな怒涛の攻撃に、見てからでは遅いと軌道を読む。ソフィアの身体能力を超えそうな速度が襲うが、間一髪で躱している。


「おらおらおらおらぁ!!!!!」


「・・・くっ・・・!」


彼女も、騎士団の突撃部隊の隊長である。技と、戦闘時の対応力では、並ぶ者は隊長で居れど右に並ぶ者は現在居ない。その上、驕る事も無ければ、慢心もないソフィアに着いてくる者が多かった。その部下による信頼が彼女の背中を押し、心を支えてくれている。しかし今、圧倒的な体格差と類稀なる体質の前に、積み重ねて来た大事なモノをいとも簡単に粉砕されかねない状況が彼女を苦しめていた。


(私が負けるわけにはいかない・・・!!)


執念が、綻びを捉えた。


「はぁぁぁぁぁぁ!!!」


隙を見て再び懐へ入り、斬り上げ、奴が後ろに跳び退いた瞬間に切先を前に構えて突撃する。


「!?」


《火》の魔力が尾ひれの様に美しく靡(なび)き、重心が安定していないオーディーにとっては、ここ一番で避ける事ができない一撃となった。



「【陽刃(ようじん)・火燕一閃(かえんいっせん)】!!!」


「がはぁっ・・・!!」


ソフィアの技は、確実にオーディーの腹部を貫いた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第122話 Side:A》へ続く。

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