第120話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第120話 Side:A》


真っ昼間にも関わらず、ジュラス王国近辺は薄暗かった。今にもザッと雨が降りそうな雲が立ち込め、不思議と空気も重かった。ソフィアたちは城に突撃できるように近くまで来ていた。


「・・・流れの確認なんですが・・・」


木陰から様子を窺うアイザックは、初めて見るジュラス王国の城下町や城に半ば圧倒されながらも、指揮を執るソフィアの顔を見る。


「まず、こちらに何らかの合図があるんですよね?」


「そうだ」


「その後は、コウキを見つけるために、混乱に乗じて城に侵入、奪還、で良かったですよね?」


「その通りだ」


アイザックには少し思うところがあった。


「・・・すみません、ちょっとザックリし過ぎてあんまり緊張感が・・・」


その場にいる他の3人も、うんうん、と頷く。


「そ、そんなに大雑把だったか・・・?」


ソフィアは周りの反応に気圧された。だが、彼女はいくつかの制限を設けていた。



1つ、非武装及び戦意のない相手には攻撃しない。


2つ、団体行動を乱さない。


3つ、目的はコウキの奪還。必要以上に被害を出さない。



いかにもソフィアらしい制限だった。彼らはそれを踏まえた上で、彼女の考えた作戦にはいささか緊張感に欠けるモノがある、と思っていた。


「で、でも、その合図をくれる人が頼もしい方なんですよね?」


カペラがフォローするように話を振る。肩を落とす隊長らしからぬソフィアは、それを聞くと息を吹き返したように威厳が戻った。


「そうだ。ただ、《人》か、と問われたら答えに困る、かな」


と、ジュラス王国の城を見る。アイザックとカペラは心配そうにそちらに顔を向けた。


「カーニャ、デネブ、お前達はどう見る?」


ソフィアに振られた2人は顔を見合わせたが、その顔に不安は無かった。むしろ、期待をしているかの様に鼻を鳴らす。


「あの仔は大したものよ、私が保証します」


「そうです、私もこの目で彼女の魔法の凄さを見、肌で体感してます。それと、今回の件、受けてくださって改めてありがとうございます」


カーニャはメガネをクイッと上げ、デネブはソフィアに頭を下げた。アイザックとカペラは頭にハテナマークが浮かび、こちらも顔を見合わせた。


「という事だ、安心して待っていよう」


ソフィアは左腰に帯刀している愛刀、【炎天】の柄に触れる。その言葉に同意する様にチキッと鳴り、彼らはほのかに肌寒さを感じた。


「・・・来たか・・・?」


その言葉に身構える。ついに始まる、と固唾を飲んだその瞬間、ジュラス王国の城は至る所から白い煙が溢れ、それが冷気だと分かった。そして瞬く間に氷に包まれた。


「おぉ・・・!?」


アイザックとカペラは驚いた。


「よし、行くぞ!」


ソフィアは【炎天】に《火》の魔力を纏わせ、氷で塞がれた扉に刀を差し込み、その熱で溶かし始める。1人分通れる大きさまで溶かすと、彼女は先陣を切る。

中は石造りの廊下で、吊るされた灯りが連なっていた。窓はなく、ちょっとやそっとじゃ声が漏れるような環境ではなかった。


「・・・」


カーニャは以前も来ているだけに、冷静に状況を見渡していた。囚われている者が留置されている場所は、何となくだが覚えている。コウキが居るならそこが怪しいと踏んでいた。が、気になるのは双子の妹、エヴァの事だ。本当に自分たちを裏切り、情報を流していたのであれば、この城のどこかにいるはず。そもそも姿を現すのかは分からないが、淡い期待を抱いており、会って真偽を確かめたかった。


「カペラ、【魔力探知】をお願い」


「はいっ!」


カペラは、憧れのソフィアと一緒だという事で張り切っていた。周りにジュラス兵がいない事を確かめ、集中する。呼吸を静かに、右手を握り、突き出す。


「・・・はっ!」


薄い波紋が彼女を中心に広がり、魔力を伝って脳内に、そして視界に反応を捉えた。


「・・・ん・・・?」


「どうした?」


「・・・い、いえ」


カペラは何か違和感を感じていた。しかしそれが何なのかは分からなかった。


「コウキらしき反応は、・・・こっちです」


と、向かって右に視線をやる。だが、魔力の反応は、同じ階層にいくつもある。微弱なものから強力なもの、不安定なものまであった。そんな中、彼女がそれらしき反応を読み取ったのは、コウキが《古代魔法》による特殊な魔力だというのと、この騒ぎの中、唯一魔力に動きがなかった事だ。


「流石だな」


ソフィアの褒め言葉に気を良くし、カペラは調子に乗る。


「よし、ここからの先導はカペラに。使いっぱなしは魔力消費も激しいだろうから、その都度使ってくれ」


「はい!」


彼女らはカペラを先頭にし、反応の方へと歩みを進める。いくら城内で騒ぎが起こってるとはいえ、警戒は怠れない。既に額に滲む汗に気を配りながら彼女の顔は強張っていた。カペラが感知した方向へ2度3度曲がり、壁伝いに先を確認する。


「・・・あの部屋ですね」


幸い、見張りはいない。この氷結騒ぎで出払っているようだった。


「しかし、敵も随分とキレイにこの陽動に踊らされてくれましたね」


デネブは後ろを振り返る。ここまで何事もない事に逆に不安を感じつつも、安堵の表情を浮かべる。


「油断は禁物だ。ここからはより一層気を引き締めて掛かろう」


ソフィアが言葉を掛けると、全員が頷く。


「カペラ、再度【魔力探知】を」


「はい!」


再び薄い波紋が広がる。やはり、すぐそこにある部屋の中に1人、魔力の動きが無い者がいた。


「・・・行きましょう」


足音を立てずに部屋の前まで忍び寄り、一気に扉を開ける。


「コウキ!!無事か!!?」


「よぉ、待ってたぜ」


『!?』


扉を開けた先にコウキはおらず、ジュラス王国、魔法戦士軍・東軍長のオーディー・ウリグレイがいた。頬に十字傷がある、20代半ばの大男だ。2メートルはあろう大斧を自身の前に立て、杖の様にして仁王立ちしていた。


「アンタはあの時の・・・」


カペラは思い出した。ジュラス王国に襲撃された時に、リゲルが身を挺してその場から逃してくれた状況を。あの時は2人掛かりであったがリゲルに大怪我を負わせ、時間稼ぎに成功していた。


「リゲルがやられた奴か」


「・・・はい。ですが、その時は2人が相手でした」


「そうか・・・。タニモト・コウキはどこにいる?」


ソフィアは刀を抜き、《火》の魔力を込める。刀身は燃え上がり、辺りに熱が充満する。


「奴なら、今頃リーン・・・王女の復活の為、最後の仕上げに取り掛かられてるだろう」


オーディーは上を指差す。


「なるほどな。みんなはカペラ先導でコウキを何としてでも探し出せ。ここは任せろ」


「おっとぉ、そうはいかないんだよな」


するとゾロゾロと扉から入ってくる武装したジュラス兵に、眉をひそめるソフィア。だが、これも想定内だ。敵の本拠地で遭遇しない、戦闘にならない、なんて事はまずありえない。


「か、囲まれてしまいましたよ」


デネブは焦りを見せたが、アイザック、カペラ、カーニャが前に出る。


「こっちは任せてください」

「ふん、足止めにもならないわよ」

「2人とも油断しないで」


頼もしい3人の背中に、ソフィアもオーディーと対峙する。


「だそうだ。すまないが、押し通させてもらう」


彼女が構えると、オーディーも大斧を担ぎ、ぶん回す。


「うおおおおおおお!!!」


轟々と鳴ると叫び声が室内に響き、止んだかと思えば今度は大斧を勢い良く突き立てる。地面が揺れ、衝撃で壁にまでヒビが入った。


「こっちも仕事なんでなぁ、簡単にここを譲るつもりはねぇんだよ」


さっきよりもドスの効いた声に、ソフィア始めアイザック達にも気合いと緊張感をもたらせた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第121話 Side:A》へ続く。

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