第119話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第119話 Side:A》
ソフィアが変な誤解を解いた後、デネブの話を聞いた彼女は、カーニャが各隊室に書類を置きに行った後に一緒にフロストが居る地下牢へとやってきていた。以前デネブが初めて来た時よりも寒さは無い。というのも、デネブとベテルギウスが足繁く通ったおかげで魔力を抑え、ここは安全だ、と何度も説得したからだ。
「・・・何だこいつは・・・」
ソフィアが驚くことも無理はない。デネブが入って行った中で、見た目は猫科の獣のようだが、楽しそうに会話をしている。付いてきたカーニャも口が半開きになっていた。
「私は訓練に出てなかったので、少し前に『何か』が運び込まれたのは知っていましたが、まさかこんな仔が・・・」
「魔獣なんだよな・・・?」
ソフィアは腕を組む。すると、デネブが彼女らの元に戻ってきた。
「入ってください」
カーニャと顔を合わせて頷き、入ると、中は肌寒かった。
「紹介します。彼女はフロスト。魔獣と人間の混血です」
『!?』
2人は驚いた。そしてデネブは続ける。
「ソフィア隊長、この仔の事を知る人物は、調査機関でも限られた人数しかいません。そして、騎士団の中にも、明確に存在を知ってる人は両手で数えられるかどうかです」
彼の言葉には、徐々に力が入っていった。
「後に、隊長達全員に、隊員たちにも存在を知っていただいた上で、この仔の、フロストのお願い事を聞いてはもらえないでしょうか・・・?」
目は真剣そのものだ。
「お願い事・・・だと?」
ソフィアはまだ混乱する頭を無理やり冷静に保とうと言葉を発する。デネブの目を見るや否や、ふざけているわけではない、というのは分かった。が、疑問はいくつもある。
「そもそも、この混血の仔は一体どこから来て、何故ここにいる?」
「これから、フロストの口から説明させようと思います、が、信じられませんよね・・・」
「当たり前だ・・・。デネブは数日話してはいるだろうが、こちらは初対面で、分からない事だらけだ」
ソフィアは両手を振る。軽く息を吐き、その息も白い事に気が付く。
「それに、この寒さもだ。城の地下がこんなに冷える事はなかったはず・・・」
「それは、この仔の魔力のせいなんです。私が来た時は、凍え死ぬかと思うほどの力の強さで、対話を試みる内に、コントロールしていったみたいです」
(洗脳されている様子もない、か)
おかしな挙動があればすぐに分かる。彼にそれがない事に安堵をし、徐々に話を聞く姿勢になっていった。1つ大きなため息を吐くと、ソフィアの目も変わった。
「・・・分かった。そのお願いとやら、聞いてみよう」
その言葉に、デネブとフロストの顔が明るくなる。
「ありがとうございます・・・!」
彼が頭を下げると、フロストもそれを真似するように頭を下げる。頭を上げると、彼女が口を開く。
『アラタメテ、アリガトウ』
フロストの話し方は、初めに比べたら随分と人間らしくなってきていた。
『ワタシノネガイハ、アネサマヲスクッテホシイ、ソレダケダ』
「アネサマ・・・、君のお姉さんの事か?」
ソフィアの言葉にコクリと頷く。そして続ける。
『アネサマハイマ、ココヨリキタノホウガクノマチニカンキンサレテイル。ワタシモソコカラニゲテキタ。ワタシタチガメズラシイノカ、イロイロナジッケンヲサレタ』
聴いているデネブとソフィア、カーニャの眉間にシワが寄る。それは『実験』という言葉による『嫌悪感』がそうさせていた。
『キズヲツケラレタリ、ヘンナモノヲノマサレタリシタ。ソシテ、アネサマハヤツラノスキヲツイテワタシヲニガシテクレタ。ダカラ、スクイタイ』
自分たちの抱えている現状と酷似していた。囚われたアリス・テレスを逃したコウキと、フロストを逃したその姉とを重ね、ソフィアは思わず目を右手で覆い、上を向く。
(・・・参ったな・・・)
一息吐き、視線を戻す。そこには純粋な瞳があり、こちらを見つめていた。もし神がいるのであれば、何故この様な幼い仔達に残酷な運命を背負わせるのだろうと問いたい気持ちに駆られていた。ソフィアの心は揺れ動いている。
「・・・明日、返事をしよう」
そう言うと、彼女は背を向けてその場を後にした。
その夜、ソフィアは自室のベッドに座り、窓から月を眺めていた。雲は少し掛かってはいるが、申し分ない明るさだった。既に寝る準備を終えているため、今は装備を脱いでおり、騎士団の隊長としてではなく、ただのソフィア・アラグリッドとしての時間を過ごしていた。
(どうしたものか・・・)
だが、考えるものはそればかりだった。1人になると1つの事を納得のいくまで考えてしまうのは、彼女の良いところでもあり、悪いところでもある。
コンッ コンッ
『ソフィア、まだ起きておるか?』
ノックと共に、男性の声が聞こえた。
「お父様・・・?今開けます!」
扉を開けた先には、このアラグリッド王国の現国王であり、彼女の父親でもあるセンウィル・アラグリッドの姿があった。しかし、今はその王冠と羽織はしていなかった。
「少し、話でもしないか?」
「は、はい」
突然の訪問に驚きを隠せないが、彼女はセンウィルを部屋に招き入れた。用意した椅子に彼が腰掛けると、ソフィアが先程していたように、窓から月を眺めた。
「悩んでおるようだな」
センウィルは心を見透かすように呟いた。
「・・・お見通しでしたか」
ソフィアは俯いた。親子としての対話はどれぐらい振りかは数えていないが、とても久しく思えた。センウィルは国王としての仕事、ソフィアは騎士団の隊長としての任務。同じ王国内にいたが、対話はあれど会話は無かった。
「カイゼルの言葉が引っかかっておるのだろう」
肯定するように唇を噛む。
「お前は昔から正義感に溢れ、騎士団に所属してからは『自分』を押し殺し、街の人たちの声に耳を傾けて、そちらを優先していた。当たり前の事だが、簡単にできることではない」
「・・・あ、ありがとうございます」
ソフィアは目を丸くした。褒められて気恥ずかしくなったのか、彼女は思わず目を逸らす。その様子を見、センウィルも心なしか笑っているように見えた。
「・・・もう、グランツが死んで、何年になるか」
かと思えば、今度はゆっくりと寂しそうに口を開いた。
「そしてカイゼルも死に、友と呼べる者は少なくなった」
「・・・」
センウィルは続けた。
「お前にとって、タニモト・コウキは何者か」
その問いに、即座に答えは出なかった。
「たまには、『自分』を優先しても誰も責めはしないだろう。それが他ならぬ、ソフィア・アラグリッドの背中ならばな」
彼はそう話すと、重そうな腰を上げて部屋を後にした。残されたソフィアは、再び月を眺めた。数分、ボーッとする時間があり、月が雲に隠れたり、再び現れたり。夜空の色が変わった時、ふと呟いた。
「私にとってコウキは部下であり、それ以前に、・・・友だ」
翌日、決意をした彼女の前に、数人の隊員の姿があった。何故、ソフィア率いる突撃部隊の隊室に集められたのかは、大方察しが付いていた。それぞれの顔付きが、以前のようなモノとは違う。皆、背負うモノの大きさや覚悟を決めている、そういう目だ。
「これより、タニモト・コウキ奪還作戦の内容を伝える。心して聞く様に」
『はい!!』
全員の返事が部屋内に響いた。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第120話 Side:A》へ続く。
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