第118話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第118話 Side:A》
突撃部隊の隊長を勤めるソフィア・アラグリッドは疲れ果てていた。訓練もそうだが、その最中の、ある一定の期間だけ記憶がない。おまけに魔力が尽きかけ、他の隊員に肩を貸してもらわなければ歩けない程だった。そうして王国に帰還したのは5時間前。仮眠を取った後、ミヤビが過去に作った大浴場で疲れと汗や汚れを流していた。
「・・・ふぅーーーーーー・・・・・・」
長い溜め息は、体の中の空気を入れ替え、同時に魔力も心なしか新しいモノに入れ替わっていると錯覚する程の気持ちよさだ。頭もスッキリとし、心の洗濯とはよく言ったもので、心身ともに綺麗になっていった。
「・・・やれやれ、これでひと段落だな」
体を洗う用に持って来たタオルを畳んで頭に乗せ、彼女は肩まで湯船に浸かる。昼間から入る風呂に体を預けていると、出入り口から男性の声がした。
「ソフィア隊長・・・?」
「おぉ、サンズか」
サンズが軽く頭を下げると、ソフィアは手を振る。体や頭を洗おうと座るや否や、彼は口を開いた。
「騎士団長の件、決まりそうですか?」
それは、ジュラス王国の襲撃により命を落とした人達の葬儀の際に、遊撃部隊長のリゲルからの伝言を受けた彼が口にした事だった。その時は『プロキオン隊長が適任だ』と集まった隊員たちの前で言っていたのを、ソフィアは思い出す。
「ん、あぁ、それも決めないとだな」
まるで他人事の様に空を見上げる。騎士団長、という言葉を聞き、今は亡きカイゼルの事を思い出したのか、目を細めた。
「その件は、また部隊長会議を挟んでみなに公表する。今、統括者が必要なのはこちらも理解している。だからサンズ、どういう結果になろうとも、文句は言うなよ?」
冗談なのか真剣なのか、目は笑っておらず、口角だけを上げる。含みを持たせたその発言は今のサンズには理解が及ばず、鼻から息を吐くばかりだった。
「分かりました。とりあえず発表を待ちます。それと、もう1つ聞きたいことが」
「何だ?」
「防衛部隊副隊長、フローラ・ブルドッグについてなんですが」
「彼女がどうした?」
サンズは体を洗いながら鏡と対面する。
「・・・いえ、やっぱり大丈夫です。直接聞こうと思っていたので、居場所だけ分かれば」
「もう湿地帯から帰って来てはいるはずだ。私も帰って来てから会ってはないが、隊室にいるんじゃないか?」
「ありがとうございます」
相変わらず無愛想で、何を考えているか分からない表情の彼の返事に、ソフィアは真面目な質問をぶつける。
「お前は、いつまでリゲルの下に就いてるつもりだ?」
思わぬ質問に、体を洗う手が止まる。
「そろそろ挑戦してみても良いんじゃないのか?」
「・・・挑戦、とは・・・?」
その言葉と同時に手が体を洗うことを再開する。返事が返ってくるまでに体を洗い終えてしまい、その沈黙がイヤにチクチクと刺さる。
「・・・自分は、隊長の足元にも及びません。挑戦など、とても・・・」
「そうか」
淡白に返したソフィアは髪を洗い出したサンズには気に掛けず、後ろを向き、岩に捕まって湯船に体を預けた。
(何かあったのか・・・?)
余計な詮索は彼女の趣味ではないが、今までよりも取っ付きにくい雰囲気を醸し出す彼に、少し違和感を覚えた。
(だが、前より人間味が出てるな)
合同訓練を終え、一皮剥けた姿が今の彼なのかは分からないが、ソフィアはどこか安心していた。
「・・・っと、あんまりのんびりもできないんだった」
「どうかしたんですか?」
「空けていた間の仕事を忘れていた」
「あぁ・・・」
サンズも、そういえば、というような口振りで答えると、泡が目に入らない様に瞑っている為に音しか聞こえなかったが、サバァという音が聞こえ、ペタペタという音が聞こえ、そのままその音の主は風呂場を後にした事だけは分かった。
「挑戦・・・か」
彼はポツリと呟いた。
風呂場を後にしたソフィアは急ぎ足で隊室に戻り、タオルでまだ濡れている髪を乾かしながら椅子に座った。机には
「さて・・・」
彼女はペラペラとめくり眺めていると、ふと亡くなった前騎士団長のカイゼルの言葉を思い出した。
『報復は何も産まない。だが、今やるべき事は1つだ。冷静になって前を向け』
(報復はするな、か)
改めて自分に言い聞かせるように言葉を飲み込み、天井を見上げる。
(お父様ならどうするかな・・・)
ジュラス王国からの襲撃で、かつてのソフィアの恩師であり、彼女の父である国王センウィル・アラグリッドの友でもあるカイゼル・ベルや、陽動部隊の副隊長、ニコラス・テスラール。その他大勢の隊員や民間人の命も奪われた。しかしそれは目眩しでもあり、真の目的は《古代魔法》を扱える谷本コウキとアリス・テレスの拉致。ソフィアの中で一番腑に落ちないのが、ただの陽動でこちらの戦力を大幅に削ぎ落とし、民間人にまで手を出して来たことだった。
(何故そこまでして命を奪う必要があったのか・・・)
目を瞑り、ジュラス王国の身になって考えてみる。敵国の身になり考えるだけでも嫌気が刺すが、『何故』という疑問に対して納得のいく答えが欲しかった。そうでもなければ、亡くなった彼らが浮かばれない。
(こちらからの襲撃を躊躇させ、諦めさせる・・・?)
これにはしっくりこなかった。
(確か、リゲルの話だと敵幹部は時間稼ぎの様な事をしていたと言っていたな・・・。それが上からの命令であれば、私が対峙した奴は独断でカイゼル騎士団長を手に掛けた・・・?)
彼女は腕を組む。
(私が駆けつけた時にその場に居たのはコウキと、カペラとシャウラ、だったか?)
「・・・よし」
と名前を思い出し、ソフィアは立ち上がり、カペラとシャウラを探しに行こうとドアノブに手を掛けたその時だった。彼女がドアノブに触れそうになった瞬間、ノックされて扉が開いた。
「・・・ん?」
ガチャリ、と開いたその先には防衛部隊、副隊長補佐のカーニャ・グラタンがいた。
「失礼します・・・あ・・・」
彼女は両手にいっぱいの資料を抱え、目の前にソフィアがいる事に意表を突かれたのか固まってしまった。カーニャと会うのは合同訓練が始まる前に資料の作成を依頼して以来だった。お互いにどこか変わった雰囲気に、ソフィアも一瞬戸惑った様子で招き入れた。
「今日はどうした?」
「今回の訓練を終えて、各自強化された項目を纏めました。ご確認を、と思いまして、各隊に届けてます」
「そうか、それはご苦労」
カーニャは淡白にそう言うと、資料を机に置いて早々に立ち去ろうとしていた。それを見兼ねたソフィアは思わず呼び止めた。
「待て、カーニャ」
彼女はピクッと止まる。何を言われるのかは大体予想できた。自分の双子の妹が敵国に情報を流し、自国を裏切った罪を、彼女は背負うつもりでいた。が、しかし、カーニャの思いは外れた。ソフィアは無言のまま、彼女を後ろから抱き締めた。
「・・・!?」
余りの出来事に言葉を失い、目の前の扉にしか目がいかなかった。カーニャは、このソフィアの行動に、ついにキリキリと音が鳴りそうになるまで張り詰めていた緊張と罪悪感による糸がプツン、と切れてしまった。
「・・・う・・・うぅ・・・・・・っすん・・・」
室内には鼻をすする音しか聞こえず、彼女は静かに泣いた。そこから数分、落ち着くまでカーニャはそのままでおり、ソフィアも優しく何も言わなかった。
「・・・ありがとうございます」
少女のような儚さでお礼を言う彼女に、ソフィアはそれを包み込む姉のように応える。
「なぁに、心配するな。何とかなるだろう」
ソフィアの抱擁が、優しく強くなる。微笑ましいその光景を誰かが見れば、つられて思わず笑顔になってしまうだろう。
コンッ コンッ コンッ コンッ
「失礼します・・・あっ・・・」
とノックをして入ってきたのはデネブだった。何も知らない彼は、その光景を見るや否や、何かを察して無言で扉を閉めた。
「待て待て待て待てー!!」
焦るソフィアの声が隊室に響いた。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第119話 Side:A》へ続く。
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