第117話 Side:A

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第117話 Side:A》


アラグリッド王国のグランツ城にある、罪人を収容している牢屋が連なる地下に、調査機関に所属しているベテルギウスと、遊撃部隊を兼任しているデネブはやってきていた。中はひんやりとしており、日が当たらないからか、適度に湿度を感じる。牢屋は全てが埋まっているわけではないが、ちらほらと人影が見え、足音がする度に顔を上げていた。髭面の老人や若そうな女。罪人は罪人だが、罪を憎んで人を憎まず、という様に、アラグリッド王国では深く反省の色が見え、本人にもその自覚が現れれば特に懲罰は与えずに解放している。ここに残っている、と言うことは、まだ解放するに値しないということだ。


「・・・前のジュラス王国からの襲撃以降、犯罪は増えたなぁ」


「盗みが多いが、これは俺たち城勤めが良い環境にしていかなくちゃな・・・」


「そうだな」


そんな事を話している内に最奥の場所が見えてきそうだった。デネブは明らかな変化に気付いた。


「なぁ・・・、寒過ぎないか・・・?」


薄手の白衣を着ているが、それでは余りにも寒い。と、吐く息を白くしながらも先へ進むと、霜が降りており、地面には薄らと氷が張っているのか、歩くたびにパリパリと音が鳴り始めた。


「・・・何だこれは・・・?」


最奥まで行き着くと1つの、牢屋とは言い難い、まるで隔離施設かのようにガラス張りになっている部屋があった。中には1人、いや1頭の動物らしきものが居る事は確認できた。


「こんなもの、いつの間に・・・」


「俺も驚いたよ。まさか2、3日でこんなちゃんとした物が作られちまったんだから」


と、扉を開けるベテルギウス。中に入ると寒さはより一層増したが、その理由がすぐに分かった。


『ソレイジョウチカヅクナ・・・』


グルルル、と威嚇しながら子供の声の、小学生程の体格のソイツは四足歩行から、立ちあがろうとしていた。


「!!」


思わずデネブは構える。が、ベテルギウスに制止された。


「こいつは大丈夫だ。俺たちの仲間だ」


『オマエノ、ナカマ・・・』


「そうだ。だから安心しろ」


彼の言葉に警戒を解いた。よく見ると猫科の様な耳に八重歯よりも鋭く大きな牙が口元から覗かせ、爪も肉食獣の様に伸び、毛皮を纏っている。姿は人間だが、人間ではない。そして何よりこの環境だった。ただの人間では到底耐えきれない程の冷気。とてもじゃないが、ずっとここには居られない。


「な、なぁベテルギウス、一旦出ないか・・・?」


「ん、あぁ」


まつ毛が凍りそうになる寸前で、2人はその部屋から出る。


「アイツは何なんだ!?」


「それはまだ調査中だ。だが、分かっている事が3つある」


ベテルギウスは指折り数えた。


「まず1つ、あの子は女の子だ。2つ、人語を話す。そして3つ、《氷》の魔力を持っている」


「《氷》、だと・・・?」


聞き慣れない魔力に、思わず聞き返すデネブ。人間が現状扱える、確認されている魔力は《火》、《水》、《風》、《土》の4元素。そしてイレギュラー的に存在しているミヤビ・ジャガーノートの《雷》と泉サヤカのブラックホール。新たな魔力の発見に、デネブは口元が緩む。


「・・・《古代魔法》に対して、《近代魔法》とでも呼べば良いのかな?」


《近代魔法》。その響きに、ベテルギウスは鳥肌が立った。


「調べる事は山積みだな」


銀縁のメガネが曇り、彼のそこに研究者の顔を見た。気になる事は山程あるが、デネブはどうしても聞いておきたい事があった。


「なぁ、ベテルギウス、この子は、どうやってここまで来たんだ?」


「さぁ・・・、俺も医務室に運ばれたところを見てるから分からんな。・・・直接聞いてみれば良いじゃないか」


と、後手に指をさす。ゴクリと唾を飲み、デネブは深呼吸をして再び冷気の充満する部屋へと足を踏み入れた。後からベテルギウスも入り、扉が閉まると、デネブが弱音を漏らした。


「うぅ・・・、寒いのは苦手だ・・・」


ガタガタと奥歯を慣らし、彼は先程の獣人と相対する。


「ど、どうだい、ここの住み心地は?」


『・・・・・・』


彼女はただ睨むだけだった。


(おい、何世間話してんだよ!)


ベテルギウスはデネブの袖を引っ張る。しかし彼は、良いから良いから、となだめる。


「どうかな?少しでも不満があるなら部屋を変えてもらう様に上に伝えるよ?」


『・・・・・・』


彼女は黙りながらも、睨む目から敵意が消えた。


『・・・ワルクハナイ。ダガ、ヒノヒカリヲアビタイ』


デネブは、初めて会話が成立した事に喜び、高揚する気持ちを抑えながらも次々と質問を投げる。


「そ、そうか!なら掛け合ってみるよ!」


獣人の女の子の顔は、段々と緊張が解れてきていた。それは彼の雰囲気がそうさせているのか、ただ話をしている内に何かを感じ取ったのかは分からない。が、確実にデネブに心を開きかけてきていた。そこから彼女にいくつか質問をしては世間話の様に相槌を打ち、獣人の女の子も次第に体を前のめりになっていった。


「君は随分と苦労していたんだね・・・。以前は北方の島に居たという事は、ご両親もそちらに?」


自分の事は何の滞りもなく話せていたが、両親の話を振った途端、言葉に詰まった。そして俯く。まるで地雷を踏んだかの様にデネブの顔は、『しまった』と言いたげに眉間にシワを寄せる。彼女はそこから黙った。デネブもベテルギウスも、次の言葉が出てこず、ただ目配せをしては首を横に振る。


(今日はこんなもんにしといた方が良さそうだな)


(・・・だな)


コクリと頷くデネブは、唾を飲み込み口を開く。


「すまなかったね、言いづらい事を聞いてしまって。最後に、名前があったら教えてくれないかな?」


『・・・ナマエ・・・』


「そう、周りの人から呼ばれてた名前」


獣人の女の子は、思い出すように目を瞑る。そこにはいくつかの想いがあるのか、深く呼吸をし、気持ちを落ち着けさせているようにも見えた。


『ワタシノナマエハ・・・、フロスト、ダ』


フロストは答えた。冷気による、微生物や空気の動きをも止まった様な室内で、彼女は静かにデネブの目を見る。


「・・・フロスト、か。良い名前じゃないか」


デネブが笑い、ベテルギウスとその場を後にしようと背中を向けると、彼女は再び警戒する様に目付きが変わっていた。

外に出ると、フロストが居た部屋がいかに異常な寒さだったのかが分かるほどにベテルギウスのメガネが曇っていた。


「やれやれ、うちの連中はあの子を解剖する、なんて言い出さないだろうな?」


「そんな事はさせないさ。俺が責任を持って安全を保障する」


振り返るデネブがフロストの視線に気付いてはいたが、部屋の外からは目を合わさずに悲しい表情をするだけだった。しかしその目は何かを見据えていた。

そしてその日から数日、デネブはフロストの元へ訪れた。今日はこんな事があったよ、出される食事はどうだい、散歩が許可されそうだよ、など、彼女が退屈しないように心掛けていた。冷気は日に日にデネブに気を遣ってか、警戒心が解けてきたのか弱まっていき、常人なら耐えられる程に落ち着いていた。


「今日はこの辺で帰るとするよ」


『アァ』


と、フロストはしきりに上を気にしていた。


「どうした?」


『イヤ、サイキンウエガサワガシイナ、ト』


デネブは思い出そうと腕を組む。


「ん、そうだ、隊長たちを含む騎士団の団員が訓練から帰って来てるんだった」


『タイチョウ・・・?キシダン・・・?』


彼女は首を傾げる。


「この王国を守る組織の、特別強い人たちの事さ」


『ツヨイ、ヒトタチ・・・』


彼が鼻を鳴らして答えると、フロストは少し考える様に俯いた。そして顔を上げると、意を決したように口を開いた。


『デネブ、ワタシ、ソノヒトタチニオネガイガアル。アワセテホシイ』


「えっ・・・?」


まさかの言葉に、デネブは呆気に取られた。


「な、何を・・・」


思わず言葉が詰まるがその彼女の顔を見るや否や何かを感じ取り、深い詮索はしなかった。だが、少し不安がよぎった。良からぬ事を考えてるようには見えなかったが、波風を立てるかもしれない、と、デネブの直感が騒いでいた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第118話 Side:A》へ続く。

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