第116話 Side:A
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第116話 Side:A》
「あら、意外と遅かったのね」
拠点に帰ってきたアイザックを出迎えたのはカペラだった。夜明けも近いのに、見張りなのか火の番をしていた。
「・・・あぁ。手こずってな」
(言いづらい。ステュムパーリーに何か変な魔力貰ったって)
様子がおかしい彼だったが、カペラは深く詮索しなかった。
「ふーん・・・、まぁ良いわ。みんなが寝る前、フローラ副隊長が言ってたわ。夜が明けたら出発の準備を、だそうよ」
その言葉を無視したわけではないが、アイザックは空を見上げた。さっきはあれぐらいの高さまで跳んだんだな、と耽る。それを見たカペラは口角が少し上がり、何かを感じ取った。一皮剥けた同期は心強い。だが、それに甘んじて油断で死んだ先輩の話は過去に何度か聞いている。彼に傲慢さが宿る事はないだろうが、彼女が気を引き締める出来事となった。
「さ、アナタも少し寝たら?私は見張りを続けるから」
「ん、あぁ、そうさせてもらうよ」
アイザックはそう返すと、おぼつかない足取りで拠点の中へと歩いて行った。
(そういえば、何か忘れてるような・・・。まぁいいか・・・)
彼は横になりながらも思い出そうとしたが、睡魔には勝てずそのまま朝を迎えた。
「これにて、フローラ・ブルドッグ班、湿地帯にての訓練を終了とします。みなさん、よく頑張りましたね」
フローラの優しい声は、みんなに癒しを与えた。各々、この《ヘラクレス山脈》での訓練で成長した。それはフローラも含めて全員がそう感じていた。はずだった。纏める彼女の話を聞きながらも、1人、浮かない顔をしている人物がいた。
「どうした、アルタイル?」
心配そうに声を掛けたシャークは、フローラにバレないように小声だった。
「いえ、何でも・・・」
そう言う彼は、心配を掛けまいと振る舞うも顔に出てしまっていた。
「何かあったんなら言えよ?俺たちは同期だ。何でも助けてやるからな」
「・・・・・・」
その言葉に黙るアルタイルは、決心したように口を開く。
「シャーク。私は、この訓練に参加する前に、調査機関からスカウトをされました」
「・・・え・・・?」
固まる彼だが、アルタイルは続けた。
「とある方に、『一緒に古代魔法に関して研究をして欲しい。その知識と情熱で、現代の魔法に発展を!』と」
シャークは同じ防衛部隊として、同期として、友としての彼を知っているだけに、彼の意志は固まっていると思っていた。好きな事には一途に没頭する性格は研究者に向いているのではないかと度々感じていたが、既にそういう話が来ていたというのは初耳だった。
「・・・良かったじゃねぇか。防衛部隊から居なくなるのは寂しくなるが、たまにはそっちにも顔出すよ」
その言葉に、アルタイルは肩の荷が降りたような顔になったが、次第に大きくなったシャークの声に、フローラは流石に見過ごせなくなり口を挟んだ。
「はいはーい!お喋りは帰ってから!」
しまった、と反省する2人に近付き軽く頭にチョップを入れる彼女は、怒ってはいなかったが、それだけの行動と緩やかな言葉でその場を纏め上げた。
「・・・さぁ、終わりますよ」
「「はい・・・」」
和む音が聞こえ、フローラ・ブルドッグ班の湿地帯での合同訓練は閉幕した。
そして時同じくしてアラグリッド王国では、行方不明だった2人の帰還に救護班が慌ただしくしていた。
『おい!急げ!』
『ボロボロじゃないか!一体何があったんだ!?』
土や血で白衣の至る所が汚れるのを構わず、彼らは2人を医務室へと運び入れる。運び込まれた2人が着ていた衣服がところどころ切れて見えているが、よく見ると刃物の類ではなく、そこから先が文字通り『無くなった』と言った方が分かりやすかった。
「おいデネブ!説明しろ!」
ハッとするデネブ・ボロネーゼ。ガバッと起き上がり、自身の栗色の短い髪や、手足や傷の具合を確かめる。どれも致命傷に至らず血が軽く滲む程度だった。生きていること、微傷だった事に、彼は込み上げるモノがあり、隣のベッドで眠る、運び込まれたもう1人の肩を揺り起こす。
「やりましたよ!成功ですよ!ミヤビさん!!生きてます!!」
「・・・ン・・・・・・?」
うっすらと瞼を開けるミヤビ・ジャガーノート。丸メガネは枕の側に置かれ、そばかすをポリポリと掻く。長い銀髪は、何日も風呂に入ってないのか光沢を失い、ボサボサだ。頭がボーッとしているのか、今まで自分がしてきた事を思い出すように寝ながら手を見たり、袖を引っ張ってみたりする。
「成功・・・、したノカ・・・」
ふぅ、と一息吐いてそのまま手で両目を覆う。思いの外薄いリアクションに、デネブは鼻から息を抜くが、彼女の口角が上がっていた。それを見るや否や彼も口角が上がり、仰向けにボフッとベッドに体を預けた。
「・・・案外、元気なのか・・・?」
ボロボロの見た目の割に正常な意識と脈拍に、医者が驚くのも無理もなかった。
彼らはそこからいくつかの検査を受け、《異常なし》と宣告され、医師たちは医務室を後にしていったが、1人残った。唯一、先程デネブの名を呼んだ男だ。彼は黒い短髪に銀縁のメガネを掛けて白衣を着ている。が、医師のそれとは違う。デネブと同じく調査機関の者だろう。
「で?何が成功したんだ、デネブ?」
「あぁ、ベテルギウス・・・。ふふふ・・・聞くかい?」
こういう時、研究者の笑顔は不思議と不気味に光る。ベテルギウスは近くの椅子に座り、胸焼けするような気分に駆られながら息を飲む。
「人智を超越した超長距離転移装置、名付けるならば、【クロノスグラース】とでも言おうか」
「【クロノスグラース】・・・?」
飲んだ息はたちまちその名前を口にした。人智を超越したとはまた大袈裟な事を言う、と言いたげな顔をしていた彼だった。
「まぁ、そういう顔になるよな」
「当たり前だろ。期待をさせ過ぎてる」
「だが、その期待は裏切らないと思うぞ?」
「はぁ?」
キョトンとしたベテルギウスに、デネブは『したり顔』を見せた。そして隣のベッドにも同じ『したり顔』をしているミヤビもいた。
「元気になったら、そいつを見せてもらおうかな。・・・何にせよ、お前たちが無事に帰ってきて良かったよ。あー、それと、お前たちが帰ってくるちょっと前から、王国はある事で持ちきりだ」
ベテルギウスは立ち上がり、水差しからコップに水を汲むと一口飲んだ。
「ある事?」
「あぁ。4、5日前だったかな。王国の近くを警邏(けいら)していた騎士団員が、人間とも違う、魔獣とも違う何かを保護したんだ」
彼は深刻そうな顔をした。デネブはその顔に見覚えがあった。過去、ベテルギウスが『不吉な予感がする』と言いながらした時と同じ顔だった。今回も何か良からぬ事が起きるのではないか、と体を起こす。だがしかし、体を起こした理由としては、その話題に興味をそそられた、というのが強かったからだ。
「人間とも魔獣とも違う、というのは?」
「まだハッキリとはしていないが、調査機関の連中は『混血』なんじゃないかと推測してる」
「人間と魔獣の混血・・・?あり得るのか?」
「分からん。だが、それをハッキリさせるのは、研究者として血が騒がないか?」
「違いない」
デネブは笑った。
「今、そいつは城の地下牢の最奥に居る。見に行くか?」
「もちろん。だが、その前に着替えがしたい」
と、疲弊した身体を無理やり動かすように軽くストレッチをしてベッドから降りる。
「あー、ワタシはまだここで寝てマース。お腹が空きそうなのデ、何かスープの様な物とパンを手配してくれるとありがたいデース」
「分かりました。じゃあ、行くか」
ベテルギウスがそう返し、ミヤビが手を振ると、扉は閉まった。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第117話 Side:A》へ続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます