百発百中 奥多摩の猿

白川津 中々

 奥多摩に猿が出たとの報せが入った。

 猿は人里に降り人を襲って身ぐるみを剥いでいくという。猿が人間の着物をかっぱらってどうするのだろうかと大石は訝しんだが、実際被害が出ているわけだし、そもそも猿の奇行を人間の理知で推し量ることなどできるはずもないとすぐさま切り替え猟銃片手に家を出た。無論、猿討伐が目的である。

 大石は猟師ではなく違法に銃をぶっ放す狂人であったが人には無害。ブレーキは壊れているがアクセルを踏み込む場所は弁えている。刺激さえしなければ人に銃口を向ける事はなく、実際、今まで誰一人として彼の猟銃に撃たれた者はいない。

 大石は獣と戦いたいだけなのだ。純粋に闘争を求める生粋の狩人なのだ。ただ少し頭が悪く猟銃保有の許可を得る事ができないが、銃を使って何かを撃ち殺すくらいはできる脳が頭蓋には入っている。それだけ可能であれば男として十分。故に大石は胸を張って違法狩猟に出るのである。それが全てだ。


 車を運転できない大石は三日三晩かけて立川から奥多摩まで歩いた。途中職質される事が何度かあったが西東京の警察は無能なのでどうとでもなった。「これおもちゃだよね?」という問いに対して「はいそうです」と言うだけで済むのだから平和なものである。

 

「撃って殺す」


 奥多摩に辿り着きぽつりと呟く大石は既に弾の装填を終えている。いつでも射殺可能な態勢。奥多摩湖の水面が風に波立つ。


 きた


 大石の野生の感がそう告げた。瞬間!


 !


 五爪一閃! 吹き出す血潮! 群生する山菜が赤く染まる!

 

「……」


 しかし大石は動じなかった。ゆっくりと銃口を上げ、息を整える。

 敵は一体。焦った方が負け。大石は獲物が跳んだ先に目を向けて凝らす。自身が放つ弾丸を当てる相手を見失わぬよう、大きな目を紐のように細めて影を見た。


「……!」


 爆破音と排煙。銃撃。大石は微かな気配を察知し発砲したのだ。


「やった!」


 やや遠方。木の下から落ちる。でかい。その大きさはもはや人。いや、というより……


「……え?」


 横たわるのは女。人間の女であった。


 大石は大きく慄いた。自分が撃った相手が獣でない事に混乱を隠し切れていない。

 やってしまったと思っただろう。馬鹿だが人を傷つけたことがないのが自慢だった大石のアイデンティが揺らいだのだ。彼にとってはそれだけで死に値するでき事。手にした銃をこめかみに向ける。けじめ案件の処理用意よし。命を持って償う覚悟を、大石は見せた。だが。


「……血」


 落ちてきた女の右指には血が付着していた。それは考えるまでもなく、大石の血である。

 みれば着ている服もチグハグ。デニムの上からスカートを履き、タンクトップのみを羽織りマフラーを首に巻いているのだ


「そうか、こいつは……」


 そう。人から衣服をかっぱらっていた猿とは、紛れもなくこの女だったのだ。


 実はこの女。界隈で奥多摩子と呼ばれる娘であり、幼少のころ猿に誘拐されそのまま森の住人となったのだった。以来、多摩子は人語を解すこともなく、野生の中で生きていたのであった。


「そうか。人じゃないのかこいつは」


 そんな多摩子の境遇を知ってか知らずか、大石は合点したように頷き呟いた。そして……


 ……!


 ケミカルジーンズのジッパーが下りご立派なタケノコが顔を見せた。これはどういう事かというとつまりはそういう事。多摩子を獣認定した大石は罪悪感のリミッターを外し、倫理と尊厳から逸脱せんと試みたのである。なんという節操のなさか。これではどちらが猿か分からない。


 対して多摩子。頬を紅潮させる。それもそうだ。彼女も初潮を迎えたお年頃。野生に従えば、雄を欲するが必定である。


「……」


「……」


 見つめあう二人。合図がなくとも始まる行為。昼夜問わずの大盛り。気付けば葉が染まり落ち雪が溶け桜舞い散る春の終わり。上がる産声風に乗り、多摩に響く命の息吹。


 それから幾年が経ち奥多摩ではまた猿が出るようになった。しかし今度は一匹ではない。

 その数なんと四。内二匹はあの多摩子と、猟銃を持った大柄な狒々であった。

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