頼んでもいないのにアップグレードしないで!

ちびまるフォイ

間をとって中途半端になりたい

「今、こちらではカップル様だけに

 特別なプランを2つご紹介しているんですよ」


「だって、まーくん」

「プランというのは?」


「プランAは、この先ずっと常に最新技術を得るプランです。

 お持ちのあらゆる端末は常に最新バージョンに自動更新され、

 メーカーの最新機種もなんと無償ですべて提供されます。

 ……まあ、初期不良などの可能性もありますが、日常に最新技術があふれますよ」


男は咳払いして説明を続けた。


「プランBは、この先ずっと常に同じバージョンで保守するプランです。

 あらゆる余計なバージョンアップや求めていない更新を排除します。

 今、あなたが一番使っている状態のままキープできる素敵なプランです。

 その代わり、最新版に更新することはできませんが使い勝手は常に同じですよ」


彼女と彼氏はお互いの顔を見合わせた。

ふたりとも悩むことなくプランを決めた。


「「 それじゃもちろん…… 」」


「Aだ!」

「Bよ!」


「「 え? 」」


二人はもう一度顔を見合わせた。

ペアルックにも関わらず二人の意見はまっぷたつ。


「ちょっと待ってくれよ。最新の技術のほうが良いに決まってるだろ?

 常にアップグレードされるんだよ。どうしてBなんか選ぶんだ」


「今の性能で十分なのにどうして余計な更新で使いづらくするの?

 最新版になんかしなくてもいいわよ。今ので十分じゃない!」


「Aに決まってるだろ!」

「いいえBのほうがいい!」


「お、おちついてください。カップルへのプラントはいえ

 それぞれが異なるプランにすることもできますから」


「それじゃAにしてくれ。Bを選んで時代に取り残されたらたまらない」

「私はBにして。使いもしない余計な機能を追加されたらいやだもの」


二人はそれぞれ別のプランに申し込んだ。


プランAにした彼氏のもとには最新機種の端末や、

まだ実験機の次世代機器がどんどん届いていった。


「おおお! こんなの見たことない!

 え!? こんなこともできるの!? すげぇ!!」


新しいおもちゃが手に入ったとばかりに目をキラキラさせる彼氏を、

彼女は冷ややかに見ていた。


「カメラの画質が良くなったのがそんなに嬉しいの?

 どうせたいして差もわからないじゃない」


「向上心のないやつはこれだから困る。この小さな差がでかいんだよ」


プランAを選んだ彼氏はルールとして、

これまで使っていた過去製品をすべて捨てる必要がある。


最新技術が詰め込まれたテレビが届けば、今使っているものを差し替えばければならない。


「最新のものになるならむしろ物がへって好都合だ!」

「どうだか」


初めて触れる最新技術の推移にはしゃいでいた彼氏だったが、

説明書を手に取るなり顔がどんどんしぶくなっていった。


「あれ? これどうやって使うんだ? ここをこうして……あれれ?」


「ほら見なさい。身の丈以上のものを手にするから使えないじゃないの」


「うるさいな! 今ちょっと戸惑っているだけだろ!」


「あんたにはオーバースペックなのよ。

 チンパンジーに一眼レフ渡していい写真が撮れるわけないのよ」


「石斧から進歩しようともしないほうが問題だろ」

「なによ!」

「なんだよ!!」


知らない言葉を耳馴染みのない言葉で解説する最新技術が詰まった説明書に

頭をひねること数時間後にやっとこさ電源をつけることに成功した。


「うはははは! 見ろ! このハイプラズマエクストラハイビジョンを!

 それに100番組同時録画も可能! しかもテレビの上で食パンも焼ける!!」


「はいはいすごいすごい」

「頼んだってお前には貸してやらねーからな!」


彼氏は鼻歌まじりでやっと使い方を掴み始めた最新技術の製品をいじろうとしたとき、

入れ違いにまた新しい製品が届いてしまった。


「では、旧バージョンのものは回収します」

「え! 今やっと使い方わかったのに!」


最新の最新バージョンはまたボタンの配置から説明書まで新しくリニューアル。

いちからまた使い方を勉強し直すことになった。


「ほら、やっぱりプランBのほうがよかったでしょ?」


彼女は得意げだった。

手に馴染んだものはどこに何があるかわかるので使い方に困ることはない。

故障しても常に全く同じバージョンのものに切り替えてくれる。


新しくはならないが、使いにくくなることはない。


それから数日。


彼女は彼氏の使っているスマホを見て言葉を失った。


「な、なにそれ……」


「なにってホログラム液晶だよ。結構前のバージョンから搭載されて

 ほら、自分で撮った写真が立体的に見えるから便利なんだ」


「ふ、ふーん……そうなんだ……」


彼氏の持ち物はすべてが最新版になっているので、

彼女が普段使っているすべてのものよりも高性能で便利で速くて正確。


「こないだ撮った写真送るよ」

「あ、待って」


彼氏から送られたデータは彼女のもとに届くまで多くの時間を要した。


「……遅くない?」

「しょうがないでしょ! 古いバージョンなんだから!」


今までは「これが普通」だと思っていたが、

目の前に高性能な対比物があると自分がいかに不便な生活に甘んじていたのがよくわかる。


きっと、一番最初に電子レンジを見た人も今みたいな気持ちなのだろう。


「ね、ねぇ。少し、使わせてくれない?」


「無理無理。そんな古いバージョンしか使っていない化石人類に渡したって

 今の最新技術の土台も理解できてないから使いこなせるわけないよ」


「なによ! その言い方!」


「やっぱりプランAのほうがよかっただろ?」


「あんたが使い方を教えてくれる優しさはないの!?」


毎日お互いの顔を見ては「好き」と言い合っていたアツアツのカップルも、

今では家のものを無差別に投げ合うほどに仲違いしてしまった。


お互いの体力が尽きて床に突っ伏したとき、彼氏は彼女に提案した。


「もう……やめよう……」


「なにを?」


「このプランAとBだよ……これが始まってから仲が悪くなったじゃないか……」


「それはまーくんが最新技術を勝ち誇って見せるから……」

「君だって僕をバカにしていたじゃないか」


二人は顔を見合わせた。


「私たち、どうかしてたわね。お互いに違うメリットがあるだけなのに……」


「自分のほうが良いと比べていがみあって……バカみたいだ」


「本当ね」


二人は出逢った頃のように優しい顔に戻った。

再び男の元にカップルが訪れたときは前以上に親密になっていた。


「プランAとプランBをどちらも解約したいと?」


「はい、必要以上の最新技術はいらないと気づきました」

「私もずっと変わらないのはさすがに嫌なので」


「そうですか。かしこまりました、では解約させていただきます」


「これで元通りだね」

「そうね、まーくん♪」


お互いの瞳を覗きあうカップルへ水を差すように男が紙を差し出した。


「ところで……前のとは別にカップル様限定でご案内している

 2つの特別なプランがあるんですが、いかがでしょうか?」


「「 2つのプラン? 」」


「プランAは、恋人が常に自分好みにアップグレードされていくプラン。

 出会った頃の面影は消えますが、常に自分に合わせて成長していってくれます。

 

 プランBでは、恋人が常に出会った頃のままでいてくれるプラン。

 その先に成長はしませんが、最初のキラキラをキープしてくれますよ」


二人は迷わず答えた。


「プランBに決まってるだろ!」

「プランAしかありえないわ!」

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