第8話事件はすでに解決し、探偵は惰眠を貪る
激痛にのたうちまわっている青年を尻目に放り出された仔猫を那由多は、ナイスキャッチした。
両手で仔猫を大事に抱き抱え、すたすたとその路地裏を立ち去った。
青年がおってくる気配はなかった。
すでに日が昇りはじめ、アスファルトの灰色の道を照らしている。
「なんと礼を言っていいのやら……」
又三郎は仔猫の頬をなめながら、言った。
「なに、かまわないよ」
軽やかに微笑み、那由多は答える。
「この仔が消えたと聞いたとき、私は最悪の事態を想像していた。事実そのようになりかけていたからな。もしそのようになっていたら我はかのものを八つ裂きにしてただろう」
「実際そうしようとしていたよ」
又三郎は知らない未来の話をすると目の前に古いマーチが停まった。
窓が開き、義眼の男ウオッチメンが手を振っていた。
助手席に那由多は座る。
「神宮寺、また時間をかえたな」
マーチを走らせながら、ウオッチメンは言った。
「ああ……」
座った瞬間、かすかな疲労が身をつつんだ。
深く腰かける。
「可能性の未来が見えたから来てみたんだよ。なるほどね。それでだ、神宮寺。お前さんが写っている街中の監視カメラの動画だが、すべて消しといたよ」
「さすが、すべてを見渡す者。アフターケアまでばっちりだな」
「今度、飯でもおごれよ」
にやりと笑い、義眼の男は那由多の探偵事務所前に旧型マーチを停めた。
ソファーに寝転がり惰眠を貪っていると、ピンポーンピンポーンと耳障りな電子音が鼓膜を刺激した。
眠たい目を擦りながら、起き上がり、那由多はインターホンの受話器に耳をあてる。
「なゆちゃーん、なゆちゃーん」
甲高い涙声が聞こえる。
解錠ボタンを押し、友人のあけ美を出迎えた。
派手なメイクが崩れた姿をみるのは二度目だ。
「逃げちゃったのよ」
しゃっくりを出しながら、あけ美は言った。
ふふっと口角をあげ、那由多は笑う。
「なあ、あけ美。知ってるか。物事ってのは観察し、その結果を確認するまでは結果は決まらない。どうだい、結果を確認してみるか」
「えっ、なんなの。難しいこと私わかんないよ」
「ここを見てみろ」
軽くポンポンと那由多はスカジャンの胸元を叩いた。
「あれ、なゆちゃん、胸おっきくなってない」
「なんか、その言いかたムカつくな」
と怒りながら、那由多はファスナーを下げた。
そこにはすやすやと眠る茶毛の仔猫がいた。
驚き、泣き、笑い、短い時間に次々と表情を変え、あけ美は那由多に抱きつき、その豊満すぎる胸に那由多の頭を押し当てた。
「なゆちゃーん、ありがとう。なんでだがわかんないけど、ありがとう」
ぐりぐりと胸を押し当てられ、窒息死寸前になった那由多はどうにか顔をずらし、ふーと大きく息を吐いた。
「この仔がいなくなったら大変だったんだろう。もう逃がすんじゃないぞ」
「うん、わかったよ、なゆちゃん」
仔猫を宝物のように大事に受けとると、あけ美は猫に頬をすりつけた。仔猫は目を覚まし、うれしそうに頬をなめた。
人差し指をあけ美の頬にあてながら、その柔らかさを楽しみながら、
「報酬は一ヶ月晩ごはんをおごってもらうぞ。いいな」
と那由多は言った。
さて、何を食べに行こうか、那由多はそう考え、舌なめずりした。
イノウ探偵神宮寺那由多の冒険 シュレディンガーの猫は鳴かない 白鷺雨月 @sirasagiugethu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます