第7話未来の罪人は、罰を強制的にあがなわされる

 ガラス細工のような繊細な瞳をスカジャンを着た探偵に猫又はむけた。

 

 ぺろりと唇をなめると低い声でうなった。


「さあ、お食べよ。毒なんていれてないからさ。私はあんたに協力したいんだ。あんたの一族の末娘とやらを私も助けたいんだ。あっ、そうだ。あんたが人の言葉をわかるってのも知ってるからさ」

 かがみこみ、那由多は猫又の瞳をじっとみつめる。


 くんくんと煮干しのにおいをかぎ、猫又はそれが安全と確認できたのだろう、むしゃむしゃと一瞬でたいらげた。

「何故、お主はそのことを知っている」

 かすれた女の声で猫又は言った。


「そいつはまあ、企業秘密ってやつさ。これだけは信じてほしい。私はあんたの味方だ。それに手がかりがないんだろう。どうだい、ここは一つ私の話にのってくれないかな」


 

 ヌーと鳴き、猫又は顔を洗う。

しばらく思案したあと彼女は背伸びをした。



「たしかにお主の言うとおり、手がかりはない。この際、人の手を借りるのもやむを得ないか……」

 大きく息をはき、猫又は決断したようだ。


「なら早速案内するよ。と、その前にエネルギーを補給させてもらうよ」

 無造作に牛乳パックをあけると、ごくごくと喉をならし那由多はそれを一気にのみほした。

 空になったパックをコンビニのゴミ箱に投げ入れる。


 ちいさなゲップをすると猫又は那由多の肩に飛び乗った。唇から滴る牛乳のしずくをぺろりと猫又はなめた。

「娘、案内せよ」

 猫又は言った。



「オーケー」

 短く探偵は答えると、那由多は跳躍した。

 凄まじい跳躍力だ。

 十メートルほど空を駆けると、隣のビルの屋上に着地した。

 ビルの屋上から別の屋上へと那由多は華麗に跳躍を繰り返す。

 スカジャンに刺繍された竜の瞳がギラギラと輝く。

 それはこのスカジャンにとりついた竜の王の力であった。

 竜の王は那由多に人なみ外れた力を与える代わりにその生命力を代償として受けとる。

 私立探偵も黙って生命力を差し出す訳ではない。

彼女は食物から得たカロリーをもって代償とした生命力を完全に補う術を身につけていた。



 風のように飛び、雷光のように駆けていく。

 冷たい空気が頬をなで、銀地のスカジャンの裾をたなびかせる。猛スピードで飛び降りると音もなく那由多は着地した。



 薄暗い路地裏だった。



 瓶ビールのケースが無造作におかれ、どこかアルコール臭かった。


 一人の痩せた、濁った目をした男が茶毛の愛らしい仔猫を抱き上げていた。

 自分より弱いものを傷つけるとき、彼は例えようのない快楽を得ること知ってしまった。無抵抗の彼らをいたぶり、なぶり、殺すことによってその時だけ社会から受ける耐え難い苦痛を忘れることができた。


 この世は弱肉強食なのだ。


 強者たる自分は弱者たる彼らに何をしても許されるのだ。

 それは身勝手な理論で理屈だった。

 なら自分が弱者になった場合はどうなるのか。

 愚かな彼はそんなことを考えたこともない。


 だが、その時は突如訪れた。


 見たこともない銀色のスカジャンを着た背の低い女が、自分の手首を掴んでいた。

 その手はメリメリと食い込み手首の骨を粉微塵に粉砕した。

 瞬時に激痛が全身を貫き、彼は情けない声をあげて絶叫し、汚れた地面に倒れこんだ。


「これは未来の貴様が犯した罪に対する罰だ」

 無情で非情に、那由多は言い捨てた。

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