自室にて

 課題もそこそこにして、机の上からものをなくしてきれいにします。そこに、北斗さん自身も読んでいるという、オススメされた本を置くためです。鞄からゆっくりと本を取り出して、まるで陶器でも扱うかのように時間をかけて置きます。

 置いたところで、速く脈打つ鼓動を落ち着かせるために深呼吸をしました。

「さて……」

 タイトルは『一寸先は闇』。これから先のことはどうなるか、まったく予想出来ないという意味のことわざからつけられたタイトルなのだと思われます。簡素な表紙と殺人鬼のイラスト、そして彼からの説明だけじゃ、どんな物語なのかまったく想像が出来ません。

 北斗さんはどうしてこの本を手に取り、読んで、なにを思ったのでしょう。そして私は、読み終わったときになにを思うことになるのでしょう。本の内容ではなく、そういうことばかりが頭に浮かんでやみません。私は果たして、彼と同じ光景を思い浮かべることが出来るのか。彼と語り合えるほどの感想を、持つことが出来るのだろうか。環境のみならず、圧倒的に読書量の少ない私では、なにも思い浮かべられないことだって考えられます。それが怖くて、未だ本を開けずにいたのでした。

「……はぁ」

 彼は言いました。『読んでみようという意思だけでも素晴らしい』と。そして、これを読むことを決意した私に向かって、微かながら笑みを向けてくれました。

 私は、それに応えられないことをたまらなくおそろしく思います。

「うぅ……」

 彼は私がなにを思っても、たとえなにも思わなくっても嫌な顔をしないだろうと思うのに、どうせならば良く思われたいと思って表紙すら開けずにいるのです。そのほうがよっぽどいけないことだろうとは、何度も思いました。けれど、読もうと思って本の両端を握ったところで、そこから先のページをめくれないのです。

 そして遂に、明日が返却日になってしまいました。今読まなければ、次に読む人の迷惑になってしまいます。それはどうしても避けたいです。

「……よし!」

 私は、決心して本を開きました。タイトルの書かれているページをめくり、目次を流し読みして本文へと目を向けます。

 本文は主に、殺人鬼であると自称する見せてもらったイラストの格好をしたお姉さんと、転がりこまれた部屋の主人である青年の会話で構成されていました。北斗さんの言う通り確かに読みやすく、ふつうに暮らしていれば接点のなさそうな二人の間で交わされる会話に、思わずクスリとしてしまうこともあります。

 ですが、読んでいるうちに、もしかすると北斗さんはこういった年上の女性も好みなのかもしれないと思えてきてしまいました。けれど、イラストの女性はどちらかというと幼く見えますし、年が若い割にしっかりしている子が好みという可能性も考えられます。

 いえ、そもそも彼がこういった二次元の女性にしか愛を示せない可能性だって十分に考えられます。私にはその感覚は理解出来ませんが、そういった嗜好を持つ方が存在していることは知っています。北斗さんが、そうではないとは限りません。

 そうだったら、私は。

 同級生である私のことは、やはり眼中にないのでしょうか。

 一度考え始めると頭がぐるぐるしてしまい、本の内容があんまり頭に入ってきませんでした。頭を落ち着かせてから再び借りて読み直そうと、悲しみの中で決意したのです。


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試し読みは以上です。


続きは2020年1月24日(金)発売

『隣のキミであたまがいっぱい。』

でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。

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隣のキミであたまがいっぱい。 城崎/MF文庫J編集部 @mfbunkoj

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