統合失調症者は黒い雨の中、狂い病める。

デルロット

狂狂・まわる。

 少し俺の話を聞いて欲しい。なに、そんなに長くはかからない。5分、10分、時間をくれ。


 俺は今、28歳だ。ちょうど10年くらい前の話になる。

 俺は精神病で家の中で暴れまくった。

 テレビはディスプレイが粉々に割れ、テーブルはひっくり返り、家の小物を次々と投げてガラスは割れる。家庭崩壊間近だった。


「なんでわかんねーんだよ!はやく沖津宗孝を呼べよ!その人にしかわかんねーから!お前らに俺の心がわかるか!クソが!」


 我ながら家族の心を無視した身勝手な言い分だ。やがてパトカーと救急車のサイレンの音が近づいてくる。そして警官と消防士が何人も家に入ってきた。興奮しているとはいえずっとひきこもりだった貧弱な身体。抵抗しても無駄だった。俺はムリヤリ救急車に押し込まれる。体を拘束される。俺はのはずなのに。これから世界を救う英雄になっていくはずなのに。今だから言えるが妄想の世界と現実の世界がごちゃまぜになっていた。


 やがて行きつく先は精神病院。メンタルクリニックと言えば聞こえだけはいい。そこで俺は叫びまくった。時に陽気に、時に怒り任せに。最大限の声で歌も歌った。のどが切れるかもしれないくらいに。


 泣きながら家族は医師に話す。俺のみじめな今までの人生を。

 そして叫び続ける俺に看護師がでかい注射器を向ける。

「やるならやれよ!それで俺を殺すのか!その瞬間、お前は永遠に苦しみながら永遠に死ぬぞ!お前は無にも値しない!」


 看護師はハイハイ、といった感じで注射を近づける。こんな患者は、たぶん飽きるほど見ているんだろう。暴れる腕を押さえつけられ、注射される。



 瞬間、世界は、意識は、消えた。



 気づけば、暗く、空気が濁った陰湿な部屋。腰を拘束され、どんなに力を入れても立つこともできない。もうろうとした意識の中。俺は考える。


(そうか、これは神の試練なんだ。あのイエスも尊敬され、同時に迫害も受けたという。メシアである俺も迫害される運命なんだ。だが俺は負けはしない。救世主である俺が死ねば、この世界も終わりだ。迫害もされるが未来を勝ち取る運命でもあるんだ!)


 過去の自分ながら滑稽な妄想に取りつかれているな、と思う。不思議な力を持っていると思い込んでいる俺は、こんな拘束などはずせると、もがきつづけるが、やはりダメ。やがて看護師が何人かでやってくる。俺は興奮しながら話しかける。


「お前ら、こんなことして天罰が下るからな!それより、恋人のアーニャだっけ、アーニョ?そうだ、アンナだ。どこへ行った?俺の兄貴は?11人の弟と妹は?6人の息子たちは?孫のユーヘイは?カカカは?ネコのポコタは?みんなどこへ行った?お前ら、みんなをどこへやったんだよ!早く出せ!返せぇ!ポポポポゥ」


 看護師たちは何やらゴニョゴニョと相談し、またもや俺に注射器を向けた。今ならそれが鎮静剤だとわかるが、その時俺はまた何重にも殺されるのかと、あいかわらず妄想の中だった。


 一日が過ぎて(感覚的にだが)、少し冷静になった。女の看護師が点滴を変えに部屋に入ってきた。そこで俺は言う。

「これまですいません。落ち着いてきました。少しお願いがあるんですが。」

 看護師は少しほっとしたように、「何ですか?」と聞く。

「心臓を食べさせてくれませんか?いや、心臓を食べればあなたがどんな人かわかるんですよ。いい人か、悪い人か。あまりおいしくはないんですがね。いいじゃないですか。あなたの命であなたのことがわかるなら、死ぬのも本望でしょ?ポポポポゥ」


 看護師はゾッとした顔をして部屋を飛び出し、やはりまた俺は注射を打たれる。ここでのやりとりは、妄想からではなく、単純な悪意からだった。精神病と言っても理性や知性が完全に失われたわけじゃない。もしかしたら重い病気を装って、頭が完全にいかれたと演技する患者もいるかもしれない。



 こんな感じで暗室の悪夢の生活がつづく。しかし、今の俺は、つまり十年後の俺はけっこう元気にやっている。それをこれからつづっていこうと思う

「おいお前、うるさいぞ。」

 俺は言った。ん?俺は言ったのか?記憶にないぞ?


「そこでいけしゃあしゃあとしゃべっているお前だよ。」

 …もしかして俺のことか?どういうことだ?なぜ過去の俺が未来の俺に話しかけられる?


「モーソーの世界の産物が。お前なんてカケラだ。いや、存在すらしていない。そろそろ邪魔だから、ケス。」


 え、え?俺が妄想の産物?つまり俺自身が昔の俺の創造物で、現実には今も暗い部屋でベッドに拘束されてもがいている?俺の10年間の記憶はすべてなかったこと?病気からなんとか抜け出して、やっと大学、就職して、そんなにかわいくないが優しい女の子と恋人になって、家族にも恩返しして、今は幸せに暮らしている。そういうハッピーエンドの設計図じゃなかったのか?え?設計図ってなんだ?あれあれ?無意識に認めている?俺がモーソーの産物だと?存在すらしていない、ごみむしいか?もうだめだこわいこわいこわいそんざいしてないなんてポポポポゥ



 僕は…何か悪いことしたんだろうか?こんな人非になるほどの…僕は…。


「こりゃダメだな。いかれてる。一生独房ぐらしだ。かわいそうに。」

「ああ、だが病院にとっては金になるから、俺達にはどうでもいいことだな。」

「聞こえてるぞ、バカヤロウ!ポ。」


      

       《終》

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統合失調症者は黒い雨の中、狂い病める。 デルロット @daichimiorosuKB

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