第8話 星屑組全員集合! 4(完)

 すがすがしいと形容することはとてもできなかったが、とにもかくにも長い夜はすっかり明けようとしていた。空はどんよりと曇り、そこら中からは木材が燃えるぱちぱちごうごうという音が引き続き聞こえていた。辺りは木の焦げるにおいで充満しており、数多くの盗賊達が土を掘ったり、木を切り倒すなど、必死の形相で森の消火活動に当たっていた。星屑組一行が屋敷の外にその姿を現しても、もはや気にとめるものはもう一人もいない。


 「ありゃりゃ……」


 マリリはなんだか悪い気がしていた。結果的に、マリリの目論見は十分すぎるほど功を奏したことになるが、彼女としてはここまで火勢を広めるつもりはなかった。建物の後方の木々はその多くが黒い炭のように姿を変えており、炎はさらに奥の森へ進撃を開始していた。盗賊たちの建物自体も、ほぼ半分が黒く焦げており、マリリ達が火にまかれなかったのは、半ば奇跡のようなものだった。


 「ここまでする必要は無かったな。森が焼かれてしまっては、盗賊達も暮らしにくくなるだろう」


 「うう……」


 「なに、これだけ雲が出ているんだ。空を見てみろ。もうじき雨が降って、この火事も鎮まるだろう。気にするな」


 「はい……」


 そのとき、シルトがあっとささやくような驚きの声を発した。シルトの視線の先を追うと、マリリも軽い驚きの声を発し、そして思わずほほえんだ。森の端で、消火用の砂を大きな革袋に必死にかき集め、走り回る盗賊に渡している年老いた魔女の姿があったのだ。笑いながらも、マリリはさらにすまない気持ちになった。


 「この馬車を借り受けるとしよう。その方が早く帰れる」


 盗賊達の馬車は、火の被害をおそれたのか、森からなるべく離された広場の中央に寄せ集められていた。ごちゃごちゃに寄せられた馬車の有様が、盗賊達のあわてぶりを物語っていた。


 「ひでえ話だよな。アタイらの再訓練のために、自分らの住処をぼろぼろにされてんだから」


 「盗賊に情けは禁物ですわよ。世のため王都の民のためには、これでよいのですわ」


 「アタシは楽しかったあるね~。こんな訓練なら、いつでも大歓迎ある」


 そう言って笑うウィスミンの両手には、大小の輝く指輪や腕輪が光っていた。あの混乱の中で、どうやって、そしていつの間に手に入れたのだろうか。彼女の頭部にある二つのお団子からは、きらびやかな首飾りが二重三重に垂れており、そのほか腕や脚、ウィスミンの体のあちこちには、宝石という宝石が輝いていた。


 「お、お前、どうしたんだよ、そのお宝は! アタイにも一つよこせ!」


 ヴァイドールが騒ぎ始めると、ウィスミンは体をくねらせて彼女の手から逃れた。


 「いやあるね~! 要するに、いつも心にオアシスを持ってるか持って無いかの問題ねー」


 普段静かなアーナも口を開いた。


 「すごいですね……。あたしなんか、戦うのに夢中でとてもそんなところにまで頭が回りませんでした」


 「あたしも夢中でした!」


 メディコが必死で口を挟むと、また一行は笑いに包まれた。メディコは再び不思議そうに全員の顔を見た。


 「よし、皆、軽口はその辺にしておけ。ごほん、……星屑組全員集合!」


 「はいっ!」


 セブリカの号令の元、全員が、メディコとシルトまでがセブリカと馬車の前に一列に集まった。セブリカは小さな女の子と幼い魔女を見て、にやりと口元をほころばせた。


 「星屑組は任務を完了、これより女神団本部へ帰還する! ヴァイドール、ルナコ、手綱をもて! 皆、速やかに馬車に乗りこめ! 準備はいいな、急げ!」


 「はいっ!」


 セブリカの命令で、一行はなるべく状態のいい馬車を選んで乗り込み、王都への帰路を進みはじめた。


 やがてセブリカの言ったとおり、あたりに雨が降り出した。森のあちこちから立ち上る煙が、段々小さなものになっていく。これで盗賊達もきっと胸をなで下ろしている事だろう。


 「本当だわ、セブリカ、雨が降ってきました」


 マリリはセブリカに話しかけたが、当のセブリカはすでに馬車の中に横たわって、安らかな寝息を立てて眠ってしまっていた。


 「よほどお疲れになったのでしょう。もしかすると五日間、一睡もしなかったのかも。今はゆっくり休ませてあげましょう」


 「よほどあのおっさんが嫌いだったんだろうな。きひひひ」


 御者席に座っているルナコとヴァイドールが後ろを振り返って声をかけた。二人とも、実に朗らかな表情をしている。なんだかんだ文句を言っても、セブリカが無事で、二人とも安心したのだろう。それはマリリも同じだった。


 「ところでぶっちゃけた話、そのマントは何あるか? ヴァイドール」


 馬車はしばらく森の中を進んだ。盗賊の隠された道を抜け、王国から各地に散らばっている主街道にたどり着いたとき、ウィスミンがヴァイドールにだしぬけに質問した。そのときになってマリリもヴァイドールのマントのことを思い出した。そうだ、それにはいったい何か意味があるんだろうか?


 「ああ、これか? ……気になるか?」


 ヴァイドールは後ろをちらりと見て、照れくさそうな笑いを見せた。


 「気になるね~! 気になるあるね~! もうアタシの負けでいいから、いい加減にそのマントを脱ぐね!」


 ウィスミンが負けを認めたことで、ヴァイドールは気分をよくしたようだった。ヴァイドールがマントに手をかけると、馬車の中にいる全員、セブリカ以外の全員がヴァイドールの背中に注目した。隣に座っているルナコも、あきれたような表情ながら、顔を手で支えて、視線はヴァイドールの背中からそらさない。


 「ああ、本当はこないだの剣術大会で優勝したときに見せようと思ってたんだけどな……。まあ、あと一年隠しっぱなしってのも何だからな……」


 もったいぶりながらも、ヴァイドールは胸元のマントをのひもを引っ張ってそれを解き、マントの端をつかむと、一気に取り払った。全員が固唾をのんで注目し、それが露わにされると、何とも言えないため息をついた。


 それは、背中の上半分から両肩全体を覆う、透き通るほどの美しさをはなっている、壮大な星空の入れ墨だった。夜空は漆黒というわけではなくやや青みがかった鮮やかな色の階調で彫り込まれ、そこにちりばめられた黄色や白や赤の星々や銀河が、ただの彫り物に過ぎないはずの夜空の絵を、深遠な大宇宙のように感じさせていた。その背中を見ているうちに、マリリは星空に吸い込まれそうな錯覚に陥った。


 「……最近やっと、一生星屑組でやってこうって気になってさ、こないだの休暇を使って彫ってもらったんだ。前々から考えてたんだけどな。……だー! 優勝してから披露してたら、最高だったんだけどな……。ま、しょうがねえか」


 マリリは感動のあまり、しばらく口が利けなかった。それは他の仲間、たとえばウィスミンにしてさえそうであったらしく、彼女もしばらくヴァイドールを見つめたまま、口を利かなかった。


 「へへ、いいだろ。星屑組だからな、星屑の絵だ。高かったんだぜ。有名な彫り師だったからな。ここ何回分かの報酬が、全部ぱあだ。ルナコかウィスミンなら、聞いたことあんじゃねえか? 彫り師のタンターバスってよ。にははは、そんなに見るなよ、アーナ。なんだかくすぐったいぜ」


 「……でもそれって、星組とどう違うんですか?」


 「……へ?」


 ヴァイドールの顔が、照れくさそうな笑いの形のまま、凍りついた。そしてこの数秒後、マリリ達はヴァイドールの表情が形容しきれないほどの色や形に変化する様を、すまなそうな表情で見つめることになるのだった。




 小さなしみのようだった王国の外観が、段々とそれと分かる形にまで大きくなった。セブリカに続いて、ウィスミンとアーナ、そしてシルトも疲れのために眠ってしまっていた。御者席では、鼻息の荒いヴァイドールを、ルナコが慰めている。そしてマリリは、馬車のすみでメディコと並んで座っていた。


 「どうしたの?」


 メディコの様子が変だった。王都が近づけば近づくほど、メディコの表情は暗く、堅いものに変化していた。マリリが声をかけたときには、メディコの目には涙がたまり、今にもこぼれ落ちそうになっていた。メディコがマリリの方を振り向いたとき、涙は実際にあふれて頬を流れた。


 「怖かったの?」


 「ううん、違うんです。盗賊退治は、とっても楽しかったです。でも……。もうすぐ街について……。街に着いたら……、マリリさん達と……、お別れしなきゃならないのかなと思って……」


 そこまで話したとき、メディコの目からは涙が滝のように流れ出した。マリリははっとして、自分の問題に夢中になるあまり、メディコの行く末のことを全く考えていなかった自分を恥じた。メディコの頭をなでてやりながら、マリリは小さな女の子にかけてやるべき言葉を捜した。


 「……メディコは何歳なんだっけ?」


 「分かりません。五歳の誕生日に都に売りに出されて、何年かお屋敷で働きましたけど、たぶん、まだ十歳にはなっていないと思います……」


 返事をしたメディコはさらに涙を流した。マリリが困って御者席に目をやると、ヴァイドールとルナコがマリリに向かって優し気に微笑みかけているのが見えた。ヴァイドールはもう機嫌を直しているようだ。

 マリリは仕方なく困ったような笑みを返した。あの二人の笑みは何を意味しているのだろう。


 突然、マリリはもう一度御者席を見た。ヴァイドールが静かに馬にむちをくれている。その顔には、よくは見えないがまだ笑顔が張り付いているようだった。マリリの顔に、優しい笑顔が広がった。


 「ねえ、メディコ。あなた、女神団に入りたいって言ってたわよね?」


 「はい……? でも、年齢制限とか、いろいろ……」


 「あたしのお母さんも、昔は女神団の団員だったの。あたしは女神団の兵舎の中で生まれたのよ。でもそのうちに、お母さんは盗賊に殺されて……。だから、そのあと、あたしもすぐに女神団に入ったの」


 「……?」


 メディコは、マリリが何を言っているのか分からないようだった。メディコの涙は流れ落ちるのをやめていたが、その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。マリリは、可愛らしくきょとんとした顔で自分を見つめているメディコにさらに話しかけた。


 「あたしが女神団に入団したのはね、あたしがまだ三歳の時だったのよ」


 メディコはしばらくマリリの顔を不思議そうに見つめていただけだったが、そのうちにマリリの言葉の意味を少しずつ理解して、ゆっくりと顔を輝かせ始めた。


 「で、でも、でも……」


 「なんたって、今自分が何歳だか、わからねえってんだからな!」


 いきなり、御者席からヴァイドールの声が飛んできた。


 「十八だろうが八十だろうが、言ったもん勝ちってやつだ! 女神団の養成所には、そいつが本当は何歳だか見抜けるほど鋭いやつなんて、一人もいなかったぜ!」


 その言葉を聞いて、マリリはくすくすと笑い出した。ルナコもほほえみを浮かべているし、メディコも初めはきょとんとしていたが、すぐにマリリと一緒に笑い出した。馬車の奥ではセブリカが横になったまま口の端をゆがめて笑っていたのだが、マリリは気づかなかった。


 森林火災を見事に鎮めた雨は、いつの間にかその役目を終えてすっかりあがっていた。森全体を覆っていた厚い雲もいつの間にか姿を消している。本来の位置を取り戻した太陽が、もうはっきりと分かるまでに近づいた王都の、雨に濡れた城壁を形作っている巨大な玉石を宝石のように輝かせていた。


 馬車の中では興奮したメディコの声がやむことなく聞こえていた。


 「マリリさんは、どうしてそんなに強いんですか?」


 その質問を耳にした馬車内の全員が、聴覚に全神経を集中させてマリリの返答を待った。


 「それはね、そのうちに教えてあげる」


おわり

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星屑組全員集合! ODANGO WORKS @odangodragon

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