第8話 星屑組全員集合! 3
最後にヴァイドールは、セブリカと向かい合って座っていた初老の男を息荒くにらみつけた。男は初め、きょとんとした顔を見せていたが、すぐにヴァイドールの目が何を意味しているかということに気づいて椅子から立ち上がった。
「ま、待て、待て、わしは関係な……!」
言い終わらないうちに、ヴァイドールの左拳が男の顔面にめり込み、そのまま男の体を吹っ飛ばしてしまっていた。男はそのまま壁に激突し、動かなくなった。
「わー! だー! 全くもう!」
気が晴れたのか、ヴァイドールは男が座っていた椅子にどっかと座り、腕を組んでむっつりと押し黙った。目を閉じて、何かをぶつぶつと言い始めている。ヴァイドールの態度とは裏腹に、マリリの心はなぜかうきうきと楽しくなってきていた。マリリと同じ気持ちなのか、心持ち頬をゆるめているルナコが、セブリカに聞いた。
「セブリカ、この方は……?」
「ああ、彼は黒ひげ団の頭目殿だ。私がここに来てからの五日間というもの、飽きもせずに私の相手をしてくれたぞ。そのおかげで、私にはなんら身の危険も及ばなかった」
「え? 相手って……?」
「勘違いするな、アーナ。私は彼に、〈将軍騒ぎ〉の指南をしていたのだ。彼もこの三日間で、めきめきと実力を養ったが、まだまだ私に太刀打ちは出来ない。お前達も、このような知的な遊戯に興味を示してくれるとうれしいのだがな」
マリリ達は、互いにこの五日間の出来事の情報を交換しあった。セブリカも、依頼主側の商人たちが盗賊たちに殺されてしまうことまでは計算に入れていなかったらしく、ルナコがそのことについて言及したとき、初めて表情を硬化させた。
「そうか、そのことについては私から改めてお詫びにいかなければならないな。その点に関しては、お前達にも悪いことをした。……さて、帰るか」
セブリカが、まるで買い物か食事から引き上げるかのような言い方で撤退を口にしたので、マリリ達は少々面食らった。
「ま、待ってくれ待ってくれ! まだあと二局は残っているだろう!」
ヴァイドールに殴られて、床に転がっていた男が突然息を吹き返して立ち上がった。全員の注目を浴びながらも、男の目はセブリカだけを見つめている。セブリカは冷たい目で振り返った。心なしか、眉根が寄っているように見える。
「そういわれても、こちらにも都合というものがあるのだ、お頭殿。この続きは、またの機会にということで、今回は許していただきたい」
「これのことか……?」
ヴァイドールが、ぼんやりとした声で目の前にある将軍騒ぎの盤を指さした。先ほどまでの元気が嘘のように、どこかへ消え失せてしまっている。
「これは……、こうこうこれで、詰みだろ。ほら、こっちの勝ちだ」
ヴァイドールはぼんやりしたまま、盗賊団の首領陣営の黒騎士の駒を斜めに二つ動かし、その先にいた魔法使いの駒を投げ捨てて将軍の駒の前に置いた。その途端、セブリカの顔には驚きと焦りの色が瞬く間に広がり、同時に首領の男の顔は驚きから喜びの表情へと変化した。
「おっ、おっ? 勝ちか? これはわしの勝ちか?」
「違う! これは正当な勝負ではない!」
首領が盤の上とセブリカを見比べながら詰め寄ると、セブリカは後ずさった。
「約束だ! さあ、わしの寝床にいこう! わしの勝ちだ!」
「うるさい! 調子に乗るな、こやつ!」
セブリカは電光石火の早業で剣を抜くと、柄の部分で男の後頭部を叩いた。男は前へつんのめり、そのまま倒れた。
「どうしたあるか?」
ウィスミンの問いにセブリカはしぶしぶ答えた。
「あくまでも冗談で、私と百試合、〈将軍騒ぎ〉で勝負して、一度でも勝つことが出来れば私の体を自由にしてもいいと約束したんだ。そのおかげで、この男は私を盗賊達に引き渡さなかった。全く、こんな時だけよけいな頭を働かせる……」
今度はセブリカがヴァイドールをにらみつけた。ヴァイドールはむすっとしていたが、やがて耐えきれなくなってぷっと吹きだした。それにつられたように、他の人間達も腹を抱えて笑い出した。マリリも、この一週間で初めて、心の底から笑うことが出来た。シルトだけが、いつもと変わらない無表情を貫いていた。
「組長が、ぷくくっ、あいつとな……!」
「笑いすぎだ。さあ、王都へ帰るぞ。みんなも疲れているだろう」
そういわれて、マリリは自分がどんなに疲労をため込んでいたか思い出した。背中や脚全体に、鈍い痛みのような疲労がまとわりついている。
「あの、ルナコ、これ、ありがとう」
部屋を出るとき、マリリはルナコに借りた刀を返そうとした。ルナコがほほえみながら刀を受け取る。
「どういたしまして。私の刀は役に立ちましたか?」
「う、うん……」
「ほう。マリリも活躍したようだな?」
セブリカが興味深そうにマリリの顔をのぞき込んだ。マリリは照れたように顔をうつむける。
「どうやらマリリも、自身の抱えていた問題を解決したようですわね、セブリカ。それだけでも、私たちがこの試練を乗り越えた価値はあったのではないでしょうか」
ルナコがそういうと、マリリはさらに下を向いた。
「マリリさんは強かったです。盗賊のほとんどを皆殺しにしたんですから」
メディコが誇らしげに物騒な言葉を口にしたとき、マリリは耐えきれなくなってばっと顔を上げた。マリリの髪がふわっと翻り、セブリカとルナコが驚いた顔をしたのが見えた。
「皆殺しには、してない」
「うん?」
「刀の、とがってない方を使って叩いたの。だから、骨は折れてるかも知れないけど、一人も死んでないと思う……」
「まあ」
話しているうちに、なぜか元気が出てきた。口に出してみると、自分のしたことが、そんなに間違ってはいないような気がしてきたのだ。自分には、人を殺すことはまだ出来ないかも知れない。だが、それでいいのだ。少なくとも、今はまだ。今までだって何とかやってきたし、これからだって何とかやっていける。やってみせる。そんな自分の気持ちを知ってか知らずか、ルナコが自分の刀を見て、不思議なほほえみを浮かべていた。
「この子ったら……」
「とりあえず、まだ答えは出さないことにしたの、自分に。そのうちに答えを出さなきゃいけないことは分かってるけど、今はまだ、早いような気がして。そんな気持ちじゃ思い切り戦えないと思ったから、刀の裏を使ったの。ルナコの国だと、まねうちっていうんでしょ、こういうの」
「ふふ、峰打ちですわ。マリリ」
「なんだあ? そんなまだるっこしい事考えてたのか、マリリは。盗賊なんざ、動かなくなるまで思い切りぶったたいてりゃいいんだ。死ぬか生き延びるかは、そいつの運次第、ただの結果さ。なあ、そうだろ、セブリカ?」
「ふむ……」
一行は、いつの間にかマリリを中心にして屋敷の中を歩いていた。マリリは自分が星屑組の中心になっている、というこれまでになかった経験のために少々気恥ずかしくなって頬を紅潮させたが、自分がそれを決していやだと感じていないことに気づいた。
「私としては、今回はマリリを評価するな。盗賊を生かしておくのは、決して人道的な理由からではなく、我々にとっても非常に都合がいい」
「な、なに?」
「なぜですか?」
セブリカは髪を掻き上げ、屋敷のあちこちに転がって、うめきごえをあげている盗賊達に目をやった。
「考えても見ろ、ヴァイドール、アーナ。盗賊達がいなくなったら、いったい誰が商人たちの乗る荷馬車を襲ってくれるんだ? 誰が金を貯め込んでいる富豪達に脅威を与えてくれるんだ? 盗賊が一人もいなくなったら、商人は傭兵を雇ったりはしないだろう?」
「そんな……」
マリリは絶句した。ルナコに聞かされた祖国の人生観の話も非常に衝撃的だったが、このセブリカの考え方も、ずいぶんと不可解かつ過激な考え方のように感じられた。だが、驚いたことに、ヴァイドールとメディコは「ああ~」と納得したような声を上げた。
「そうやって我々は互いに助け合っているのだ。盗賊と商人と傭兵、このいずれが欠けてもこの国は滅ぶだろう。世の中はうまくしたものなのだよ」
「待て!」
一行を、背後から呼び止める声があった。振り返ると、通路に寄りかかって頭に手を当てている盗賊団の首領の姿があった。首領の男の口からは血がだらだらと垂れており、ヴァイドールのおかげで前歯が何本か折れているらしく、ろれつが回っていなかった。
「いい気になるなよ、星屑の娘達! 今回が我々の力のすべてだと思うな! 今はたまたま上級生達が地方に出稼ぎに行っておる時期なのだ! 三年生たちが戻ってきたら、お前ら、どうなるか分かっておるのだろうな!覚悟せよ!」
「ああ、望むところだ! せいぜい鍛錬と略奪に精を出すがいい!」
セブリカが後ろも見ずに怒鳴ると、首領は悔しそうに壁に寄りかかったままずるずると体を落とし、通路の隅に座り込んだ。ヴァイドールがへっと馬鹿にしたような笑いを浴びせてかけても、黒ひげ団の首領はセブリカをにらみ続けるだけで、何も言い返そうとはしなかった。また、出来ないのかも知れなかった。
「かくして経済はさらなる発展をとげるのだ。我々もさらに忙しくなるぞ」
そう言ったセブリカの誇らしげな笑顔は、マリリにはとても輝いて見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます