第8話 星屑組全員集合! 2
「気絶しただけよ、多分」
早足で仲間たちの所まで歩いていくと、少し息が切れた。膝小僧に両手を当ててはあはあと呼吸するマリリを、ルナコが神妙な表情で見ていたが、マリリは気づかなかった。
「ありがとう、メディコ。さっき、加勢してくれたでしょ」
「あ、えへへ……。お軽いご用ですよ」
「私が勧めたんです。マリリさんを援護したらどうかと。弾に呪文を込めて、効果を増加させたのも私です。うまく盗賊の顔に命中したのも私の魔術のおかげでしょう」
マリリにほめられていい気になったメディコの横から、シルトが口を挟んだ。メディコがシルトをにらみつけ、例のごとくシルトがメディコを無視した。
「おう、何だこいつは。マリリ、ルナコ、みんな無事か?」
ヴァイドール達三人が広間に戻ってきた。ヴァイドールとアーナは全身にものすごい量の返り血を浴びている。ウィスミンだけが、純白の衣装に一滴の返り血も浴びていなかった。いつものことであるが。
「こちらは大丈夫です。マリリもおちびさんも、すごい活躍でしたわ。ほめてあげてください。あなた方は無事でしたの?」
「おう、大丈夫みたいだな。あいつら、いきなりゴキブリの孫を散らすように逃げてったぜ。ひょっとすると、こいつが親玉だったのかもな」
ヴァイドールが、マリリに股のあたりを切り裂かれて気絶した巨大な盗賊の頭をかるく蹴った。盗賊は身動きもしない。
「何にしても、もう軽はずみな行動は慎んでくださらないと。セブリカの件で、我々はもう身にしみて懲りているはずですのに」
「分かってるさ。もう勝手な真似はしねえ。あいつらを追いかけてたときも、アタイらは我を失ってたわけじゃねえぜ。何かおかしな事があったら、すぐに戻るつもりだったんだ。さてと……」
ヴァイドールが腰に手を当て、辺りを見回した。ヴァイドールのリーダーぶりも、なかなか様になってきたなとマリリは感じた。もっとも、それが現実になっては困るのだが。
「もう盗賊も出てこねえな。あとはセブリカを見つけて帰るだけだ。捜すとしようぜ」
「そのことなんですが……」
シルトが手を挙げたので、全員がシルトを振り返った。
「さっきの魔女から聞いていたんです。みなさんがお探しになっている組長さんの居場所は」
「なにぃ?」
全員が自分の耳を疑った。ウィスミンやルナコまでもが、目を大きく開いてシルトを穴の空くほど見つめた。だが、シルトは平静な表情で、自分の髪や肩に付いた泥汚れを払ったりしている。
「お前、それを知ってて今まで言わなかったのかよ」
ヴァイドールがシルトの肩をつかんでゆさぶった。怒っているのか混乱しているのかよく分からない。
「みなさん、忙しそうでしたから。それに、みなさん、一度も私に質問されませんでしたし」
その言葉の中には、シルトの力を侮っていたヴァイドール達への皮肉も多少混じっていたようだった。ヴァイドールは決まり悪そうに咳払いを一つすると、シルトの肩をつかんでいた手でシルトの首周りのほこりを払い、服装を正してやった。
「まあ、そういうことなら、仕方がないな。よし、じゃあシルト、セブリカはどこにいる?」
「こちらです」
シルトはマリリに向かってそういうと、通路の先に立って歩き出した。
「組長さんは、こちらの盗賊団の首領の居室に、首領の方と一緒におられます」
盗賊団<黒ひげ王国>の首領の部屋に通じる扉には、変わった形の魚の骨をかたどった彫刻の石がはめ込まれていた。魚の顔の周りには、ぎざぎざのひげのようなものが彫り込まれており、そのひげの部分だけ、黒く着色されていた。
部屋の周りは異様にしんとしていて、仮にも団体の責任者の部屋だというのに、見張りの姿も護衛の姿も、盗賊的な姿は全く見受けられなかった。星屑組の面々は訝しげにあたりに目を配ったが、別段何の罠も仕掛けられてはいないようだった。
マリリはその時、女神団の団長ヨニア・ロシィラの豪奢な居室に設置されている大扉を思い出しながら、扉についた石版を不思議な思いで眺めていたが、仲間達をかき分けて進んだヴァイドールは、巨大な扉を装飾しているものに気を取られることなく、いきなり扉を開いた。
「セブリカ!」
「うわっ! 何だ、お前達は?」
「?」
小さめの部屋の中には、二人の人間がいた。一人は星屑組のリーダーであるセブリカ・ハックナ、もう一人は、はげ上がった頭とでっぷりとした腹を持った、初老のひげ面の男だった。この男が、盗賊団の頭目なのだろうか。
「セブリカ……?」
「おう、遅かったな。みんな。道に迷ったか?」
セブリカには、見たところ、殴られたあとも、拷問を受けた様子も、返り血を浴びた様子も見られなかった。また、太いひもで縛られてさえいない。そのあまりにもいつもと変わらないたたずまいに、星屑組の仲間たちは我が目を疑い、あんぐりと馬鹿みたいに口を開けてセブリカを見つめることしかできなかった。
「どうした、みんな? 幽霊でも見たような目つきだぞ」
セブリカは、初老の男と向かい合う形で、小さな椅子に優雅に腰掛けていた。二人の間には小型の机があり、机の上には王都ではやっている盤上陣取り遊戯、<将軍騒ぎ>が、やりかけのまま置かれていた。まるでセブリカと男が、今まで二人で仲良く遊んでいたようにも見える。
「道って……」
「ま、まあ、無事でよかったよな」
ヴァイドールが何とか平静を装いながら、壁に棒を立てかけ、二人に近づいた。
「それは私の台詞だな。みんな、よくここまでたどり着いた。適度な緊張感で、たるみきったお前達の精神面も、これでほどよく引き締まったのではないかな」
その言葉を聞くと、ヴァイドールの顔はぴくぴくとひきつった。ルナコは目をつぶって首を振り、ウィスミンはぶすっとした顔で鼻から息を吹いた。アーナとマリリは再び口をあんぐりと開け、シルトは無表情を保ち、メディコはきょろきょろと全員の顔を見回した。しばらくだれも口を開かなかったが、頭を押さえたルナコが、優雅なほほえみをたたえているセブリカに向かって、静かな口調で聞いた。注意深く聞けば、ルナコの声がわずかに震えていることに気づいただろう。
「セブリカ……、やはり、これは貴女一人で仕組んだことでしたのね……?」
マリリとアーナが、口を開いたまま今度はルナコを同時に見た。すべてのからくりが、今解けようとしているのだ。
「今頃気づいたのか? 最近のお前達の素行は目に余るものがあったからな。このままにしておけばそのうち大けがをすることになり得ないと考えて、多少荒療治だったが、あえて苦境に立たせて、鍛え直す必要があると思ったのだ」
セブリカには悪びれた様子もなかった。あくまで、自分としては当然のことをしたのだという姿勢を貫いている。だが、マリリは釈然としない気持ちを味わっていた。おそらくそれは、セブリカの身を本気で心配した仲間たちも同様だったろう。
「そんなことしなくたって……」
セブリカが自分の方を見た途端に、マリリは言いかけた言葉を自分の中に押し込んでしまった。セブリカは、マリリの方を見てほほえんでいたのだ。
「納得できねえぞ!」
逆に、声を荒げたのはヴァイドールだった。黒ひげの男が、驚いてヴァイドールを見上げた。ヴァイドールの顔は文字通り真っ赤に染まっており、染まっているどころか熱した鋼のようにまばゆく光っていて、触るとやけどしそうだった。盗賊相手でも、こんな顔をみせたことはないとマリリは思った。
「それにしたって、いくらでもほかにやり方がありそうなもんじゃねえか! アタイはそうでもねえが、他の奴らは本気で心配してたんだぜ! こっちの都合も考えろってんだ!」
ヴァイドールがそういってセブリカに鉄拳を見舞おうとすると、セブリカはすっと体を引いてそれをかわした。さらにヴァイドールが右、左と拳を繰り出してもしゃがんだり、横に体をずらしたりしてヴァイドールの拳をかわし続けた。
「だー! よけるな!」
「こうでもしなければ、お前達は懲りないと思ったんだ。お前達は自分の力に恃むあまり、少しのことでは動じなくなっていたし、女神団の業務に対してなめた態度で臨むことが多くなっていた。いい例が先日の<鋼の問い>だ。私の言っていることは間違っているか?」
セブリカはあくまでも冷静だった。ヴァイドールは言い返せず、かといって振り上げた拳を納めるわけにもいかず、とりあえずルナコとウィスミンの方に向かっていった。危険を察知したルナコとウィスミンは部屋を迂回してセブリカの方へ移動した。次にヴァイドールは拳を握ったままマリリ達の方を見たので、マリリとアーナは小さく悲鳴を上げて、ばたばたとヴァイドールの視線から逃れようとした。マリリは両手でシルトとメディコをつかんで引っ張った。
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