第8話 星屑組全員集合! 1

 盗賊は、次から次へと、蟻か蜂の大群のように姿を現した。倒しても倒してもきりがない。


 マリリはちらと仲間たちに目をやった。ヴァイドールは長棒を傍若無人に振り回し、盗賊達をそれこそ虫のように叩きつぶしている。ウィスミンはいつものように華麗な動きで盗賊達を切り倒していた。ウィスミンの剣技にかかっては、彼女の刃に倒れていく盗賊達は、さながら彼女のダンスのゆきずりのパートナーにしか見えなかった。二人とも全く疲れを見せていない。


 マリリは次にアーナに目をやった。アーナも他の仲間ほどではないが、盗賊に引けを取らないだけの技量は十分に持っている。右へ左へと敏捷にステップを繰り返しながら、落ち着いて盗賊を一人一人倒している。だが、ちらりと見た限りでは、やはり若干の疲労を感じさせずにはいられなかった。


 そしてマリリはといえば、ときたまヴァイドール達の攻撃を逃れてなし崩し的にマリリ達の方へやってきてしまう盗賊の相手をするくらいで、ヴァイドール達に比べれば働いているとも言えない状況が続いていた。しかし、ルナコ達を守られているようにヴァイドールに指示されているマリリは、持ち場を離れるわけにもいかず、その場で消極的に戦いながら、仲間たちの心配をするしかなかった。


 「マリリさん、大丈夫ですか?」


 メディコが背中から声をかけたので、マリリは笑いかけて見せた。この状況に麻痺してしまっているのか、メディコは目の前で激しい戦いが繰り広げられているのにもかかわらずおびえた様子を見せない。


 メディコの後ろでは、シルトが何やら両手で印を切りながらぶつぶつと呪文を唱えていた。それがなんだかは分からないが、おそらく魔法で星屑組を援護しているのだろう。


 その横では、メディコに支えられたルナコが鋭いまなざしで戦況を見守っていた。


 「いけませんわね、マリリ。盗賊もさるもので、闇雲につっこんでくる戦い方から、我々の攻撃を受け流す戦法に変えてきています。おまけに、ごらんになって、マリリ。じわじわと、仲間たちを分断しようとしていますわ」


 「ええ?」


 マリリはあわてて仲間たちに目を走らせた。確かに、マリリ達と他の三人の位置は、広間のあちこちへと、その戦線をいつの間にか移動させている。マリリから見て正面の方向にヴァイドール、右にアーナ、左にウィスミンと行った具合にだ。


 盗賊達はヴァイドールをあざけりながらじりじりと後退し、アーナの剣がぎりぎりで届かない間合いまで巧みにたびたび退き、ウィスミンの剣戟を必死で受け止めながら通路の一つへと誘い込もうとしていた。マリリ達だけがその場を動かずにいたが、今では不気味なほどマリリ達に襲いかかる盗賊達はいなかった。


 「ヴァイドール! ウィスミン! アーナ! ばらばらにならないで!」


 マリリは慌てて叫んだ。しかし盗賊達は、それぞれに三人を通路の入り口まで誘い込むと、算を乱して通路の奥へ逃げさっていった。しかも通路の向こうから三人をののしる言葉を存分に浴びせかけたので、ヴァイドールどころか、ウィスミンやアーナでさえ、盗賊を追いかけて通路の奥へ走り去ってしまった。


 「アーナ! だめ!」


 マリリの制止も、何の効果もなかった。マリリはアーナの跡を追って一歩を踏み出しかけたが、ルナコ達の存在を思い出して踏みとどまった。


 「どうしよう……。アーナ達、すぐに戻ってくるよね……?」


 「そうとは思いますけれど……。今の盗賊達の統制された動き、何か臭います。ヴァイドール達も、早く罠に気づいて戻って来てくれればいいのですけれど。三人とも、己の力をあまり過信しないでほしいですわ」


 ルナコは、盗賊の行動をはっきり罠だと言いきった。マリリはいやな予感を押さえきれなかったが、為すすべもなく三人が出ていった通路の先を見つめる事しかできなかった。


 遠くで、盗賊達の騒ぐ声が聞こえる。もうここには盗賊達は来ないのではないか?マリリがルナコの意見を仰ごうと後ろを振り返ったとき、広間の中に存在する扉の中でも一番大きなものが、があん、という盛大な音とともに左右に開いた。


 「女神っ娘はどこだ!」


 メディコが悲鳴を上げた。広間の中に、想像を絶する体躯を持った男が侵入してきたのだ。背丈だけならマリリの二倍以上はあるかも知れない。上半身に何もつけていないその男は、釘や棘のついたこれまた巨大な棍棒を片手で楽々と振り回し、広間の中を左右大きさの違う目玉でぐるりと見回した。そしてすぐにマリリ達の姿を見つけたようだった。


 「おう、いたないたな、かわいい女神っ娘が」


 そのとき、マリリはその巨大な盗賊が、自分がこの屋敷に侵入したときに危うく見つかりそうになった大柄な盗賊であることに気づいた。あのときは、こんな男と戦う羽目になったら絶対に勝ち目はないだろうなと考えたのだが、まさか本当に戦わねばならない羽目に陥るとは。


 後ろでは、男の巨大さに驚いたシルトが呪文を唱えるのをやめてしまっていた。ひょうひょうとした態度を貫いていた彼女も、初めて現実的な身の危険を感じているようだった。そのくらい、単純に「大きな男」というものは少女たちの恐怖をあおる存在なのだった。


 マリリは瞬時に決意した。戦闘力のない仲間達を背中にして戦うのは分が悪い。


 「マリリ!」


 後ろでルナコが自分の名を呼ぶのが聞こえたが、マリリはかまわずに大男めがけて突進した。男は面食らったようだが、すぐに気を取り直して棍棒を構えなおした。マリリは走りながら棍棒の大きさを測り、男が次に描くであろう棍棒の軌道を頭の中で描いた。


 「おぅら!」


 走り込んでくるマリリめがけて男が棍棒を振り下ろした。殺すつもりのない、マリリを甘く見ている攻撃だった。だが、マリリはそれを知っていたので横に転がって棍棒を避け、男の左手に自分の場所を確保した。男はマリリが自分の一撃をよけたことに少なからず衝撃を感じたようだったが、大男に似つかわしくない敏捷さを発揮してすぐにマリリに向きなおった。


 男は続けざまに何度かマリリに向かって棍棒を振り下ろしたが、彼女はいずれの攻撃も間一髪で交わし続けた。ようやく男は何かがおかしいことに気づきはじめ、段々といらいらしてきたようだったが、マリリもなかなか男の懐に入れないで難渋していた。


 広間のなかに、盗賊の新手が何人か姿を現した。ヴァイドール達はどうしたのだろう。マリリは焦りだした。マリリが一瞬仲間たちを振り返ったのを、巨大な盗賊は見逃さなかった。男はにやりといやな笑いを見せると、マリリに背中を見せてルナコの方へ歩き出した。マリリを全く警戒していないのは、マリリが避けるだけが能の、未熟な剣士だと思われたせいだろう。


 メディコの顔が恐怖にゆがんだ。男が棍棒を振り上げる。ルナコがとっさにメディコをつかんで前に出た。マリリは床を這うように飛んで男のアキレス腱のあたりをざっくりと横に切り裂くと、素早く飛んできた棍棒を床に転がってかわした。


 「がぅあぁ!」


 獣じみた悲鳴が男の口から上がった。思わぬ被害を被った男はそれでもひるむことなく、再びマリリを標的に捕らえた。先ほどまでの様子とはうって変わり、目に真剣さが現れている。マリリを正式な敵として認知したらしい。


 棍棒が、振り下ろされたかと思うと跳ね上がり、右から左から、巧みなフェイントとともにマリリに襲いかかった。だが、マリリはそれらの攻撃がどのようになされるのかすべて分かっていたので、そのことごとくを紙一重でかわした。


 思い通りにならない事で、大男の怒りは加熱しつつあった。マリリが仲間の方をちらりと見ると、ルナコの指示で三人は広間の端に移動しようとしていた。


 今はマリリと男の戦いに目を奪われているが、そのうちに盗賊達も非戦闘員の存在に気づくだろう。ヴァイドール達が早いうちに戻ってくれない限り、勝敗を早めにつける必要があった。


 だが、男の攻撃をいくらかわしても、倒すことは出来ない。そうこうしているうちに、異変に気づいた盗賊達が後ろから男を加勢しにかかった。


 前方から振り下ろされる巨大な棍棒と、背後から忍び寄る無数の蛮刀の剣戟を、マリリはあわやというところでかいくぐり続けた。シルトとメディコが小さな悲鳴を何度も上げるのが聞こえる。マリリ自身も、自分を信用しないわけではなかったが、我知らず冷や汗をかいてしまっていた。


 事態は切迫していた。一つ一つの攻撃を逃れるのはマリリにとってはたやすいことだが、こうも敵側の手数が多いと、そのうちに位置的、角度的、タイミング的に、どうしてもかわせない一撃が生まれてしまうかも知れない。手詰まりになってしまうかも知れないのだ。自分の中の混乱を押さえるだけでマリリは必死になっていた。


 「すばしっこいやつめ! 逃げるだけか? ほら、かかってこい!」


 アキレス腱を確かに切ったはずなのに、男の動きにそれを感じさせるものは何もなかった。それどころか、逆にマリリを挑発しにかかってくるほどだ。もちろん、マリリにはその挑発に乗るほどの余裕はなかった。何かきっかけが欲しかった。せめて大男が一拍でも、棍棒を振るタイミングを遅らせてくれたら。さすがのマリリも、すでに息が切れようとしていた。ひょっとしたら、もうそろそろだめかも知れない。よけきれなくなるかも知れない。マリリの額から、大粒の汗が噴き出し始めた。


 「てっ!」


 男が一瞬、顔をしかめた。男が素早く、後ろを振り返る。男の頬に、一筋の血の筋がついていた。


 男の視線の先には、どこから手に入れたのか、Y字型の木の棒に皮のつるのようなものを取り付けた、奇妙な飛び道具を手にしたメディコが立っていた。その横ではシルトが、メディコの肩に手をおいて歌うような呪文を唱えている。メディコは腰のあたりをまさぐり、小さな石を取り出すと、早くも飛び道具に次弾を装填しはじめた。


 「こいつ……!」


 だが、大男はメディコから目をそむけ、はっとしたようにマリリに向き直った。だがそこにマリリの姿はすでになく、次の瞬間大男は股のあたりに激しい痛みを覚えた。


 「があっ!」


 男が気を許したわずかな時間に、マリリは前転の要領で男の股の下をかいくぐり、かいくぐりざまに当たるを幸い男の股ぐらに剣を突き入れたのだ。


 マリリも驚くほどの大量の血が男の下半身から飛び出してズボンを濡らし、マリリは顔をしかめた。後ろを振り向けば、おそらくルナコ達もいやな顔をしているのではないか。


 「てめえっ、この、よくも……!」


 男は半狂乱になり、マリリのいるあたりをめくら滅法に攻撃した。マリリは抜け目無く広間の中にある四本の太い柱を利用し、大男を誘導しながら広間の中にいる盗賊達の間を巧みにすり抜けた。案の定、大男は盗賊達の頭を次々に叩きつぶし回ることになった。


 「ふう、……う!」


 広間内にいた盗賊のほとんどが被害をおそれてどこかへ行ってしまったとき、男は情けない声を上げながらどうと倒れた。極度の出血と痛みのせいで、貧血を起こして気絶してしまったらしい。


 「死んだんですか? 仕留めたんですか?」


 メディコが小さな女の子らしからぬ言葉を口にしたので、マリリは眉根を寄せた。

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