第7話 星屑組の大逆転 5

 途端に、盗賊と星屑組双方を再び衝撃がおそった。盗賊に捕らわれていたはずの若き魔女、シルトが一瞬煙に包まれたかと思うと、いつの間にか先ほどまでマリリに襲いかかろうとしていた骸骨めいた魔女に変わり果てていたのだ。マリリを始め星屑組の面々はあっと息を飲み、盗賊達はぎょっとして骸骨面になったシルトから思わず離れた。瞬く間に魔女の周りにちょっとした空間が出来た。


 「こういうわけです。私はなんとか盗賊団の魔女になりすまして、マリリさんが私を救ってくれる機会を待っていたのです。危機一髪でしたが、マリリさんが見事私を救ってくれたましので、私はこちら側に戻ることができました。ありがとうございます」


 「救ったって……、勝手にこっちに来ただけじゃないの」


 マリリはまだ混乱した。それとともに、今自分の目の前にいるこのシルトは、本当に闇組のシルトなのだろうかという疑念もわき上がってきた。自分は今、盗賊団の魔女にだまされているのではないか?


 「それじゃあ、あの捕まってたやつは誰なんだ?」


 ヴァイドールが聞いた。マリリと違って、冷静に状況をいち早く理解しようとつとめているようだ。シルトはヴァイドールの言葉を聞くと、にやりと自信満々の笑みを浮かべ、対局の魔女を見た。


 「あれが、この黒ひげ王国お抱えの、正真正銘の魔女です。不意打ちとめくらましは得意なようですが、魔道の基本はお話にもならない位でした。独学では、やはり魔術は学べないものなのですね。私の魔術に対する防御も、ほとんどありませんでしたよ」


 口がきけないのか、うーうーとうなっている魔女を見て、シルトはさらに続けた。


 「向こうにも、何か言いたいことがあるのではないですか? さっき私が言ったせりふも、あの魔女が私に向かって言った言葉なんですよ」


 シルトが再び指を鳴らすと、骸骨魔女は手前へつんのめりながら激しくせき込み、シルトとマリリの方をきっとにらんだ。


 「不覚……不覚! このアルパミスラ様ともあろうものが、かような年端もゆかぬ魔術使いにいいようにしてやられるとは! おのれ……おのれ! この屈辱、この恥辱、いかにして偉大な先祖たちに申し開きをしたものか、死んでも死に切れぬ! この上はこの大きすぎる借り、いかにして返してやるものかとくと見るがいい!」


 台詞の内容は大したものだったが、口が利けるようになった魔女は、出来るだけ小さな声でこれらの言葉をつぶやいていたのだった。マリリ達は顔をしかめて魔女の言葉を聞き取ろうとしたが、聞こえるのはぶつぶつとつぶやくしゃがれた声だけだった。


 「つまり、どういうことですか……?」


 「つまり、こういうことだ。セブリカ以外の仲間はこれで全員そろった。あいつら全員、煮ても焼いてもすりつぶして団子にしちまっても、何の支障もないわけだ」


 その言葉を聞いて、盗賊達は再び状況が一変したことを悟ったようだった。星屑組を囲んでいた盗賊の包囲網が、じりじりと外側に向かって広がっていく。


 「で、でも、ほんとにシルトなの?」


 また立場が逆転してはたまらないと、マリリはひそひそ声でシルトに聞き、その目をのぞき込んだ。シルトはマリリの目を臆することなく見返し、かわいらしい笑みを浮かべた。よく見ると、髪の毛のあちこちに、泥が乾いたものがこびりついている。


 「マリリさん、私が分からないのですか?」


 「うん、分かったよ。本物みたいだね。シルト、大丈夫なの? 乱暴はされなかった?」


 マリリが心配そうな声をかけると、シルトの顔はぱっと輝いた。


 「ええ、大丈夫です! 私はここに連れてこられてからずっと、あの魔女と一緒にいたのですから」


 シルトが指を指そうとすると、魔女はすでにどこかに姿を消していた。身の危険を感じてどこかへ逃げてしまったらしい。


 「なるほどね~。じゃあ、やっと、アタシらの本領発揮の時間あるかな~」


 ウィスミンが手にした湾刀を曲芸のようにぶんぶん振り回すと、ヴァイドールもにやっと笑って、長い木の棒を盗賊達に向かって両手で構えて見せた。あわててマリリとアーナも剣を構える。


 「おいマリリ、お前はルナコ係とシルト係とメディコ係だ! なるべくここを動かずに、こいつらを守ってろ。一人でよく頑張ったからな、ちょっと休ませてやる。いいかルナコ、シルト、メディコ。マリリがお前らを守ってくれるからな。マリリから離れるなよ。いいな?」


 「うん!」


 「はい!」


 マリリの返事に続いてシルトとメディコが元気よく返事をし、ルナコはさもおかしそうな笑顔を見せたが、まだふらふらしていた。一応、メディコがルナコを支えるつもりで両手をルナコの腰に手を回して寄り添っていたが、それがルナコの役に立っているようにはあまり見えなかった。


 「こいつらもさんざんに叩きのめされれば、セブリカを出さねえわけにはいかねえだろう。そうなりゃこっちのもんだ」


 ヴァイドールは大きく息を吸い込むと、仲間たちも驚くほどの声量で盗賊たちに声を浴びせ始めた。


 「……おいお前ら! 黒ひげ小屋発地獄行きの、死に神列車の発車の時間がやってきたぞ! 一級車両は一発、二級車両は二発、特別車両は特別に痛くねえように送ってやる! さあ、覚悟を決めたやつから、有り金抱えて、どっからでもかかってこい!」


 ヴァイドールが言い終え、棒をぶんぶん片手で振り回し始めると、さすがに盗賊達の顔つきが変わった。盗賊達も、覚悟を決めた様子だ。マリリも気持ちを引き締め、ルナコに借りうけた名刀<清剣水の如し>を構えなおした。


 さっきまでとはうって変わって緊迫した雰囲気の中、盗賊の一人、もじゃもじゃにあごひげを蓄えた大柄な男が、近くの痩せた盗賊をひっつかんでその頭を自分の口元に引き寄せた。


 「いいか、こうなったら仕方ねえ。カシラに知らせるんだ。それと、あの魔女をもう一度捕まえてここに連れてこい。……それと、外にいる奴らも全員連れて来るんだ!」


 「で……でも、火事を先に消さねえと」


 「やかましい! てめえ、あとで火に巻かれて死ぬのと、ここで俺に殺されるのと、どっちがいい? 火事なんかあとでいくらでも消せる! 森の一つや二つなんか無くなってもかまわねえ! だがな、ここにいるこいつらをなんとかしねえと、俺たちは今ここで全滅だ! わかってんのか? ……わかったんなら、さっさと行きやがれ! 急げ!」


 小柄な盗賊は返事もせずにだっと駆け出して部屋を出ていった。

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