第7話 星屑組の大逆転 4

 赤い顔をしている盗賊は、不思議そうに銃の先端についている筒の穴をのぞき込むと、困惑顔でいろいろと銃をいじくり廻し始めた。ヴァイドールとルナコが顔をしかめて目を覆うように手をやる。

 緊張に耐え切れなくなったのか、ウィスミンがやけに甲高い声で短くぷっと吹き出したとき、盗賊の持っていた銃は突然火を噴いて、唐突に持ち主の命を奪った。


 「ぷっ、くっ……」


 ヴァイドールが、その場に倒れ込まんばかりの体で必死に笑いをこらえていた。すっかり面目を失った盗賊達にくれてやる同情などみじんもないと言った風情だ。


 「もういいでしょ? シルトを放してやって」


 我ながら奇妙な物言いだと感じつつも、マリリは必死に盗賊達の飽きやすい心に訴えかけた。要するに、盗賊達がこの膠着状態をいやになってくれればいいのだ。


 だが、盗賊達はひるみながらも、この状況を変化させる気はないようだった。星屑組に武器を捨てろと強く要求することもなかったが、シルトを解放する素振りも見せようとはしない。


 「何かを待ってるね、盗賊さん達は」


 「ああ、そうみたいだな」


 「何を?」


 まもなく、盗賊達が待っていたものが現れた。盗賊達の心からの安心ぶりを見ると、銃の登場ですら彼らにとっては時間稼ぎに過ぎなかったのだろうということがよく分かる。マリリのいやな予感は最高潮に達した。盗賊の間をかき分けて現れたのは、背の低い、骸骨の刺繍が所々に施された黒いローブを着た、不気味な魔法使いだったのだ。


 「くそっ、真打ち登場ってわけか……」


 ヴァイドールが悔しそうな声を上げる。それと対照的に、魔法使いが手を挙げると、盗賊達は盛んにはやし立てた。今までの困惑が嘘だったかのような大騒ぎだ。


 「困りましたわね……」


 「なんか一言でもつぶやいて見ろ、てめえの体をかかしにして、王国の国民総生産を急上昇させるきっかけにしてやるぞ」


 星屑組の中に、すみやかに緊張が走った。ヴァイドールも、ウィスミンも、アーナも自分の武器をすぐに使えるように密かに構えた。マリリはどうしてよいか分からず、とりあえず剣を握りなおしたが、その場の成り行きに任せるつもりでいた。


 「さんざん暴れ回ってくれたようだな、女神達よ」


 魔法使いは、ぞっとするようなしゃがれ声でマリリ達に話しかけた。マリリの横でヴァイドールがかすかに体の筋肉を緊張させるのが感じられたが、魔法使いがしゃべっているだけだと分かると、腕の力を抜いた。


 「先ほどから聞いておれば、勝手なことをうじゃうじゃと……。こちらにもこちらの都合というものがあるのだぞ、蛮族どもめ。さて……」


 魔法使いは、盗賊にしっかりと捕まえられているシルトの頬をしわくちゃの人差し指でひとなですると、ゆっくりと広間を横切って、マリリ達のいる場所へと近づいてきた。


 「女神団に光組と闇組ありと、世の人々は畏れ敬い崇め奉っているようだが、どうしてどうして、なかなかの胃の中のトカゲとでも評価を変えねばならぬようだぞ。あれしきの魔術の技量で、この我に杖向けんとするとは、身の程知らずも甚だしい」


 シルトが、悔しそうに顔をしかめた。先ほどから一言も口を利かないのは、この魔法使いに魔法でしゃべれなくされているためだろうか。マリリは下唇をぎゅっとかんだ。


 魔法使いが段々と近づいてくるにもかかわらず星屑組が出だしをためらったのは、不気味な踊りのように魔法使いがひらひらさせている手の全体を、青白い雷光のようなものがぱちぱちと音を立ててひらめいているせいだった。この魔法使いは、星屑組を一瞬で黒こげに出来るほどの力を持つ実力者かも知れない。星屑組の仲間たちは、魔法使いの実力を図りかね、迂闊な行動に出られないでいるのだった。


 盗賊達の間には、すっかり安心しきったにやにや笑いが広がっていた。彼らは今や輪のように広がって星屑組を取り囲もうとしており、どの顔にもぞっとするようないやらしい表情がまとわりついていた。


 「外の小屋に火を放ったのは誰だ? 誰だ? 下っ端どもが右へ左へ大騒ぎしておるわ。お主か? それともお主か? 我が雷刃に真っ先に貫かれねばならぬ運命を自らに課した愚か者は、誰なのだ?」


 近づくに連れ、魔法使いの体を薄赤い光がぼうっと包んでいるのが見て取れた。何ということだ。ヴァイドールが軽く舌打ちする音が聞こえた。魔法使いは、用心に用心を重ねて、自らの体を魔法の壁で守っているのだ。ちょっとやそっとの打撃では、魔法使いを傷つけるどころか、跳ね返されてしまうのが落ちだ。


 「そうか、お主か!」


 魔法使いは、マリリを指さすと、今までの緩慢な動きが嘘だったかのような速さでマリリの目の前に移動した。そのせいで深くかぶっていたマントがふわりと持ち上がって後ろに落ち、魔法使いの顔が露わになった。メディコがきゃっと小さく叫んでマリリの腰にしがみついた。


 マリリは驚きのあまり、その場に凍りついた。魔法使いの顔が痩せすぎていたため、骸骨が動いてしゃべっているように見えたのだ。声と顔の様子からして魔法使いは老婆のようだったが、マリリの目の前にある顔には、性別などもはやどうでもよい考えだと思わせる不気味さが備わっていた。その顔を前に、マリリは必死でつばを飲み込むことしかできなかった。


 不思議なことに、ヴァイドール達も手出しをしようとはしなかった。いや、できないのかも知れなかった。魔法使いは骸骨じみた顔に不気味な笑みを浮かべ、マリリの眼前に枯れ木の手を差し出した。


 これまた骸骨のような手のひらには、はっきりと青白い光が走っている。これに触られたら、自分は消し炭のようになってしまうのだろうか。マリリは、いまだかつて感じたこともない原始的な恐怖に支配され、微動だに出来なかった。仲間たちからは、まるで自分が火を畏れる未開人のように見えるだろう。自分たちを取り囲む盗賊達の笑い声が、やけに遠いものに聞こえた、そのとき。


 「ばあ! マリリさん、私ですよ!」


 マリリの心臓は今度こそ、本当に止まってしまった! それほどびっくりしたのだ。目の前の髑髏魔女が突然雷気を帯びた両手で自分の顔をばりばりとかきむしると、骸骨のような顔の皮がぼろぼろと崩れ、その下から、盗賊に捕まっているはずの、闇組のシルト・キレイの顔が現れたのだ。


 「マリリさん、やっと私を助けに来てくれたんですね!」


 骸骨の下から顔を表したシルトがマリリに飛びつくようにして抱きつくと、マリリの心臓は再び動き出した。


 「え? え?」


 マリリは困って周りを見た。あまりの出来事に、ヴァイドール達や盗賊達の時間はまだ止まっているようだ。驚いたというよりも、きょとん、唖然、ぽかん、とした顔が並んでそろってマリリを見つめている。


 「……あ、う、……マリリちゃん、こりゃどういうことなんだろうな? ええ? おい」


 かろうじて衝撃から回復したらしいヴァイドールが、マリリに説明を求めた。だが、マリリも事がどういう成り行きに進んだのか、半分も理解していないのだ。ここにシルトがいて、盗賊達の間にもシルトがいる。これはどういうことだ?


 「えっと……。……シルト?」


 「はい。私です」


 純真な表情をして自分に抱きついているシルトをやや不気味に感じながら見つめ、マリリは慎重に言葉を選ばねばならないと意識した。おそらく、自分たちに残された時間はそんなに残っていないはずだ。


 「説明してよ」


 「はい!」


 魔法使いにしては元気よく(マリリの主観であるが)返事をすると、シルトはマリリから体を離した。しかし、左手はまだマリリの手を握っている。マリリが咳払いを一つすると、シルトは何を勘違いしたのか思わせぶりな笑みを見せ、空いている方の手を振って、盗賊に囲まれている方のシルトに向かってパチンと音を鳴らして見せた。


 「おお?」


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