不思議な能力と仕打ちの本当の意味

 翌週の土曜日、俺は自室の窓から迎えに来たSの黒塗りの高級車を確認すると、家を出てその車に乗り込んだ。Sは相変わらず乱暴な運転で街中を走り抜ける。誰かこいつを取り締まってくれ。

 Sが運転する車は、一週間前と同じ道順で俺たちが育った村の田舎道を走り抜け、裏の畑が変質した例の家の敷地に車を止める。敷地にはもう一台車が止まっていた。先週と同じ車である。村の代表みたいな爺さんがまたこの家に来ているみたいだ。しかしこいつはそんなことなどお構いなしといった態度で車を降りて裏の畑へ向かうので、俺も後に続いた。

 この一週間で変質が広がったのか、俺には判断できなかった。あまりにも衝撃的な光景だったので、ただただ変質していたということしか覚えておらず、量や程度といった概念は記憶に残っていないのだ。

 「変質はともかく、周囲の植物の枯燥は広がっていますね。やっぱりここもダメだな」

 Sが誰にともなく言ったその言葉は冷淡で無機質なものだった。前に来た時は気づかなかったが、畑の向こうの原っぱの雑草も広範に枯れ果てていて、その中に茎が腫れ上がったように異常に太く血のように赤い雑草がまばらに見られた。雑草も変質するらしい。

 「では面白いものを見てもらいましょうか」

 Sはもったいぶったようにそう言うと、放り投げてあったスコップで先週見た例の黒変した大根を掘り起こし始めた。その様子を見ながら俺は妙なことに気がついた。先日見たときは菜の部分が以上に腫れ上がって膨張していたが、今は普通の大根菜の様相を呈している。そしてSに掘り起こされた大根を見て俺は目を疑った。それは黒変などしていない普通の大根だった。呆気にとられている俺を尻目にSはスコップをその辺に放り投げ、さらに掘り起こしたばかりの大根も放り投げた。

 「これはどういうことだ」

 「僕が聞きたいくらいです」

 俺の問いに対してSは投げやりに答えた。こいつの話によると、この変質から植物が回復するという現象は、あの女の子が植物を触ると起こるらしい。一方で他の村人が触ってもそのようなことは起こらないようで、あの子に何か特別な力があるのだろうということだった。汚染を逃れたと思っていた大根やキャベツは、あの女の子が汚染から解放したものらしい。あの子が汚染から解放した植物は、変質した植物のそばにあっても枯れなくなるのかもしれない。俺は例の黒い靄があの子に移っていく場面を思い出した。

 「あの子は大丈夫なのか?そのせいで変なことが起きたりしないのか?」

 俺がそう言うと、Sは珍しいものでも見るかのような顔をした。

 「あなたにしてはなかなか冴えてますね。この畑で変質が起き始めた頃、あのガキは自分がその変質を消せることを偶然知ったようです。それで手当たり次第変質した植物を触って、その変質を消していった」

 「それで?」

 「その直後にあのガキは高熱を出して意識を失いました。今は回復してあの通りですけどね。それ以降、変質した植物には触らないように言っておいたのですが、ガキの脳みそでは理解できないのでしょうか」

 「それは、植物の変質の原因があの子に移ったということか?」

 「そんなことが起こりうるのかわかりませんが、そうかもしれませんね。仮にそうだとしたら、何が原因なのか気になるところです」

 それはあの黒い靄だろう。どうやらこいつにはあの黒い靄は見えていなかったみたいだ。それともやはり俺の見間違いなのか。そんなことを考えていると、

 「お兄ちゃん」

 と言いながら例の女の子が畑の方にやってきた。見たところ元気そうで安心した。

 「僕は他の場所も見てくるので、あなたはガキの相手でもしていてください」

 Sはそう言い残して、車の方へ戻っていった。女の子とすれ違い様に、俺と遊んでいるように言いつけたようだ。

 女の子は少し警戒した様子で俺に近づいてきた。俺は小さな子供の相手なんてあまりしたことがないからどうしようかと戸惑っていると、女の子の方から話しかけてきた。

 「お兄ちゃんと同じ調査員なの?」

 調査員という言葉のイントネーションが変だ。この子はその言葉の意味を知らずに、あいつが発した言葉をそのまま使っているんだろう

 「違うよ、俺はただの付き添い。遊びに来ているんだよ」

 女の子はどういうわけか嬉しそうに、

 「何して遊ぶの?」

 と聞いてきた。こんなところで鬼ごっこなんてしたくないし、どうしようか。最近の子供たちは何をして遊んでいるんだろう。適当なアイデアを思いつかない俺は、逆に聞いてみた。

 「何して遊びたいの?」

 女の子は、

 「鬼ごっこ。私、速いんだよ」

 と即答した。

 「ここは狭いから。鬼ごっこはもっと広い場所でやらないと」

 俺は適当にお茶を濁しながら、適当な遊びを考えていた。すると、

 「あかねちゃん」

 と家の小道の方から呼びかけられた。見ると例の村の代表らしい爺さんがこちらの方を見ていた。この子、あかねって名前なのか。あいつはクソガキとしか呼んでなかったから知らなかった。

 「じいちゃんは帰るからね、見ず知らずの人について行っちゃダメだよ」

 と、いかにも俺にあてつけるように言ってくる。あかねちゃんは小さく手を振った。すると爺さんも手を振り返してニコニコして帰っていった。爺さんが視界から消えて少しして、

 「私、あのおじちゃん嫌い」

 とつぶやくように言った。

 「どうして?」

 思わず聞き返したら、思わぬ答えが返ってきた。

 「あのおじちゃん、私のことを変な目で見るの」

 それは幼ながらに、じじいのいやらしい視線を理解しているのか。勝手にじじいを変態扱いしようとすると、

 「あかねのことを怖い目で見るの」

 と言ってきた。なんだろう、この嫌な感じは。そこには粘着質な何かを感じ取ることができた。なんにせよあかねちゃんにとって楽しい話にはならなそうなので、話題を変えてみる。

 「あかねちゃんは元気にしてた?」

 「具合が悪いっていうのになったけど、すぐによくなったよ」

 あかねちゃんはそう言いながら、いかにも退屈といった感じであたりをちょろちょろ動き回る。やはりあかねちゃんが変質した植物を触ると、何かがあかねちゃんに移り、あかねちゃんに害をなすのだろう。一過性の体調不良だけならまだよいが、そんな単純な問題ではないのかもしれない。

 「変な植物には触らないでね」

 俺が少し語気を強めて言うと、

 「あのお兄ちゃんが怒るから触らない」

 と少し不貞腐れたように答えた。もしかして、あかねちゃんはSに褒めてもらいたくて、あの時変質した大根を触ったのか。俺はこんな可愛い子があいつに懐いているという事実が気に入らなかった。

 「でも、あのおじちゃんはあかねにたくさん触って欲しいみたい」

 さらっと言ったその言葉に、俺は胸がざわついた。まさか。嫌な考えが頭の中で形を成していく。そうこうしているうちに、飄飄とした様子でSが戻ってきた。


 「さっきあの家に来ていた爺さん、村の代表だって言ってたよな。なんであの家に来ていたんだ。先週もいたよな?」

 帰りの車中、俺は気になったことをSに聞いてみた。

 「嫌なジジイだったでしょう。あんな無能な輩の考えることなんて僕には理解できませんが、きっとあなたが思っている通りですよ」

 俺はSの答えに小さくため息をついた。

 「来週中にISSK192の散布を開始します」

 Sは重要性の低い業務連絡を告げるような調子で言った。俺には反対する理由がなかったので首肯した。むしろ早くその薬剤を使って変質した植物をなんとかしろと言いたかった。このままではあの子が変質した植物を駆除する道具として使われそうな気がしたから。俺はこいつが行おうとしている仕打ちの本当の意味にたどり着いたのかもしれない。こいつが俺にたどり着くことを望んだとは思えないけど。俺は座席の背もたれに体重を預けた。


 

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植物が枯れる村 秋あがり @coffee-station

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