モデルとパトロン

「どうだった?」

 帰ってくると、カリーナはにっこり笑って問いかけた。もっと艶やかに笑えないものか、そうすればより一層美しさが際立つのに、と密かにエルネストは思う。


「ああ。喜んで頂けたよ」

「そう!良かった!」


 ふと思い、エルネストは何気なしにカリーナに尋ねた。


「カリーナ。ヴィーナスの足元に咲いていた赤い花があるだろう」

「アネモネのことですか?愛らしいお花ですね」

「アネモネは何の象徴か分かるかい?」


 カリーナは少し考え込んだ。モチーフに意味があることは知っていた。でもいちいち、アレはこの意味、とは覚えていなかった。


 アネモネ。赤い花。すぐに散ってしまう……。


「……人生、とかでしょうか?」

「まあ……そんなところだよ」


 エルネストはうやむやに濁し、アトリエに入っていった。



 カリーナは美しい。それに素直で純粋だ。身一つでパリに出てきてモデルとして成功する程、したたかさも兼ね備える。

 しかし、妻にはできない。カリーナは身分が低いからだ。売れない画家をしているが身分は高いエルネストとは結婚なんてもってのほかだ。


 一方、アリスは釣り合うだけの身分がある。教養もある。アリスと絵画について話すより心躍るものは無かった。しかしアリスは人妻なのだ。



 例えば。

 カリーナは恋人、アリスは妻として自分を支えてはくれないだろうか。


 無理な話だ。

 アリスはもう結婚しているし、下積み時代にずっと支えてくれていたカリーナを差し置くことはできない。



 もしも。

 2人が死んだら、自分はデスマスクを描くだろう。

 その時より丁寧に、時間をかけて描くのは、カリーナとアリス、どちらなのだろう。



 カリーナとアリス。自分が愛したのは、どちらなのだろう?


 それは愚問であった。

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画家の美徳 青空ラムネ @sayaka0408

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