NGワードがあってもOKワールド

ちびまるフォイ

今夜の0時がヤマ場です…

「お前、そんな服装でどこへ行くんだ」


「……あんたに関係ないでしょ」


服よりも娘の肌が出ている面積のほうが大きい。


「それに……その背中の文字はなんだ?

 若いやつの間では流行っているのか?」


娘の背中には「お父さん」と書かれていた。

まるで誰かにいたずら書きされたのかと思った。


「はぁ? おじさんにこの服のデザインなんてわかるわけないでしょ。

 今こういう羽のデザインが流行ってるの。知らないくせに口出さないで」


「お前、実の父親におじさんとはなんだ!」


「あんたは私の本当の親じゃないし。てかうざいんですけど」

「いいからちょっと話を聞きなさい!」


「それじゃ行ってきます。お と う さ ん」


娘がわざとらしく嫌味たっぷりにいった「お父さん」。

言い終わると娘の口がみるみると接合されてしまった。


「んーー!? んーーー!!!」


口が開けられなくなった娘はもんどり打って倒れた。


「おい! 運転手! 娘をはやく病院へ!」


「かしこまりました。お父様はいかがしますか?」


「ばか野郎。私はこれから国会だ! 知ってるだろ!」


娘の容態を気にはなったが、私事で仕事を遅れたらなんと言われるか。

国会がはじまると自分に質問が飛んだ。


壇上に上がって秘書が用意してきた原稿を読み上げる。


「えーー。先日、議題に上がりました件につきましては……。

 我々としても精一杯の"努力"……んん!?」


努力、と口にした瞬間だった。

口がふさがってしゃべれなくなった。


「んんーー!! んん~~!?」


国会は中断されて病院へと搬送された。

青ざめていたが医者はけろりとしていた。


「ああ、それなら日付が変われば自動で治りますよ。

 今日1日の辛抱です」


「んん!?」


翌日になるとこれまでが嘘のように治っていた。

心配そうな顔をした妻が聞いた。


「あなた、喋れなくなったみたいだけど大丈夫なの?」


「ああ、単なるNGワードだったよ。

 むしろ私を糾弾するだけの国会が中断されて助かったくらいさ。

 あそこじゃ私の失言を誘導するように質問されていたからね」


「でも、今日ははあなたの不祥事に関しての記者会見でしょう?」


「気が重いよ、まったく。

 あの記者という人種はどう切り取られるかわかったもんじゃないからなぁ」


「またしゃべられないようにならなければいいけれど」


「……それだ!!」


家を出る前に秘書を自宅に呼びつけた。


「君、私の背中に書かれている文字を教えてくれ。

 鏡をいくら確認しても私の目には見えないようにできてるらしい」


「本日のNGワードは……"高齢化社会"です、先生」


「ようし、高齢化社会」


NGワードを口に出した瞬間に口が塞がりしゃべれなくなる。


「先生、よろしいのですか? 本日は会見のはずでは……」


「んっ!」


顔振りだけで意思疎通をする。

そのまま会見場に向かうと、フラッシュと質問が浴びせられた。


見た目には口がふさがっているのがわからないように化粧させたので、

記者たちの質問はすべて「ノーコメント」として片付けられた。


神経を逆なでして失言を引き出すような質問も多く、

普段なら売り言葉に買い言葉で答えていたが今は違う。


翌日の新聞では「ノーコメントで押し通す」などの文字が並んでいた。


「ハハハ、しゃべれないというのも使い方だな。

 口がふさがっていれば取られる揚げ足もないというわけだ」


「先生、よろしかったんですか?」


「問題ない。奴らは打っても響かないとわかれば興味を失う。

 このままノーコメントを続ければ私にたかるハエどもも消えるだろうよ」


「いえ、そのことではなくお嬢様のことで……」


「またあの親不孝娘がなにかやらかしたのか?

 まったく、いちいち私の手をわずらわせるな。

 金はくれてやっているんだから、ちゃんと見張っていろ。

 家族の不祥事で議員の座を降ろされてはたまらんからな」


「かしこまりました」

「で、今日のNGワードは?」

「"国民"です、先生」


「国民第一でがんばっ、んんーー!!」


口を塞いでも書類などの作業はできるので仕事は問題ない。

マイクを向けられても、記者にストーカーされても失言する口がない。


むしろ口が重いと思われることで記者は散り、議員仲間からは多くのことを話される。

沈黙は金とはよく言ったものだ。


「今日のNGワードは?」

「"税金"です、先生」


「国民ども、税金をもっと納めっ……んーー!」


毎朝、秘書にNGワードを教えてもらい口を封じてから職場に向かう日々が続いた。

それが当たり前になると休日でも口を封じるようになり、わずらわしい家族の小言に悩まされることもなくなった。


喋れない人に話しかける人などいないのだから。


失言大臣の汚名もすっかり世間に忘れ去られた頃。


「せっ! 先生! 大変です!!」


「んん?」


心のなかでノックをしろバカと、後輩議員に毒づいた。

口がふさがっていなかったらふいに出ていたかもしれない。


スマホを手に取り文字を入力する。

もうすぐ日付も変わろうとしている。


『どうした? 予算決議の資料か? 今日中には終わる』


「そんなことじゃないんです! 先生の娘さんが!!」


「んん!?」


タクシーを病院へ急がせた。

車内で娘が事故に合ったことを聞いて、気持ちがどんどん焦っていく。


「んんんん!!! んんんーー!!!」


「なんですか!? 運転中ですよ!?」


運転手にもっと急げと言おうとしたが口がふさがって伝わらない。

スマホを取ろうとしたが議員室に忘れてきたらしい。


病院につくと、先回りしていた取材陣がタクシーをぐるりと囲む。


「先日、高級料亭で密談がかわされた噂がありますが!?」

「環境復興大臣として今の状況に一言お願いします!」

「同じ党内の議員が更迭されましたが今の心境は!?」


「ん゛ん゛ーー!!!」


どけこのゴミども、ととっさに叫んでいた。

口がふさがっていなければ政治生命は断たれていただろう。


記者をかきわけ病院に入ると、医者が待っていた。


「遅いじゃないですか! なにされていたんですか!」


「んん! んんんん!!?」


「娘さんの容態ですか? 大変危険な状態です。

 今すぐに手術をしなければならないんですが……」


「ん! んん!!」


ならば早くしろと目で訴える。


「ですが、本人の同意なく手術はできません。

 お嬢様は意識を失っている状態で……手術には家族の同意が必要なんです」


「んん!! んん!!」


だったらさっさとやれ、と必死に訴える。

口がふさがっているため通じない。


「一言でいいんです。はい、と言ってください。

 そうすれば同意したとして我々医者も手術できます」


「んぃ!!!」


「顔を振ってもそれは同意にはならないんです!」


ジェスチャーで「スマホを渡せ」と伝えても伝わらない。

紙とペンを探したが近くには見当たらない。


「いったいどうされたんですか! 早く同意してください!」


「ん! んんん! んんーー!!」


だから、それができないんだよ!!と閉じた口の中で絶叫する。

病院には記者がなだれ込み、マイクを槍のように突き出し迫ってくる。


その胸ポケットにボールペンとメモ帳が見えた。


「んんん!」

「議員先生!?」


普段は逃げるはずの記者たちに突進する。

待ってましたと質問が飛び交うが胸ポケットからメモ帳とペンを抜き取る。


書ける。

これで合意できるぞ!


遅れた医者が駆けつけた。

記者は気づかずに質問を続ける。


「先生、お嬢さんを救いたくないんですか!? 手術に同意してくれますよね!?」

「先生! やっぱり噂通り横領していたんですか!?」


日付が変わり、同意と書かれたメモよりも先に口が動いていた。



「当たり前だ!! するに決まってるだろ、バカ野郎ーー!!」

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