ある秋の帰り道

朝凪 凜

第1話

 秋が終わる頃、どこの部活も3年生は大体引退をして、2年生が主体になっていく。

 うちの部活もその一つ。

 女子バスケットボール部の2年、眞田芽依さなだめいはウィンターカップに向けて部活を頑張っていた。


「お疲れ様でしたー!」

 1年生が先輩に挨拶をして片付けを始める。

「お疲れー! 片付けよろしくねー!」

 主将が声をかけて体育館を後にする。それに続いて2年生が同じく体育館から外に歩いて行く。

 芽依も疲れた体を引きずって更衣室に向かって行く。

 体育館を振り返ると奥の方ではまだ男子バレー部が部活をやっていた。


「芽依、今日帰りにどっか食べて帰らない?」

 同じ2年の東原ひがしばら沙織が声をかけてきた。

「あー……今日はパス。ちょっと疲れたわ」

 すげなく断って、悪かったかなと思ったのだが、

「そっか。――おーい、澤谷、今日食べに行かないー?」

 すぐに別の人を誘っていたので、断ることはまるで気にしていないようだった。

 そのままぼーっとしながら着替えるまでの時間は普段の倍以上掛かっていた。

「芽依。なんかだいぶ疲れてるみたいだけど、平気?」

 主将の日下部陽和ひよりが声をかけてくれたが、もとより理由があってゆっくりとしているのだった。

「あぁ、うん。大丈夫大丈夫。今日ちょっとキツかったから身体がなかなか動かないなー、なんて。あはは……」

 大会に向けて普段より多めの練習をしているので、キツいことは確かだから陽和もそれには納得する。

「大会までもうすぐだからね。地方大会一緒に頑張ろうね。あと、もう寒いから風邪には気をつけてね」

 しっかり気遣ってくれるところが主将らしいところだ。

「はーい。……さてと」

 重い腰を上げて制服に着替え始める。別に帰るだけだからジャージでも良いし、実際にジャージで帰る子も結構いる。しかし今日は制服なのだ。


 2年生が芽依を除いて皆出て行き、1年生が片付けを終えて戻って来る頃、ようやく芽依は着替えを終える。

「それじゃ、おつかれー」

 鞄を背負って更衣室を出る時に1年生に挨拶をする。

「お疲れ様です」

 後輩たちが元気よく挨拶をしたのを見て、にこりと笑って手を振る。


 校門まで歩くと一人の男の子が待っていた。

 男の子は芽依を見つけると手を上げて声をかけてきた。

「お疲れ。俺の方が早かったろ?」

「おつかれ。うちが終わったときまだやってたのに、早いね」

 男の子は男子バレー部の鞄を肩にかけていた。

 以前、部活帰りにたまたま一緒になってから、同じ部活の日には一緒に帰ることがいつの間にか定着しているのだ。

「今日は早くしなきゃと思ってたからな。これ」

 そう言って男の子が小さな紙袋を渡してくれた。

「まあ、なんだ……。今日……、誕生日だったろ?」

 その言葉に芽依は大変驚いた。それもそのはず。

「え、私、今日が誕生日だなんて言ったことなかったよね?」

「そんなことはいいじゃん。――あー…………おめでと」

 明後日の方を向きながら恥ずかしそうにつぶやく。

「ふふ、ありがと」

 今日一番の笑顔だったのだけれど、残念なことに日が暮れて辺りは暗く、男の子は照れて顔を逸らしていたのでその顔を見ることは出来なかった。

「それじゃ帰ろっか」

 芽依が弾んだ声で促すと、男の子はぎこちなく歩き出した。

(今日こそは告白しよう。今日こそは)

 それから男の子がずっと不自然だったことに芽依は気づくことなく歩いて行く。

「男バレも3年生もういないんだっけ」

 不意に話しかけられ、頭の中で反芻してことを急いで奥底に追いやった。

「え、あ、ああ。いや、いるよ。春高まではいるって」

「そっか。お互い、弱小だけど頑張ろうね」

「ああ」

 男の子が自然と笑顔になり、さりげなく――実際には全然さり気なくなかったが――芽依の手を取った。

「あ……」

 芽依は相手に聞こえないくらい小さな声を発し、察しがついてしまった。

 その言葉を最後に二人は一言も発さずに歩いていった。

 今まで付き合うということは一言もなく、部活の終わりに一緒に帰るだけの二人だったけれど、言葉より確かなものに触れて来年もまた……。

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ある秋の帰り道 朝凪 凜 @rin7n

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