ある種の写真に関する最新事情

@HasumiChouji

ある種の写真に関する最新事情

 その部屋では無数のラックマウント型のサーバーが動いていた。ほぼ全てのサーバーの電源ランプは点灯しており、ストレージのアクセスランプも点滅を続けている。

 サーバー以外のネットワーク機器のアクセスランプも忙しげに明滅を繰り返していた。

 サーバ上で動いているプログラムは、Web上に有る写真を手当たり次第に収拾し、その写真に対して顔認識処理を行なっていた。

 もし、広域指名手配されている人物がWeb上の写真に写っていれば、その事をオペレーターに通知する。その写真が、写真共有サイトにUPされたものなら、投稿日時や投稿者のコメントから、指名手配犯が、いつ、どこに居たかの手掛かりとなる。

 もちろん、「指名手配犯が写っている」と識別された写真の大半は誤識別だが、このシステムを共同運用している複数の警察機構は、数十・数百の内、一つが当たりであれば良いと考えていた。

 そして、サーバーは、人間達の思惑など考慮する事なく、淡々と与えられた仕事を続けていた。


 タブレット端末上で動いているビデオ・チャット・アプリには、アフリカ系とアジア系の男性が1人づつ写っている。

「こちらは、……のアール・ブルフォード捜査官で、私は通訳のロドニー・タマキです」

 通訳が告げた組織名は、アメリカの連邦警察の1つだった。

「アメリカの方とTV電話で話が出来るとは、便利な世の中になったもんですねぇ。でぇ、私みたいな者に、アメリカの警察の偉い方が何の御用なんでしょうか?」

 ここは、日本の老人ホームの食堂で、タブレット端末が置かれたテーブルを挟んで、上等そうなスーツを着た中南米系らしき風貌の中年男性と、入所者らしい女性が座っていた。

 男性はアメリカの大使館員と名乗った。女性は、この老人ホームの中でも、かなり高齢の方であり、下手をしたら九〇を超えているようにも見える。その顔からは何の感情も読み取れない。

 女性は九〇年代まで、日本のTV番組に「霊能者」として出演していた。それも「心霊写真」の分析が「専門」の。

 しかし、あれよあれよと云う間に、プロでもアマチュアでも写真はデジタル撮影が主流になり、そして、デジタル撮影された写真の加工は、どんどん簡単になっていった。

 つまり、誰もが、やろうと思えば「心霊写真」を簡単に「作る」事が可能な時代になったのだ。

 スマートフォンが最初に販売されるよりも何年も前の時点で、彼女の居場所はTV業界のどこにも無くなっていた。

「まずは、大使館員が持って来た写真を御覧下さい」

 中年男性は、デジタル撮影されらしい写真が印刷された何枚かの紙を手渡した。

 街中の小学校。

 田舎の道路沿いのダイナー。

 高級レストランの料理。

 安っぽいモーテル。

 波止場と海と朝焼けか夕焼けらしい茜色の空。

 街中でドリンクを手にしている中年男性。

 観光地らしき公園で仲良く肩を組んでいる若い女性2人。

 どこかの牧場に居る、牧場主とその家族らしい人々。

 そう言ったアメリカの様々な場所の様々な写真だった。

「これは、何でしょうか?」

「あの……それが貴方達が『心霊写真』と呼ぶモノの一種である可能性は有りますか?」

「へっ?」

「より正確に言えば、それに普通の人間には見えない『何か』が写っている可能性は有りますか? もし、写っているなら、どう云う原因で何が写っているのでしょうか?」


 その1週間ほど前、ブルフォード捜査官は、大手検索サイトを運営しているRampo社の研究所を訪れ、そこに勤務しているパターン認識の専門家に、ある現象についての意見を求めていた。

「そりゃ、そうですよ。誤識別が起きるのが当然なので、人間が最終確認してる訳ですよね? このシステムは、『指名手配犯が写っているかも知れない』数万か数十万の写真を数十か数百にまで絞り込む為のものですよ。しかし、その絞り込んだ数十か数百も、あくまで『候補』でしか無い」

 ここ一〇〜二〇年ほどの間、年々、アメリカのIT技術者はアジア系が増え、説明を行なっている研究員も日系の男性だった。

「じゃあ、何で、問題のシステムは、我々の目には、人間やそう誤認する可能性が有るものが写っていないようにしか見えない空間に、指名手配犯が写っている、と判断したんだ?」

 2年ほど前から、アメリカ国内の複数の警察機構は共同で、Web上にUPされた写真に指名手配犯が写っているかを判定するシステムを運用していた。

 しかし、そのシステムが指名手配犯が写っていると判定した写真を人間の目で見ても、それらしき人物が、どこに居るか判らない、と云う現象が毎日のように起きていた。その中には、そもそも人間が1人も写っていない――少なくとも人間の目には、そう見える――写真を「指名手配犯が写っている」と判定するケースも少なくない。

 もちろん、そのようなケースを0にする事が出来ないのは判っていたので、そのシステムが「指名手配犯が写っている」と判断した写真を人間の目でも確認する事になっている。しかし、単に誤判定されたように思える写真の中に、ある条件を満たす場所を写した写真がかなり含まれていた。

「例えばですよ。数字を識別する事だけを学習させた識別器――正確さより判り易さを優先した言い方をすればAI――に、そうですね、日本語の仮名や、韓国語のハングルを読み込ませたら、どう云う結果を出すと思いますか?」

「えっと……それは……どうなるんだ?」

「数字じゃないと判断するか、その文字に似た数字だと判断するかのどちらかです。どちらになるかは、AIの作りや、どんな学習をしたかに依ります」

「つまり、あんたは、人間の顔じゃないものを、無理矢理、人間の顔だと認識しようとしら、今回みたいな事が起きる、と言いたい訳か」

「そう云う事です。とは言え、この手の事が起きる頻度が、運用に支障が出るほど多いのなら、解決方法は、いくつか有ります。まず、特定の人物の顔かを識別する処理の前にやってる、そもそも人間の顔が写真中に有るかを識別する処理を改良して……」

「それは必要無い。いや、必要有るかも知れないが、俺の担当では無い」

「はっ? 待って下さい、じゃあ、私に何を聞きに来たんですか?」

「その……例えば、この写真だが……」

 そう言って、ブルフォード捜査官は、高級料理の写真を見せた。

「この写真が撮影されたレストランと同じビルで、指名手配中の環境テロリストが何者かに殺害された。犯人は不明。1つ下の階で、しかも、このレストランのほぼ真下だったらしい」

「それが、どうしたんですか?」

「ウチのシステムは、この写真に殺害されたその環境テロリストが写っていると判断した」

「偶然じゃないんですか?」

「続いて、この小学校の写真。この小学校の真ん前で、麻薬組織の元幹部が、かつての仲間に銃殺された」

「えっ? そんな惨劇が起きた場所には見えませんが」

「そりゃそうだ。別の日に撮影されたものなんでな」

「なるほど」

「で、ここで殺されたヤツは、組織の金を持ち逃げして、変名を使って、この学校が有る町に住んで数年後、自分の子供を学校に送り迎えしている時に殺された。本人が気付いてなかっただけで、かつての仲間は、ヤツの所在を掴んでいたらしい」

「この写真も、その麻薬組織の元幹部とやらが写っていると判断されていた、と言うんですか?」

「そうだ」

「そんな例の1つや2つ、単なる偶然か恣意的に選択したものでしょう? ランダムに起きた事の中に何かのパターンを見出してしまう、人間の脳の情報処理には、そんな傾向が有るんですよ」

「その他、東欧系のマフィアの殺し屋が交通事故で死んだ道路に、麻薬の運び屋が腹上死したモーテル、組織の金を使い込んだテロリストが仲間によって沈められた波止場に、逃亡中の連続殺人犯が金目当ての地元のチンピラに殺されたダイナーに……」

「その全部が心霊写真もどきだとしても、普通は偶然だと考えますよね? 偶然に起きたいくつもの事の中から、共通点が有るものを選び出しただけですよ」

「ちょっと待て、心霊写真って何だ?」

「あぁ、私の母親が日本人なんですけどね、昔、日本でそんなモノが信じられてたらしいんですよ。幽霊が写ってると言われてる写真だけど、大概は見間違いで……」

「幽霊が実在するとしても、これは幽霊とは少し違う……筈なんだよ……何故なら……」


「はぁ、つまり、この写真の場所全てで、指名手配されとる人が死んだ。で、そちらのコンピューターは、この写真に、その死んだ人が写ってると言うとるけど、人間が見ても、それらしきものは見えん、と」

「そう御理解していただいて結構です」

「で、私に何をしろと?」

「あくまで、『心霊写真』の専門家としての観点から参考意見を伺いたいのです。もちろん、他の分野の専門家にも御意見を伺っており、それらの意見を総合して、この現象が我々の役に立つかを判断する予定です」

「これに幽霊が写っとるか私に聞きたいんですか? でも、それが警察の仕事と何の関係が……」

「誤解が有るようですが、我々は、仮に百歩譲って、幽霊なるものが実在していたとしても、この写真が撮影された時点では、その幽霊は、この場所には存在していないと考えています」

「へっ?」

「そして、我々は、あくまで、この現象が、指名手配犯が死亡する前に身柄を確保するのに役に立つのでは無いかと考えているのです」

「意味が判りません。人が死んだ場所で写真を撮ったら、その場所で死んだ人が写っているように見えると言われとるんですよね?」

「いえ、確かに、人が死んだ場所ですが、正確には、まだ、死んでいません」

「いや『死んだ』って、おっしゃっいましたよね?」

「そうです」

「あの、通訳さん、ちゃんと、通訳出来てますか?」

「はい。この写真の場所は指名手配犯が死んだ場所で、人間の目にはそれらしい何かが写っているようには見えないこの写真を、我々のコンピュータ・システムは、この写真にその指名手配犯が写っていると判断した。しかし、この場所に何かが存在するとしても、それは、この場所で死んだ指名手配犯の幽霊だとは考えにくい。この内容で間違い有りません」

「だから、一体全体、何が、どうなっとるんですか? 全く意味が判らんのですが……」

「例えば、小学校の写真ですが……去年の2月に撮影されたものです。しかし、この小学校の前で、指名手配犯が殺害されたのは、同じ年の7月です」

「……ええっと……今、何と言われました?」

「ですので、我々が『心霊写真』の専門家である貴方に聞きたいのは、こう云う事です。撮影した場所で未来に死ぬ事になる誰かが写っているような『心霊写真』は存在するのか? 存在するとしたら、そのような現象が起きる原因や理由は、どう云うものが考えられるか?」

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