5話:オペレーション
「例のレールガン破壊作戦が司令部により承認、発令された。作戦名は”ハンター・キラー”。作戦開始は2日後の1100。これから我々はハンガリーにあるケチケメート空軍基地まで移動する。国連欧州方面軍から大規模な航空戦力が投入される。我々はケチケメート空軍基地より発進する部隊と合流し、作戦の詳細をそこで受ける。何か質問は?」
先の偵察任務から次の日、朝早くから集められたステラー隊のメンバーにクーパー大尉が告げた。
良いですか、とエミリア大尉が手をあげる。
「参加部隊はどの程度になるのでしょうか。大規模と言いましたが」
「12~18機からなる飛行中隊が2つ。これはそれぞれ制空戦闘隊と対地攻撃隊だ。それと作戦エリアに近い地方基地から4~6機編成からなる2個飛行小隊、2機のB-1B戦略爆撃機が参加する。それと我々特別航空治安維持飛行隊だ。我々以外にも第28攻撃飛行隊も加わる。昨日会った奴らだ。奴らもケチケメートに来る。適当に挨拶でもしておけ」
他には無いかと聞いた。
「僕からも、いいですか」レイは手をあげた。
「なんだ」
「僕らがこれから上がるとして、ここのバンディッツはその間誰が対応するのですか。まさか”正規”にやらせるわけではないでしょう」
「その心配はない。北米支隊が務める。あいつらはバンディッツが居ないから暇だろう。我々と入れ替わりで来る。既に向かっていると連絡も入った」
「彼らですか…、なら安心ですね」
他にはと重ね。誰もいないことを見るとクーパー大尉は頷きながら、
「良し。では20分後にハンガーで」解散。
今回も長距離移動なので増槽は翼に二本抱える。武装は短距離ミサイルと中距離ミサイルがそれぞれ4発。いつも通りだ。目視の点検をしているとハンター中尉と整備兵に呼びかけられた。
「何かな?」レイは振り返って尋ねた。
「武装ですが、ゾーン対策として少し変わり種を搭載します」こちらを見てくださいと胴体下部を覗き込んだ。増槽?
「ガンポッドです。増槽型ですがそれよりも幾分か小さい。あそこでもし使えないとなると機銃一門じゃ心細いでしょうから。機体重量がその分ミサイルを含め重くなってしまうのは勘弁してください。空力特性もその分悪くなるので不要だと判断したら捨ててもらうか、ここで取り外させても構いません」
外付けという構造である以上、火力増強の代わりにこう言ったデメリットが多いのは仕方のないことだった。だが使えるかも分からないミサイルを載せて行くよりも、確実に使える方を無理してでも載せる気持ちも分からなくはない。レイはとりあえず付けて行くことにした。もし気が変わっても、移動先で降ろして問題はあるまい。
「いや、ありがとう。持って行かせてもらうよ」小さく笑みを浮かべて答えた。
「了解です。ご武運を」
整備兵は笑顔で敬礼する。レイもラフに敬礼してイーグルに乗り込む。
ケチケメート空軍基地までは長いようで短い道のりに感じた。要所で設けられている飛行制限空域を迂回し、同じ作戦に参加するであろう飛行隊とすれ違い、挨拶を交わしながらやってきた。
この基地は広大な草原に立つ大きい基地だ。滑走路は2000m級のものが一本。
基地のあるケチケメートはハンガリー中央部の都市だ。周りに高い建物や目立つ物はあまり無く、歴史ある建物などがこの土地と相成って美しいコントラストを醸し出していた。
ステラー隊は比較的早かったようで、まだ基地には一個飛行小隊しかいなかった。着陸後は彼らと同じく、エプロンに並んで駐機した。少し離れた所にはアラート待機中のハンガリー空軍のグリペンも駐機している。少し変わった眺めだと思った。
隊は一緒の部屋に案内された。することもないのでレイは備え付けのテレビを点ける。
「国連軍はニューヨーク中央司令部で今朝、欧州東部において大規模な治安維持活動を行うことを発表しました。スポークスマンによりますと、『可及的速やかに行動を起こす必要があり、放置すると欧州の安全に多大な影響を及ぼす可能性がある』と今回の行動について明言し、具体的な活動日程や任務内容などには言及しませんでした。尚、投入される戦力は航空機によるものが多いと答え、当地域での戦闘も予想されます……」
テレビでもこのことは伝わっているようだった。事実とはかけ離れた内容で。”遺産”やバンディッツが関係する任務は基本的に表には出てこない。主にそれは特別航空治安維持飛行隊の活動に支障をきたすものだからだ。
「治安維持活動だってね」リューデル中尉はため息交じりに呟いた。
「表から見れば俺たちは平和作りの一員だってわけだ」
「あなたの思うことは最もだけどそれが世界ってものよ」エミリア大尉が言った。
「影ながらこの空を守り続けていたとしても、その行為を大きくみればあなたの言う平和作り、治安維持という一つの纏まりの中でしかない。仮に私たちの活動を赤裸々に伝えたところで、納得しました、では済まない。常に彼らはそうやって今まで生きてきた。伝えて良いこととそれをすると良くないことの線引きは難しいけれど、だからと言って伝えなきゃいけないとなればこうして嘘を付くしかない。そういう仕組みなのよ」
「だから僕たちは常に影に立ち続ける必要がある。僕たちの空を守るためならば、こういう役割だって受け入れなきゃいけない」レイは言った。
テレビの電源を落とした。隊長はどうですか、とリューデル中尉は聞いた。だがクーパー大尉はどこ吹く風というようにぐっすり眠っていた。
それぞれが仮眠を取って、起きたのは夕方を過ぎてからだった。昼食も軽食で済ませたせいか腹も減っている。全員が自然と食べに行こうという空気になる。
着替えを済ませ、食堂に向かう途中で爆音が響いた。窓を見ると4機の戦闘機が着陸してきた。F-15E、MiG-23、トーネード、FA-18Cといった編成だ。前の二機には見覚えがある。
「やっぱり最後だ」クーパー大尉がやれやれと言う風に言った。
「彼らはどこのなんです?あと隊長は知り合いのようですが」レイはそれとなく聞いた。
「南欧方面第28攻撃飛行隊。俺たちSFSDの中でも戦闘爆撃などを中心にやる攻撃機隊だ。尾翼に女神様のマークがあったろ。アルテミスなんて呼ばれている。最近じゃ中東の案件にも出払っているようだ。あそこの隊長、ジェフとは昔同じ隊だった」
「彼と話すとき口調変わったりしますけど何かあったのですか?」
「機会があったらまた話す。今はそういう気分じゃないからな」とそそくさと歩いて行ってしまった。
次の日、朝早くからこの基地に集められた国連軍のパイロット全員に招集がかかった。広い講堂のような場所でブリーフィングが行われる。これだけのパイロットが一つの場所に集まる光景はレイにとっては初めてだ。大勢で参加する作戦でも、空中で合流することが多かったからそれは異様な雰囲気に感じた。緊張していたり、仲間と談笑していたり、機体の具合について話し合っていたり、賑やかだった。
部屋が薄暗くなる。液晶スクリーンが降りてきて国連軍のマークが映し出される。先ほどの空気も一瞬で静まった。
「総員、傾注!」現地の作戦士官のような人が入って来て、どこからともなく発せられた声と共に立ち上がって一斉に敬礼する。
「諸君、座ってくれたまえ。これから各基地と同時中継で司令部によるブリーフィングを始める」始めてくれ、とスクリーンを動かす部下に促す。
「準備出来ました」
そう彼が声をかけると司令センターと思われる空間に繋がった。ややあって一人の司令官と思しき人物が出てくる。再度立ち上がって敬礼。
「揃ってるな。国連欧州方面軍司令官のホワイトマン准将だ。諸君らが今回の作戦のために集まってくれたことを感謝する。早速だが、今回のレールガン砲台破壊作戦、”ハンター・キラー作戦”の概要を説明する」
画面が切り替わり、欧州の地図、作戦エリアと周辺がクローズアップされる。端にはレールガンの写真などが置かれる。
「既に聞いている通り、今回の作戦はルーマニアとウクライナの国境沿いにあるレールガン砲台の破壊だ。これは米軍の忘れ物で、大戦期に戦線が欧州東部から以西に拡大していくに従って放棄されたものだ。十数年放置されていたものだが、今になってなぜか稼働したことが衛星写真でも観測されている。誰が、何の目的をもってこれを稼働させたのかは不明だ。現状では我々はバンディッツが占拠したと見て動いている。」
レールガンの位置の衛星写真が映し出される。
「砲台の概要については事前に送った資料を持って来ているだろう。それを見ながらで良いから聞いてくれ。ここの周辺には、4つのレーダーサイトが設置されていて、砲台の照準システムとリンクしている。それと砲台周辺、レーダーサイトの周辺にも複数の対空兵器が点在していることが確認された」
レイ達と第28攻撃飛行隊が撮影した映像と写真が同時に表示される。
「無論だが、砲台攻撃に当たってこの二つの障害を取り除く必要がある。だが、もう一つ障害がある。砲台空域の手前まではEゾーンだ。ここを潜り抜けないことには砲台や対空兵器、レーダーサイトのいずれも破壊は叶わないだろう。ミサイルが使用できるかどうかは、今のところ現地の判断に任せるしかない。電子戦機による支援である程度は期待できるかもしれないが、過信はしないで欲しい。それで、」
それぞれ発進する基地が白いピンでマークされる。
「当日、我々は二方向からの同時攻撃を実行する。ハンガリーより発進する部隊が西側、ルーマニアより発進する部隊が東側だ。その中でも攻撃機隊は2つずつレーダーサイト破壊と対空兵器の破壊を行う部隊もいる。制空戦闘部隊は激しい空中戦が予想される、特にゾーン内での戦闘は困難だろう。だがそれは敵とて同じことだ。電子戦部隊と同じように攻撃部隊の掩護と制空権を維持し続けろ」
「それで、攻撃機部隊がレーダーサイト破壊までをフェーズ1、レーダーサイト破壊後、砲台に直接攻撃を仕掛ける段階でフェーズ2とする。フェーズ1に随伴する機体以外はフェーズ2発令まで後方で待機せよ。B-1B爆撃機による攻撃段階でフェーズ3だ。フェーズ3以降はつまり最終段階、止めを刺す」
最後に、と画面に表示させたのはレイら特別航空治安維持飛行隊だった。
「今回の作戦にはSFSDの二部隊が加わる。ケチケメート空軍基地から発進するグループにいる。第51飛行隊”ステラー隊”と第28攻撃飛行隊”アルテミス隊”だ。対バンディッツを専門に狩る彼らがいるのは心強いことだろう。存分に暴れてもらいたい。各員十分に休息を取って、任務に挑んで欲しい。以上だ」
敬礼。
出撃前夜。落ち着かないパイロットもいるようで廊下や食堂にも大勢いた。レイもその一人であり、夕食後にも関わらず軽食を買いに一人フラッっと出歩いていた。スティックチョコを一口入れる。
「寝れないのか」知らない声が後ろからした。振り返ってみると、あのジェフリー少佐だった。無言で頷く。
「中尉、こういう作戦の経験は?」
「あまり無いです」
「だろうな。まだ若いし、大勢と言っても人によるがこういう文字通りのもの無いと思ってね。まぁ励ましにはならんが、いつもと変わらないと思え。そして見て学べ。中尉はまだ潜在的な何かがある。この作戦でそれが出るかは分からん。だが吸収出来ればそれも近いうちに出てくるだろう」
レイは先の偵察で言われたことを思い出した。そのことだろうか。
「俺たちは攻撃機部隊の一つとして向かう。その間の掩護は中尉らに任せる。精一杯俺たちを守ってみせろ。無論ヘマするつもりはないが、同じイーグルドライバーとしてだ。頼んだぞ」
肩をポンポンと叩きながら、彼は去っていった。同じイーグルドライバー、か。レイは寝るまでそのことが頭から離れなかった。
当日。大勢のパイロットが一斉にエプロンに駐機している戦闘機に乗り込む。一直線に並べられた戦闘機たちは圧巻だった。これだけの数が空へと舞い上がるのだ。さながら群鳥だろう。
少し離れているが隣に駐機しているのは少佐のF-15Eだ。彼が敬礼をし、サムズアップ。レイも敬礼で応える。彼らが先に上がる。ステラー隊はタキシーウェイ上で待機。待機しながら尾翼、フラップ等の作動を再度確認。アルテミス隊が離陸する。ステラー隊の番が来る。
テイクオフクリアランスが承認される。管制塔より発進してよしと入る。
「ラジャー。ステラー1、クリアード・フォー・テイクオフ」
「ラジャー。ステラー2、クリアード・フォー・テイクオフ」
「ラジャー。ステラー3、クリアード・フォー・テイクオフ」
ヘルメットバイザーを降ろす。発進。
「ラジャー。ステラー4、クリアード・フォー・テイクオフ」
アフターバーナーテイクオフ。重たい装備を携えて、軽やかに空へ舞った。
OVER THE CONTRAIL 三毛キャット @mikef15
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