4話:エンカウンターズ
大掛かりな作戦が近々ある。そう聞かされたレイ・ハンター中尉は、やや緊張した面持ちでそれを耳に入れた。国連軍にとっても久しぶりなのだと言う。日程は未定。追って知らせると言い残して隊長のライアン・クーパー大尉は去っていった。そうして今レイはぼうっとした考えを巡らせながら、ベンチに腰かけていた。
こうした考えに巡らすのは自分がそういったことにはまだ縁が無かったからだ。大規模な空中戦を経験していないわけではない。自分がここに来る前の”世界”が知りたいという単なる好奇心からも来ている。そうなれば少しは母親が体験してきたことも知れるかもしれない。
離着陸の往来を眺める。滑走路上が賑やかだ。聞かされた作戦には何機出撃するのだろうとレイは思った。もちろん自分たちも出撃だろう。場所にもよるが、バンディッツの会敵率を考えればあまり遠くには行かないはずだ。次の情報が知りたい。
ミネラルウォーターが切れたので自室に戻ると、端末が鳴っていた。要件は哨戒飛行について。当該地域にバンディッツが確認されたとのことである。いつもの流れだ。昼食後にブリーフィング、そしてそのまま発進。昼にはまだ早いが万一に備えて軽く支度をし、通常着からフライトスーツに着替えておいた。
ブリーフィングルームに行く途中で2回端末が鳴った。時間には余裕があったが、何かあったのだろうかと思いつつ速足で急いだ。
「すみません、遅れましたか」レイは勢いよくドアを開けながら言った。
「ちょっと事態が変わった。急いでする必要があった。昼食は」
クーパー大尉が答えた。部屋にはレイ以外はもう揃っていた。
「まだです」
「そうか、すまない。では始めよう」
クーパー大尉が備え付けの大画面に端末の画面をミラー出力する。画面に衛星写真なのだろうか、が映し出される。
「これは?」リューデル中尉が尋ねる。
「レールガンだ」大尉が短く答えた。
上空の写真ではまるでこれがレールガンという代物には見えない映り方をしている。なんというか、もとからそこにあったような遺跡みたいな雰囲気だ。放置されてそのくらいに見える程月日が経ったと思われるが、今回の哨戒はこいつなのか。
「ちょっと良いですか」レイの右隣に座るエミリア大尉が口をはさんだ。
「事態が変わったと言ってましたけど、まさかこれが目標ですか」
レイが今まさに聞きたいことをエミリア大尉は言った。クーパー大尉が頷く。
「そうだ。こいつの概略を説明した後で言おうと思ってたが、さすがに察しが良いな。今回の哨戒飛行は無しだ。代わりにこいつの偵察要請が来た」
“遺産”が発見されてからは、偵察などは行わず常に現場保全のための哨戒飛行を行ってきた。誰にも譲らせないため、時には地上部隊も動員した。万一先んじて敵勢力に使用された場合は偵察や哨戒など行わず、偵察衛星を頼りに直ぐに破壊作戦を立案する。”遺産”が具体的にどういう性能を持っているのか分からないことから接近するのは危険だ。今でさえ未知数な部分が多く含まれている。良くも悪くも。
「目標について何か他に情報はありますか?」
「こいつは前戦争で米軍が設置した拠点防衛用のレールガン砲台だ。元々はここにデカい基地もあった。装置には砲身が2つ。それぞれ独立して稼働する。対地・対空両用で、小口径だが威力は勿論桁違いだ。射程は300km超。主にアウトレンジからの長距離狙撃に使われたとある。対象は戦車や爆撃機で、数は少ないが撃破・撃墜の実績もしっかり残っている。固定砲台としちゃ出来過ぎた代物だ。だが今になってこれが使われると国連軍の行動範囲にも大きく影響する。今回の勢力がはっきりしていないが司令部は既に破壊作戦を立案しているとのことだ」
「しかし米軍のものとなると勝手が違うのでは?」エミリア大尉は彼らの介入があるだろうと付け加えた。
「それが今回の破壊作戦の要請元が米軍だった。奴らはこういった事案に自軍を割けないから国連軍に頼ってる。これがまさにな。俺らが米軍の尻を拭いてやるってことだ。迷惑な話さ」
やれやれという風に肩をすくめながらクーパー大尉が言った。
他の皆が経験しているのかは分からないが、レイにとってはこういう任務は初めてに近い感覚を感じた。稼働状態の可能性が残されている"遺産"を相手にするのは数えるくらいしかない。それにレールガンときた。少し緊張しているのが心拍数の増加で感じ取った。
「場所はどこなんです?」
「ルーマニアとウクライナの国境沿いだ。本来はトルコに配備する予定だったとか。なんでそこにあるのか、それは俺にも分からん。米軍もきっと言ってはくれんだろう。空域は山間部だ。高度に注意しろ」
「出撃はいつですか」とレイ。
「出撃は1時間後。このブリーフィング後は直ぐにプリフライトチェックに移る。各自搭載武装はいつもの通り。追加の情報が本部から来たら知らせる。以上だ」ステラー隊の全員が一斉に立ち上がった。
整備班とのプリチェックが終わる頃、困った顔をしたクーパー大尉から追加の情報が入ったと言った。タブレットの画面に地図を表示させる。
「目標地点のから50km、ここだ」示す地図上のエリアが赤い円で塗りつぶされた。
「厄介な話だが、ここは"Eゾーン"だ」
クーパー大尉以外のステラー隊の面々は険しい顔になる。
"Eゾーン"、略さず表せばエレクトロニクスハザードの略で短くこう言われる。主に"遺産"に起因する電磁障害エリアで、戦闘機などで言えば常時ジャミングを受けているような状況下になる。こんな場所でベイルアウトということになれば…、まず助からないだろう。
「つまりここを通らないと目標には近づけない?」レイが言った。
「そういうことになる。このEゾーンでカメラが使えるかどうかは分からない。今まで試したこともなければ試した部隊も無い。最悪最接近してからカメラを起動するか目視偵察ということになる」
「敵がもし我々に照準してきた場合は?」
「危険だと判断したら例え目標から遠くても離脱しろ。リスクは冒せない」
不確定要素が多い今回の出撃では無理は出来ないと判断したのだろう。無言で再度タブレットの地図を確認した後チェックに戻った。
晴れ、雲は4割、風はやや強めといった空模様でステラー隊の4機は発進した。間隔を大きく開けたデルタ隊形で高度30000フィートまで上昇する。それからはクルーズだ。
長距離移動とだけあって増槽も各機2つは装備している。武装は短距離ミサイル4つのみ。万一に備えて道中に空中給油機が待機している。特に小型機であるエミリア大尉のグリペン、リューデル中尉のファルクラムなどは後続距離が短いため、増槽を装備していても足りない場合もある。さらに戦闘が重なってしまうとますます厳しいものになる。
無論、一度空中給油は行った。給油を受ける間にコックピットから風景を眺めた。今飛んでいる空には雲が無く、まさに快晴といったところだ。下を見れば緑が綺麗だった。空気が今いる基地よりも美味いのだろうな、そんなことを思った。
会話が無いままの飛行が続いた。10分くらいは飛んだだろうか。
「各機、カメラのシステムチェックを再度行え。これからEゾーンに入るぞ」クーパー大尉からの無線が入った。太ももに貼り付けてある地図と複合ディスプレイの地図を照らし合わせる。もうすぐだ。
カメラ作動。
「ステラー4、異常なし」レイは報告する。
「良し。これより無線封止する。偵察のコースはブリーフィングの通りだ。あとはカメラが上手く作動してくれることを祈ろう。全機突入」
クーパー大尉とリューデル中尉、エミリア大尉とレイでエレメントを組む。それぞれ別方向から目標に向けてアプローチをする。ビッという警告音で突入したことが分かった。レイはTARPSを作動させる。
レイはイーグルをエミリア大尉のグリペンの横に付けた。コックピットを見る。大尉もこちらを見て、”右旋回”の合図。分かるように大きく頷いた。右旋回。右足に貼り付けてある航空写真と左足の地図を照らし合わせてどこを飛んでいるのかチェックする。あと数分で見える距離に出る。レーダーを見ると案の定、ゾーンの影響なのかマスキングされていて何も分からない。なるべく大きく回って周辺の情報も確認しながら進む。道中で対空兵器があれば更に迂回する。
TARPSは起動している。HMDの照準システムとTARPSのカメラは同期していて、ヘルメットを向けた方向にレンズも動く。バイザー上にレンズが映す画面も小さく表示させる。幸いなことに、映ってはいる。ただノイズが凄い。帰投したら処理が必要だろう。
左に傾けていた機体を水平に戻す。レールガンも見えてきた。エミリア大尉が”降下”のサインをジェスチャーする。緩く降下し、徐々に高度を下げていく。地上の景色が鮮明に見えてくる。そして水平飛行へ。
レールガン砲台を中心としてだいたい20km離れた地点を反時計回りに飛行する。ゾーンの切れ目が近いのか時折ノイズがクリアになる時もある。そこから見えたのは、遠目でもくっきり見える屹立したレールガンの砲台と、復元されたであろうレーダー施設、バラバラに配置された複数の対空兵器。これ以上近づけば対空兵器にロックされかねない。ゾーンから出たくても出れない。
半周したところで遠くから機影が2つ見えた。クーパー大尉達だろう。彼らは時計回りで動いている。レーダーは使えない。どの位置にいるのかは正確には分からない、だがレイは直感で少し早いと感じた。なぜ彼らが早いのか、自分でもそれは確認のしようがないことだが、本能がそう伝えてくる。あれは敵機だ。
操縦桿を握る力を強める。エミリア大尉は気づいているだろうか。伝えたくても無線が通じるかどうか。そもそも偵察飛行中の無線封止を切るわけにもいかない。ジェスチャーをするしかなかったが、エミリア大尉は機体を傾けていてレイを見れる角度にいない。その間にも敵機と思しき機影は近づいてくる。ざっと見積もって120秒と少しだろう。向こうもこちらと同じように緩旋回している。レイは大尉より少し前に出た。
何をしているというように翼を振りながら大尉が追いついてきた。レイはジェスチャーで”敵機正面”と指でどうにかして伝えた。接触まであと60秒もない。
マスターアームスイッチに手を伸ばす。マスターアームオン。搭載武装の安全装置解除。この環境下でミサイルが使える保証もない。ガンを選択する。同時にTARPSがファイアコントロールから切り離され、操作は出来なくなる。
機体が鮮明に見えてきた。間違いなくあれはファントムとファルクラムじゃない。お互い背面を見せ合いながらすれ違う。1機は分かった。イーグルだ。レイは考えるよりも早くアフターバーナーに点火、高度を稼ぐためにハイレートクライムを行う。5秒ほどでインメルマンターン、エミリア大尉も付いてくる。敵機の方は旋回しつつこちらを探しているようだ。完全に捉えられる前にこちらが背後に付かない限りは不利だ。今は増槽を無駄に捨てるわけにいかなかった。
敵機が散会。1機が上昇、1機が反転。イーグルの方は前者だ。敵機が上がりきる前に頭を抑える。レイはイーグルを加速させた。敵機が意図に気づいてブレイク。だが捻ってこちらに背後を取られまいと下方に入ろうとする。レイは機体を180度回転、操縦桿を引いてスプリットSの機動をとる。敵機がシザース。レイは向こうより速度がある。このままではオーバーシュートしてしまう。動きというか状態が読まれている。すかさずエアブレーキを展開。急減速して引き起こし、機体をバンクさせてもう一度背後に付く。勝負はあった。トリガーに指をかける。
警告音が鳴った。敵機が照準しているというものだ。ブレイクしながら背後を見やる。ミグだ。MiG-23、いや27か。どちらかはまだ分からない。完全に気を取られてしまっていた。エミリア大尉はやや遅れてそのミグの背後にいる。それにしてもミグは撃ってこない。
すると、機首が光った。正確には発行信号だ。”ウツナ、ミカタ”だと言ってきている。味方…?しまったとレイは思った。国連軍の目視識別用の白い帯のマーキングが翼には無く、尾翼にあった。付いて来いというようにイーグルが翼を振った。暗いデザートカラーのイーグル、よく見ればそれはストライクイーグルだ。後席のパイロットがヘルメットを指差している。無線という意味だ。周波数は隊で使っているものに合わせた。
「聞こえているか。おかしいな、機長、周波数が合っていないのでは?」声がした。恐らく後席のだろう。
「そんな筈はない。もう一度やれ、まさかわざと無視しているわけじゃあるまい」こちらは前席だろうか。
「こちら国連軍・第51飛行隊のレイ・ハンター中尉」レイは呼びかけた。
「やっと繋がった。機長、どうぞ」安堵したような声で答えてきた。
「さっきは派手にやったな中尉。我々は国連軍・第28攻撃飛行隊。その隊長のジェフリー・ハリガン少佐。君たちと同じ、特別航空治安維持飛行隊だよ」
レイは同じ飛行隊ということに驚いた。垂直尾翼を見れば、ギリシャ神話の女神と思われエンブレムとUNF・SFSD・28thと書かれている。UNFは国連軍、SFSDはSpecial Flight Security Division、つまり特別航空治安維持飛行隊の略だ。言ってることは本当だ。
レイは言葉に詰まった。それ以上に、味方を本気で撃墜しに行ったことに対して自分を恥じた。一番あってはならない事だ。
「すみません少佐、先程のことは」レイは中々切り出せない。
「さっきのことは、正直言っておれも分からなかった。すれ違うまではな。バンディッツはこんな編成はしないし、目視識別用の白い帯のカラーも付けない。それで分かった。中尉の後ろにいるあいつミグが居なかったら一発貰ってたよ」
「それは…」
「あのゾーンでの友軍識別が困難なのはこちらも想定していた。中尉が誤認するのもそれは仕方のないことだ。お互い様だ。だが、もっと周囲に気を配れ。中尉の隊長にもきっと同じことを言われてるだろう。もし俺たちが敵だったら今頃中尉は死んでるぞ。あのグリペン、エミリア大尉だったか、もあの状況では間に合わずに落されるのを見守るだけだ。敵だけを見るな。常に僚機との距離を図れ。突っ込むのはそれからだ」
全くその通りだ。何も言えずにやはり黙るしかない。
「ここに居たのか」クーパー大尉の声がした。
「空域を離れて行く編隊を見たからなんだと思ったが….なんでここにいる」
「それはこちらのセリフでもあるぞライアン」やや険しい声でハリガン少佐が聞く。
「ここの偵察は我々第51飛行隊の任務だ。まさか知らなかったとは言わせないぞジェフ」
「どうやらそのまさかだな。だがそれはお前も同じだろう。まさか知ってて・・・・来たわけじゃあるまい。いきなりあのデカブツまで飛んで偵察してこい、それだけだった筈だ」
「確かにそうだ。友軍の事も何も知らされてない。だがそうなると司令部がわざと伝えなかったのか?」
「それは分からないね。帰ってみないことには」さぞ知らないと野暮ったい言い方で答えた。
「二機で来たのか」
「いいや。もう二機は空中給油中だ。そろそろ戻って来る頃だな。俺たちは先に帰らせていただく。所定の時間を2分も過ぎてるからな。あとライアン、お前のとこの若い奴、中々面白い。ちゃんと磨いておいてやれよ」
「言われるまでもない。さっさと行けよ」クーパー大尉は疎ましい感じに言うが楽しそうだった。
彼らの二機は高度を上げながらアフターバーナーに点火して去っていった。
「ところでレイ、何があった?エミリアも」
一連の事情説明だけで帰路はあっという間に過ぎていった。
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