落語 初夢
紫 李鳥
落語 初夢
えー、
一席、お付き合いを願いまして。
ここで、謎かけを一つ。
焼き餅の焼きすぎ。って、なんだかよく分からねぇが、ま、口から出任せ、あなたにお任せってことで、ご勘弁を願いまして。
えー、正月ってことで、めでてい
昔の正月ってぇと、歌の文句じゃねぇが、
他にも、
昭和の頃は正月ならではのイベントが
えー?
「明けましておめでとうございます」
なんて、
「どうも、おめでとうさんです」
なんて、言葉を返して新年の
ま、うめえもんを挙げたら切りがねぇから程々にしとくが。
こたつに入りながら雑煮やらおせちやらを食った後は、テレビを観ながらみかんを食うってぇのが正月の定番だ。
えー、ここいらからちっとばっかり話が変わるんで、遅れねぇようについてきておくんなせいよ。
タマはぽかぽかのこたつ布団からちょこっと
一方、番犬のポチは暖房のねぇ吹きっさらしの犬小屋で身を丸め、
「……ったくよ、なんでこんなに差があるんでぇ。不公平じゃねぇか。ブルブル……」
って
凍死寸前の状態でブルブル震えながら、犬歯でガチガチ歯音を立てて、まんじりともできず、夢だかうつつだか分かんねぇ状態でうとうとしてる有り様だ。
反抗するかのように、嫌がらせに知らねぇ客が来ても教えねぇでいると、
「客が来たら吠えなさいよっ、この役立たずっ!」
なんて、お
「うわわ~~~ん」
なんて、反省の色と反抗心をミックスした玉虫色の鳴き声でご機嫌を
「今度吠えなかったら、飯抜きだからねっ!」
って、あまりにも非情なお言葉。
あ~、神様、仏様、こんな哀れなおいらを一度でいいから、ホカホカ、ポカポカにしてやっておくんなせい。頼んますぅ。グスッ……。
信仰心の
するってぇと、
「これこれ。ポチとやら起きなされ」
じじいの、のんびりした声が聞こえた。
「ムニャムニャ……」
ん? レム睡眠に訪れる夢ってぇ奴かぁ?
夢だと思ったポチは、目を開けるのをやめるってぇと、その夢の続きを見ることにした。
「さあ、ポチ、わしと一緒に来なされ。ホカホカ、ポカポカに案内しよう」
「えっ! マジで? やりーっ!」
やっぱ、お願いしてみるもんだなぁ。縁起のいい夢じゃねぇか。と、夢だと思い込んでる夢ん中に夢中だ。
杖をついた長い
目の前には、ふわふわ、ぷかぷかの雲なんか浮かんじゃって、山の向こうからは朝日が昇り始めてるじゃねぇか。
「どうじゃポチ、きれいじゃろ?」
「美的センスがねぇんで専門的なことは分からねぇが、ま、青い空を赤く染める太陽だ、彩りは悪くねぇなぁ。ちっとまぶしいが」
「初日の出と言ってな、縁起のいいものなんじゃよ」
「ほう、そうですかい。どれ、願い事でもしてみるか」
パチパチ!
前足で
「えー、ポチと申す、しがない雑種でございます。毎年この時期になりますと、凍死状態でありまして、“生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ”でして。どうか、一度でいいからホカホカ、ポカポカを体験させてやっておくんなせい。頼んます。パチパチっと」
ポチはそう言って、もう一遍柏手を打つとお辞儀をした。
「ポチ、どうじゃ、ホカホカ、ポカポカになったかのう」
「えー? なるわけないっしょ。ここは山のてっぺんじゃないっすか」
「何事も気の持ちようじゃ。修行が足りんのう」
「エッ……修行って?」
「ホカホカ、ポカポカになるための修行じゃよ」
「げっ。何するんですか」
「この山を下っては、また登るんじゃ」
「えー? ……そんな。グスッ」
あまりにも予想と違う夢の内容にポチは絶望するってぇと、夢から覚めるために後ろ足で頬っぺたをつねってみた。
「イッツ」
ところが、痛いだけで状況はちっとも変わらねぇ。同じ雲に、同じ朝日。そして、同じじじい。嗚呼、神様、あんまりじゃねぇですか。こんな過酷な仕打ちを受けるぐらいなら、まだワンルームの凍死状態のほうがマシです。どうか、元に戻しておくんなせい。グスッ……。
「ほら、ポチ、早くしなされ」
「は、はい」
仕方ないや、と
下ったはいいが、登るのは無理だ。
「はぁはぁはぁ……」
荒い息と共に、その場に倒れちまった。
……もう駄目だ、登れねぇ。このまま逃げるか。そんな
「ポチ殿」
バスバリトンのいい声が聞こえた。
「エッ?」
ポチがキョロキョロするってぇと、
「上です」
と、また低音のいい声だ。ポチが見上げるってぇと、大きく翼を広げた鷹が羽ばたいてるじゃねぇか。
「どうぞ、
鷹はそう言って、滑空してきた。
「かたじけのうござる」
って、ポチまで武士言葉だ。
「さあさあ」
「では、お言葉に甘えて」
ポチは鷹の上に乗ると、抱きついた。
「それではポチ殿、参りまする」
「お頼み申す」
ポチを乗せた鷹は、羽ばたきながら空高く飛び立った。
「うひょ~、飛んでるぜぇ。気持ちい~」
初体験の飛行に大喜びだ。
……苦あれば楽ありかぁ。ポチがそんなことを思ってると、あっという間にてっぺんに到着だ。
「ポチ殿、ここからは歩いてくだされ」
「ははー、承知いたし
「さらばじゃ」
鷹はそう言って飛び去った。
ポチは全速力でじじいの所まで走った。
「はぁはぁはぁ……」
息を荒げて戻ると、
「ポチ、お帰り。速かったのう。どうじゃ、ホカホカ、ポカポカになったかなぁ」
じじいはのんびりと言った。
「ええ、確かになりましたよ。走りゃ、誰だってポカポカになりますよ」
「なったかぁ。では、帰ろうぞ」
ったく。走るだけなら犬小屋の周りでいいじゃねぇか。わざわざこんな山のてっぺんに連れて来なくてもよぉ。
「ポチ、いま修行をした山は富士山と言ってな、日本一の山なんじゃよ」
「そうですかい、そうですかい。犬のおいらには別に関係ないっすけどね」
「ま、そうかも知れんが、縁起のいい山だと言うことを覚えておきなされ」
「はい、はい」
ポチは雲ん上を歩きながら生返事だ。
「それじゃ、いい夢をの」
じじいはそう言って、雲ん中に消えちまった。
気がつきゃ、再び吹きっさらしのワンルームん中だ。
……ったく、何がホカホカ、ポカポカだ。あ~腹減った。ポチは空腹と寒さから、また凍死状態の眠りに入っちまった。
「――ポチ、新年、おめでとう」
ん? なんだ? いつも
「ポチ、ほら、お食事よ。分厚いサーロインステーキに、おやつはビーフジャーキーよ」
……ウソだろ? マジかよ。うわ~、うまそ~。ガブリッ! ガブリエル。ムシャムシャ……
「皆様、明けましておめでとうございます」
なんだなんだ? ……これがかの有名なテレビって奴か? 一人で喋ってるぜ。
「――どんな初夢を見ましたか? 縁起がいいとされる夢が、
ん? ……富士も鷹も夢で見てるじゃん。……げっ、縁起のいい夢だったんだぁ……。あ~、うまかった~。満腹、満腹っとぉ。
ピンポ~ン!
アッ、客だ。おいらの出番だ。
「ワンワン!」
やっぱ、うまいもんを食うと、“吠え”の質が違うねぇ。自分で言うのもなんだが、惚れ惚れするいい吠え方じゃねぇかぁ。ましてや、ホカホカ、ポカポカの室内だ、喉もうなるってぇもんだ。クッ。
「これはこれは、
「おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。まあ、可愛いワンちゃん」
……なぬぅ、ワンちゃんだ? ちょっと
うひょ~、かわい~。おいらのタイプだぜ。
「お名前は?」
「ナスビです」
ん? ……ナスビ? ふじ、たか、なすび。これで全部出揃ったじゃねぇか。
「これ、ポチくんにお年玉です」
えーっ! おいらにお年玉って。ナスビを?
「まぁまぁ、ありがとうございます。ポチも喜びますわ」
これがホントのポチ袋ってか? こりゃあ、春からめでていや。
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____幕____
落語 初夢 紫 李鳥 @shiritori
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