第3話 未来志向
部活をサボるのは久しぶりだった。
1年の時、選手権予選の後からは真面目に部活に取り組んできた。俺もあのピッチに立つために。
「久しぶりにあそこに行くか」
電車に乗って2駅。
ちょっとだけヤンチャだった中学時代、俺は自転車に乗って毎日のようにこの街にきていた。
目的地は全8部屋のワンルームマンションだ。
。赤いレンガの外装の1階の手前の部屋のインターホンを押そうとしたら背後から声をかけられた。
「亮人!」
懐かしいその声に振り返ると、そこには制服姿の
「よう、久しぶりだな。まだこんなところに来てるのかよ」
胸に飛び込んできた響子を抱きとめながら話しかけると、潤んだ瞳で見つめられた。
「たまたまよ。こんなとこ頻繁にくるわけないでしょ?」
拗ねたような表情で反論してくる美女になんとも言えない欲望を駆り立てられる。
『ガチャ』
欲望のまま響子に触れようとしたその時、部屋の中からこのマンションのオーナーの
「聞こえてるぞ響子。こんなところは失礼だな。毎日ストーカーのように遠くから亮人がくるの待ってたくせによ」
「ちょ、ちょっと龍さん。それは内緒にしてくれる約束!」
「うん?知らねぇな。ところで亮人、ここで会うのは久しぶりだな。女遊び解禁か?」
龍兄は一回り年上の幼馴染の兄ちゃんだ。俺は喧嘩の仕方や女の口説き方など悪いことを中心に色々教え込まれてきた。このマンションの管理は祖父から引き継いだらしいのだが運用方法が最悪だ。
このマンションは通称『やりマン』。
まあ学生向けの連れ込み宿みたいなものだ。
コンドーさんは各自で用意。1コンドーさんにつき1時間1000円で利用可能。相手がいないやつはこの管理人室でマッチング。女が男にOKをならば利用可能だ。
響子とはそのマッチングで出会った。
お互い中学3年の夏。
お嬢様の響子は受験勉強のストレスからここに行き着いたらしい。ちなみに俺が初めての相手だったみたいだ。
「ああ、そこまで真面目になる必要なかったみたいだ。なんか馬鹿らしくなってきたわ。龍兄、中に誰かいる?」
龍兄にマッチング待ちの女がいないか確認すると、響子が俺の腕を引っ張って無理矢理キスをしてきた。
「龍さん、朝までお願い」
「おい、響子。お前とするなんて言って—」
「ほい、毎度あり〜。201が空いてるから使いな。良かったな響子」
「うん。ありがとう龍さん」
俺の意思は全く無視らしい。
結局、響子には朝まで突き合うハメになった。
♢♢♢♢♢
亮人先輩が部活をサボった翌日。
朝練に先輩の姿はなかった。
「小林さん。亮人から連絡きてるか?」
練習中に彬先輩に聞かれたので私は首を横に振った。
「そっか。大会前のこの時期に何やってやがるんだ」
彬先輩の苛立ちの言葉に私はいたたまれなくなった。亮人先輩がこない原因を作ったのは間違いなく私。誰よりも練習熱心な亮人先輩がこないなんて相当怒っているに違いないだろう。
「彬先輩、私ちょっと連絡してきていいですか?」
「ああ、頼む」
私は部室に戻り亮人先輩に電話をしたが虚しくコール音が鳴り響くだけで、やがて留守電に切り替わった。
仕方なく妹の音に連絡をするとほぼコールなしで出た。
『もしもしお兄?どこにいるの?』
いつもは落ち着いてる親友の慌てた声に緊張感を覚えた。
「もしもし音、私。美琴だよ。どうしたの?」
『琴?ごめんお兄かと思って。あっ!お兄は?お兄は練習きてる?昨日から帰ってきてないの。連絡もとれないし』
「……きてない。私も音に先輩のこと聞きたくて連絡したの」
最悪の事態が頭をよぎり思考がまとまらなくなってきた。
『昨日のことは咲から聞いた。とりあえず私も急いで学校行くから詳しいことを聞かせて!』
♢♢♢♢♢
「えっ?別にいいと思うよ」
俺が部活でのことを響子に話すと不思議そうな顔でこう言った。
「だって好きな子のために頑張ろうって思えるの素敵だと思うよ?きっといつもより頑張れると思うな」
「結果次第ってか」
「うん。それでいいんじゃない?きっかけなんてなんだっていいじゃない」
響子の言葉がやけに俺に響いた。
「さすが響子だな」
「ふぇ?」
お礼に手持ちのコンドーさんを余すことなく使った。
♢♢♢♢♢
私が入部した翌日。
朝練にこなかったりょうちゃんは夕方の練習には顔を出した。
「亮人先輩……」
琴も責任を感じてたらしく、りょうちゃんの姿を見て泣いていた。
「琴、私のせいでごめん」
「咲ちゃんのせいだけじゃないから」
昨日、琴は翼くんが好きだとりょうちゃんに話したらしい。きっとそのことがりょうちゃんの逆鱗に触れたと思ってるんだろう。
「よし、今日はここまでな」
平田先輩の声がグラウンドに響くが、全体練習が終わってもみんな居残り練習をしていくのが当たり前になってるらしい。
そんな中、
「おつか〜」
りょうちゃんは1人さっさと帰り支度をしていた。
「え?おい、亮人。帰るのか?」
慌てた平田先輩が声をかけたけど、りょうちゃんは片手をひらひらさせて帰って行った。
♢♢♢♢♢
「りょうちゃん!」
練習が終わった私は直接りょうちゃんのところへ行った。
「お前、何度言えばわかるんだ。勝手に入るなって言ってるだろ」
椅子に座り雑誌を読んだままのりょうちゃんが私を見ることなく手で追い払う仕草をするが、私はお構いなく近づいてこっちを向かせるために肩に触れようとした。
「きゃっ!」
肩に触れる寸前にりょうちゃんが向きを変えて、そのまま私をベッドに押し倒した。
「お前、男の部屋に入るってことがどういうことかわからせてやろうか?」
今までに見たことのないその表情に私は恐怖を覚えた。
「お兄!帰ってき—、て何してるのよ!」
その時、帰宅した音がりょうちゃんがいることに気づいて部屋に入ってきた。
「お前も勝手に入ってくるなって何度言えばわかるんだよ」
りょうちゃんは私を力づくで立たせると、そのまま音の方に押しやった。
「早く出て行けよ。さもないとさっきの続きをするぞ」
その表情は先程から変わることなく、怒りを露わにしていた。
そんな表情をさせたのは私。
音を部屋の外に追い出して私は鍵をかけた。
「ちょっと咲?開けなさい!」
扉を叩く音に「ちょっとだけ待ってて」と言い、りょうちゃんと向き合った。
「好きにしていいよ」
「は?」
ベッドに腰掛けて呼吸を整えた。
「こんなはずじゃなかったのになぁ」
思わず声に出してしまったけど、りょうちゃんは気にしてないみたい。
「りょうちゃん」
私は意を決して話しかけた。
「……なんだよ」
「私は小さい頃からずっとりょうちゃんのことが好き。恥ずかしくて素直になれなくて翼くんが好きって嘘ついてたの。そのせいでみんなに迷惑かけちゃった。ごめんなさい」
私は立ち上がって頭を下げた。
「今すぐに許してなんて言わない。だからこれからの私を見て欲しいの。みんなにちゃんと償っていくから、りょうちゃんにも見ていて欲しいの。お願いします。私にチャンスを下さい」
暫しの沈黙が流れた。
りょうちゃんが怒っているのか呆れているのか頭を下げている私にはわからない。
「……結果次第ってか」
「えっ?」
「なんでもねぇよ。で、好きにしていいんだったよな?」
再びベッドに押し倒された私は首を縦に振った。
「ふ〜ん。ま、お前が遥を好きなのかどうかはどうでもいいや。言質も取ったしな」
りょうちゃんの顔が近づいてきて私のファーストキスを奪っていった。
「お前初めてだろ?これくらいで勘弁してやるよ。後は結果みせろよ」
りょうちゃんは私の頭を撫で回した後、部屋を出て行った。
「うん、頑張るから。りょうちゃん見ててね」
♢♢♢♢♢
「いけ〜翼くん!」
選手権大会県予選決勝、私達3年生にとっては最後の大会。
スコアレスで迎えたアディショナルタイム、右サイドをワンツーで抜け出した翼くんが角度のないところから意表を突いたシュートがネットに突き刺さった。
「やった〜!」
決勝戦で敗れた2年前のリベンジ、私達は初めての全国の切符を手に入れた。
観客席からベンチを見ると手で顔を覆っている琴がいる。
その隣には拳を突き上げてよろこんでいるコーチの姿。
「りょうちゃん!」
私は観客席を駆け下りてコーチに抱きついた。
「結果出したよ!」
私だけの力じゃないけど、私達の力で出した結果。
「ああ、やったな咲!」
歓喜の渦の中、私は素直な気持ちを伝えた。
「りょうちゃん、大好き!」
私達の未来はこれからだ!
天邪鬼の幼馴染は素直になれない yuzuhiro @yuzuhiro
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