第2話 すれ違い
「わりぃ、職員室に呼び出されてた」
部室に入ると浮かれたような空気を感じた。
「遅かったな亮人」
人口密度が高い!
この時間でグラウンドに人がいないってどういうことだ?
自分のロッカーに辿り着いたところで答えがわかった。
人垣の中心にここには似つかわしい女子がいる。
「亮人、小林さんが新しいマネージャー連れてきてくれたぞ。お前の幼馴染なんだろ?」
みんなが浮かれてた原因は咲がマネージャーになったことだったか。
「人手不足だからって相談したら手伝ってくれるって言ってくれたんですよ」
全く、お前の仕業かよ小林。
「はぁ、何言ってやがる」
ため息混じりの俺の言葉に場が凍りついた。
「べ、別にりょうちゃんのためじゃないんだからね!す、少しでも翼くんのサポートを」
「か・え・れ!」
俺はあえて語気を強めて咲に言った。
「な、なんでよ!」
真っ赤な顔で詰め寄ってくる咲を無視して彬と小林に視線を向ける。
「彬!小林!お前らどういうつもりだ!この前3人で話し合ったこともう忘れたのか!」
あれは先月の話。
遥のタオルを誰が持っていくかで喧嘩を始めた1年生マネージャーをバッサリ切った後のこと。唯一1年生で残った小林、部長の彬と俺の3人で今後、遥目当てのやつは絶対に入部させないと取り決めていた。
「えっ?いや、勿論覚えてるぞ?でもそれは遥目当ての女子がだめって」
「だからダメだって言ってんだよ!今だって遥のサポートのためって言ったろ?却下に決まってるだろ!小林!お前もボケたことしてるなよ!」
プライベートならまあ我慢してやる。
でも部活まで邪魔されてたまるか!
「いいか?俺たちはラストチャンスなんだよ。一丸となって練習する必要があるんだよ!そんな中に下心丸出しのやつを入れて問題起こされたくないんだよ!わかったらさっさと帰りやがれ!」
言い過ぎだっていう自覚はあったが、今までに溜め込んだ鬱憤もあったため、一気に吐き出してしまった。
「せ、先輩」
みんなが沈黙を貫くなかで小林がおれの前に出てきた。
「なんだ!」
興奮状態の俺に気を使う余裕なんて一切なかった。
「少しだけ先輩と2人でお話しさせてくれませんか?」
「話があるならここでしろよ!みんなに聞かれて困るほどやましい話か?」
小林は俯いたままで首を横に振った。
「やましいことじゃないです。けど私以外の人にも迷惑がかかってしまう可能性があるので、先輩には申し訳ないんですけど少しだけ私に付き合ってください」
「チッ!」
舌打ちした瞬間、咲と小林の身体がビクッとなった。
「大会前の大事なときに無駄な時間取らせやがってなんのためにダッシュで部室にきたと思ってやがる」
「すみません。少しでいいんです。後でどんな罰も受けますから、お願いします」
表情から怯えてるのがわかる。
それでも俺にだって譲れないものがある。
誰もが憧れる冬の選手権。
俺だって下手くそなりに頑張ってきたんだ。
だからこそ、色恋沙汰なんかで邪魔されたくはないんだ。
「あ、あの先輩。少しくらいならエッチなのも……」
こんな雰囲気でも戯言が言える小林は心臓に毛が生えてるに違いない。
「ちっぱいに興味ねぇよ」
戯言には戯言を。
まともに相手をするつもりはないが、涙目で訴えてくる小林から目が離せない。
少し離れたところでは咲が両胸を持ち上げるようにしていた。
「もう!いいからきてください!」
小林は俺の背後に回り込んで背中を押して外に連れ出した。
「そ、そのまま体育館の横まで行ってください。こ、告白の聖地です」
「はぁ?もうどこでもいいだろ」
「だ、だめです!早く行ってください」
力のない小林は俺の背中を押すことを諦め、追い越しざまに手を握り引っ張っていった。
「はあはあ。誰もいなくてよかったです」
目的地に着くと小林は息も絶え絶えで膝をついていた。
「で、こんなとこでなんの話があるんだよ。告白じゃないってことくらいは俺にだってわかってるからな」
そう。これまでのやり取りでこいつが俺に恋心を抱いてないことは承知している。
だからこそこんなところに連れてきた意味がわからなかった。
「先輩。私ここで、翼くんに告白しました」
「はい?」
間髪入れない小林の告白に俺は間抜けな返事をしてしまった。
「私、翼くんとは小学校から一緒でずっと好きだったんです。だから高校入ったら告白しようって。翼くんも大事な大会があるから返事は待ってほしいって言ってました」
「お、おう」
あいつも真剣にサッカーに取り組んでいるのは練習態度を見てれば一目瞭然。
「先輩。咲ちゃんは翼くん目当てじゃありません」
「は?いや、あいつ自分で言ってたじゃん」
「私からはこれ以上言えません」
「えぇ〜」
思わせぶりな態度で中途半端な!
「で、私もクビですか?」
「は?」
「翼くん目当ての私もクビですか?」
真剣な表情で真っ直ぐに俺を見る小林。
緊張しているのだろう、身体が震えている。
「まてまて、お前たしか遥より先に入部したよな?それにあれ以前に入部している人間は関係ないだろ」
「告白したのはあれ以降なんです」
また面倒な言い方しやがって。
「何、お前辞めたいわけ?」
不毛なやりとりに嫌気が差してきた俺は少し突き放した言い方をした。
「辞めたくはありません。でも先輩が辞めろと言えば辞めます。これまでの数ヶ月でそれなりに仕事振りを評価してもらっていたと思ってましたがそれも無視して辞めろと言うのであればいる意味ありませんから」
♢♢♢♢♢
賭けだった。
部長は彬先輩だけど実際にサッカー部を取り仕切っているのは亮人先輩だ。
それ故に先生や他の部員からの信頼は厚い。
一緒に入部した同学年のマネージャーがクビになった中で、私は仕事振りを評価され亮人先輩に信頼されていろいろな仕事を任せてもらっていた。
私はいまそれを盾に親友を守ろうとしている。
「咲ちゃんは素直になれなくてあんな言い訳しただけです。だから仕事もしっかりやってくれるはずです。翼くん目当ての私が残って、
先輩の表情は明らかに不機嫌なものになっている。正直に言って逃げ出したいくらいに怖い。身体も声も大きい先輩はこれまでの私にとっては苦手な部類の人間だった。でも部活を通して不器用だけど思いやりも優しさもある人だということに気がついた。咲ちゃんのことがなければ好きになってたかも……、ううん、実は翼くんと同じかそれ以上に好きになってきている。
それ故に怖い。
怒られるのが、じゃなくて嫌われるのが怖い。
「一つ確認だ」
「……はい」
緊張で喉がカラカラになってうまく言葉が出ない。
「咲を受け入れなかった場合、お前も辞めるつもりか?」
本心で言えば辞めたくはない。
でも私は……
「はい」
沈黙が生まれた。
きっと、数秒だったはず。
でも、私にとっては数時間にも感じられるくらいの空白。
「チッ」
俯いていたので表情は見てなかったが、明らかに不機嫌な舌打ち。
「結局みんなその程度だったわけだ」
「え?」
どういう意味だろうか。
その程度?
「あの先輩—」
言葉の意味を問いかけようとした矢先、先輩の言葉に遮られた。
「咲はお前が面倒みろ」
「あ、はい」
先輩は地面に置いてあったバックを肩にかけて行ってしまった。
♢♢♢♢♢
『ガチャ』
扉が開く音で騒然としていた部室に沈黙が訪れた。
「お待たせしました」
「琴!」
りょうちゃんと共に出て行った琴が難しい表情をしながら帰ってきた。
「咲ちゃんお待たせ。とりあえず承認してくれたよ。私が教育係ね」
私の顔を見るとにっこりと微笑んでくれた。
「嘘?本当に?」
先程のりょうちゃんの態度からして怒鳴り帰されるのがオチだと思っていた。
「一応、信用してもらってたからね」
「さすが琴だね」
私はこの大逆転に興奮して琴に抱きついた。
「小林さん、グッジョブ!で、負け犬のりょうは?」
琴のすぐ後にでも戻ってくるだろうりょうちゃんが帰ってこない。
「えっ?私よりも先に着いてると思ってたんですけど。怒って帰っちゃったのかもしれないです」
怒って?
抱きしめていた琴から少し距離を開けた。
「渋々OKだから、ね?」
「……うん」
さっきのやり取りを聞いていればわかった。
招かれざる客である。
それでも私は動かなくてはいけなかった。
幼馴染を卒業して、りょうちゃんの彼女になるために。
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