天邪鬼の幼馴染は素直になれない

yuzuhiro

第1話 天邪鬼

選手権予選を控えたある日。

いつものように俺たちは練習に明け暮れていた。


「しゃあ〜。おい!んな簡単に転がるな!」


「すんません」


俺たち3年生にとっては最後の選手権。

過去2年はベスト8の壁を越えられずに地区予選で敗退していた。

しかし、今年は違った。

インハイ予選で初の決勝進出を果たした。

結果は準優勝だったがそれなりの手答えを感じた。

その原動力となったのが今、俺に吹っ飛ばされた遥翼はるかつばさ

中学時代に県代表として全国大会に出場した中学のエースだったゲームメーカーだ。

俺たち2、3年生は守備的な選手が多いためカウンターが主流だった。

しかし、こいつが加入した今年は中盤でタメを作れるようになり攻撃のバリエーションが増えた。


増えたんだよなぁ、攻撃のレパートリーが。

増えたんだよなぁ、口撃のレパートリーが。


「ちょっとデカいの!翼くんになにするのよ!」

「翼くんがモテるからってドサクサに紛れて八つ当たりするな!」

「翼く〜ん。意地悪な先輩に負けないで〜」

etc.


亮人りょうと、相変わらずヒールが様になってるな」


練習後、俺に話しかけてきたこいつはキャプテンでボランチの平田彬ひらたあきら

中学からの俺のチームメイトだ。

ちなみに俺は川又亮人かわまたりょうと。副キャプテンでポジションはセンターバックだ。


遥の才能に目をつけた俺たちは、4月から遥中心のチーム作りをしてきた。

しかしながら、インハイ予選では小柄な遥をフィジカルで封じられてしまったために、俺たちは徹底的に対策を講じてきた。

その相手に抜擢されたのが俺だった。

182cmのセンサーバックの俺は遥の特訓相手には最適だった。


うん。最適なんだよな。


しかし!

しかしだな?

誤算があったんだよ。


インハイ予選を準優勝に導いた1年生エース。

小柄だが整った顔立ちのイケメン。

そんな遥をフィジカルで痛めつける俺。

ファンクラブがあると言われてる遥の応援にくるやつは容赦なく俺を罵倒する。


一応、俺3年生だぞ?

君たちの先輩だそ?


まあ、声に出して罵倒されるのは練習中だけで、学校内ではひそひそと陰口を叩かれる程度で済んでるけどな。


うん。それくらいは許せる。

俺はでっかい男だからな。


「先輩お疲れ様でした」


「お、小林ありがとう」


彼女は1年生マネージャーの小林美琴こばやしみこと。俺の唯一の癒しだ。

今年入ってきたマネージャーは5人。

だいたいのやつが遥目当てだが、小林は分け隔てなく接してくれる。

おっとりとした性格で笑顔一つで俺たちを癒してくれるヒーリングスポットだ。


「先輩も人がいいですね」


「えっ?」


「チームのために罵倒されても我慢してるじゃないですか」


「まあ、結果が出ればこれくらいな。俺たちは最後のチャンスだし。夢を見れるくらいまで引き上げてくれたのはあいつだからな」


「翼くんも納得してくれてますからね。でも先輩、そのおかげで女子に嫌われちゃってますよ?」


うん、それがなくてもモテないからね。

問題ないよ。

虚しくなるから言わないけどね。


「まあ、ね。知らないやつは陰口くらいだからいいよ。知らないやつはね」


項垂れながら呟く俺に小林は「ああ」と苦笑いした。


「咲ちゃんは、まあ我慢してあげてくださいよ」


「はあ、まあな」


♢♢♢♢♢


自宅に戻った俺は晩飯まで自室で勉強をしていた。部活に熱中するあまりに受験勉強で周りに遅れをとっているために少しの時間も無駄にできない。

大事なことなのでもう一度言う。

時間を無駄にできない。


『バンッ!』


「りょうちゃん!今日の部活なによ!また翼くんいじめてたでしょ!」


勝手に家に入ってきて、勝手に俺の部屋の扉を開けたこいつは同じ高校に通う1年生の木下咲きのしたさき

隣の家の住人で俺の幼馴染。

そして遥のファンだ。


「で・て・け!」


俺は視線も動かさずに扉を指差して言った。

まあ、これが無意味なことだと俺は経験で知っている。

咲は俺の言葉を無視して近づいてくると、俺の顔を両手で掴み自分の方に向けさせた。


「人の話を聞くときはちゃんとこっちをむきなさい!」


「聞かねぇから向かないんだよ。勉強してるんだから邪魔すんな!」


このやりとりはほぼ毎日している。

ほぼ日クレームだ。


「後輩いじめて恥ずかしくないの?そんなんだから陰口叩かれるんだよ!幼馴染として翼くんに申し訳ないよ!」


この遥フリークは俺に正面切って文句を言う唯一の人物だ。


マネージャーの小林とは仲良しだと聞いている。

なぜ?

あの天使とこの悪魔が仲良いとは。

世の中はカオスだと言わざるを得ない。


「聞いてるの?」


顔の角度を変え、耳元でギャーギャー騒ぎたした。


「うっせー!チーム事情を部外者に話す必要ねぇだろ!受験勉強の邪魔すんなって毎日言わせんなよ!」


「毎日同じことしてるからでしょ!誰も言わないから私が注意してあげてるんでしょ!」


「お前には関係ないんだから—」


『ガチャ』


お互いに罵り合っていると不意に部屋の扉が開いた。


「お兄も咲もうるさい」


気怠そうに部屋の入り口に立っているのは妹のおと


「ちょっと音!またりょうちゃんが翼くんをいじめてたんだよ?全然反省してないんだよ?」


「……咲。あんたもいい加減にしないと逆効果だって—」

「あ〜!あ〜!あ〜!音、アイス食べたくない?ちょっとコンビニに行こうか?奢ってあげるよ?」


突如慌てた咲が音の背中を押して出て行った。


「やっと嵐が去ったな」


静寂を取り戻した部屋で俺は机に向き直した。


♢♢♢♢♢


「ねぇ咲、あんた何がしたい訳?どう考えても逆効果よ?」


コンビニからの帰り道、アイスを頬張りながら音からジト目を向けられた。


「ううっ、ごめん」


「あれでもお兄受験生だからね?これ以上続けるならあんた出禁にするよ?」


「そ、それは……も、もう邪魔しないから出禁は勘弁して」


お隣の川又家はおばさんから出入り自由の許可をもらっている。


「そろそろ素直にならないと手遅れになるよ?遥のせいでお兄が女子を敵に回してるのはわかってるけど、琴みたいにかわいくて理解のある子がそばにいるんだから単純なお兄ならコロっといくかもしれないよ?」


「だって。意識しちゃってから普通に話せないんだもん」


「だからってあんな態度はどう考えても逆効果よ?きっとお兄は嫌われてると思ってるよ?」


「でもでもでもね?話せないんだもん。恥ずかしいんだもん!」


「じゃあ諦めなよ。普通に話せない人となんつ付き合えないでしょ?」


正論だ。

音が言うことは正しい。

でも理屈じゃないのよ。

好きだって意識すると身体が熱くなって、緊張しちゃうんだもん。

恋する乙女は理屈じゃないのよ!


「あれ?あそこにいるの遥と琴じゃない?」


「ん?そうだね」



「翼くん、いつになったら返事くれるのかな?」


「美琴……」


「ダメならダメって言って?私だって恋人とイチャイチャしたいのよ?」


「せめて、せめて選手権予選が終わるまで待ってくれないか?先輩達が頑張ってる中で俺だけがお前と付き合うとチーム内に亀裂が入るといけないから」


「わかった。じゃあこの前の告白は忘れて?その時に私のことを考えてくれてるなら翼くんから告白してよ」


「わかった」


「その時にOKとは限らないからね?亮先輩みたいに素敵な人もいるんだからね?」


「……ああ」



「お、お、お、お、音?聞いてた?」


「お〜、遥のやつまだ返事してなかったのか」


「ふぇ?知ってたの?」


「知ってたの?ってあんた。一緒に聞いてたよね?翼くんに告白しちゃった。ポッて言ってたよね」


記憶を遡ってみるが思い出せない。


「あんた、この前3人でお茶しに行ったでしょ?」


「ん〜?ん〜?ん〜?あっ!はいはいはい。ありましたありました。言ってたね。全然気にしてなかったよ」


「はぁ、仕方ない。私はお兄の幸せのために琴に遥を諦めさせるか」


その言葉に私は固まった。


「じょ、冗談だよね?音は私の味方よね?」


「さぁ〜ね?私はお兄の味方よ」


「わ、私がりょうちゃんを幸せにするもん」


音がニヤリと笑い私を問い詰める。


「わかったわ。明日からのあんたに期待してるからね」

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