2 新幹線・車内(夜)

 出雲大社で起こった異変の報告書を纏めた鈴木は、Outlookを立ち上げ、メールに添付後、上司である伊藤へと送信した。


 伊藤は鈴木が所属する御陵衛士ごりょうえじの分隊長である。もうすぐ五十歳になる伊藤は、頭髪も薄く、ヨレヨレのスーツを着た、猫背の男だった。オヤジ臭く、冴えない見た目の伊藤だが、周りからの人望は厚い。年末の忘年会のときには、「いやいやいやいや、こんなね、お座敷頂いちゃって、もうね、身に余る光栄って奴で」と伊藤が登場すると、「伊藤分隊長!」御陵衛士の隊員全員から拍手が上がった。

「どうもどうもどうも。今日もね、家を出るとき、女房に忘年会で落語をするんだ、って言って来たんですけどね、ああそう、としか言わないんですよ。全く、女って言うのは亭主のコトに興味がないんですかね。ま、たまには誰の稼ぎで食ってるんだ、なんて言ってみたいもんですが、そんなコト言っちゃうと遅く帰ってきたときに台所に何も無いなんてコトになるんで言いませんけどね、ええ、言いませんとも。大事な奥方様ですから。なにせ奥なわけですから。家を守るのが女の役目、外をいずり回るのが男の役目、とまあ天地開闢てんちかいびゃくの頃から決まってる訳で。ああ、いけませんね。近頃はこんなコト言っちゃうと差別だなんだって怒られちゃうんだ……」と披露した落語は、「分隊長最高!」「アンコール!」と隊員たちから喝采が飛んだ。


「さて、本来なら外部に漏らすべきではないのだが……」鈴木はOutlookを閉じずにもう一通、メールを送る準備をした。

 メールの宛先は箭杜氏真理やとうじまさとし

 箭杜氏は、特に秘匿された歴史の研究者で、独特な地位を築いている異端の日本考古学者である。彼の独自の調査方法は一部から、遺跡荒らしと陰口を叩かれているらしいが、その独自の切り口で書かれた論文に鈴木は感銘を受けた過去がある。それ以来、鈴木は箭杜氏に一目を置いている。

「始まりましたよ。箭杜氏さん。地の神様たちの復讐が……」鈴木がメールを送信し終わった瞬間、車内の電気が一斉いっせいに消えた。


 一瞬何が起きたかわからなかった。

「どうした?」

 ただ不思議なコトがあった。消えているのは車内の電気だけではなかった。今年の四月に御陵衛士たち全員に配られてから、まだ一月ひとつきも経っていないノートパソコンの電気まで消えていた。

 それにおかしな点は他にもあった。こんなトラブルが発生したというのに、乗客はパニックを起こさず、声も上げていなかった。静かな車内で鈴木は考えを巡らせる。そもそも、この車両に人が居たのか疑問だった。

「いや、居た。岡山から新幹線に乗ったときには人が居たはずだ」

 膝の上に置いていたノートパソコンを脇に退け、鈴木は恐る恐る立ち上がった。ヒップホルスターから拳銃を抜く。弾は呪術的な用途に開発された伝統的な兵装だった。

 一歩一歩、周囲を伺いながら鈴木は、前の車両へ歩みを進めた。

 ふと、通路に誰かが立って居るのに鈴木は気付く。

「誰だ!」銃口を向ける。それは髪の長い女だった。女は右腕を鈴木に向けた。口端を歪ませて笑う。「お前は!」鈴木はかさずトリガーを引く。

 パン!

 青白い光が、真っ暗な車内を一瞬だけ明るく照らし、そしてまた暗くなった。

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斑霧 @nightcore

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