斑霧
@nightcore
1 新幹線・車内(夜)
新幹線の車内には鈴木が叩くキーボードの音がしていた。
鈴木の膝上にはNECのLAVIEが置かれている。LAVIEは、今年の四月に発売されたばかりの新型のノートパソコンで、鈴木が所属する
鈴木の膝の上に置かれたLAVIEの画面にはMicrosoftのWordが立ち上がっている。
鈴木は、つい数時間前に出雲大社で起こった異変から、
余りにも急だったため、鈴木はこうして新幹線の車内で報告書を作成するコトになった。
つい数時間前のコトだ。
島根県西部を震源としてマグニチュード三の微小地震が発生した。
鈴木はその時間帯に近くの銭湯に向かって歩いていた。
鈴木の暮らす部屋は築五十年のボロ屋で、風呂なし、雨漏りはありで、和式トイレ、キッチンも流し台だけが付いた昔ながらのアパートだった。だから夜は銭湯に通うのが日課になっていた。
銭湯に着いた鈴木は、いつものように番台に座る主人にお金を支払うべく、財布を取り出す。
鈴木の顔を見て、銭湯の主人が話しかけてきた。
「よう、あんちゃん。みてみなよ。世の中大変なコトになっちゃってるよ」
「へぇー。何かあったんですか?」
鈴木は財布の中から入浴料の四百五十円を数えて取り出す。
「何か、なんてものじゃないよ。地震だよ、地震。それで神社が倒壊だってよ。これはあれかねぇ。祟りかね」
あれ? 五十円玉無いな。十円玉でいいか。と小銭を取り出すために、鈴木は財布と格闘した。
「へぇー。神社ですか。大変ですねー。どこの神社ですか?」
「あんちゃん!」余りに素っ気ない鈴木の反応にイラついた銭湯の主人が番台を叩いた。「ここ島根で神社っていったら出雲大社しかないだろうがよ! 出雲大社! 出雲大社が地震で倒壊したの!」
「え?」そう言われて小銭と格闘していた鈴木の手が止まった。鈴木は銭湯に設置されているテレビに視線を移した。
ニュースを見て鈴木は愕然とした。
「……嘘だろ」
出雲大社が倒壊していた。
風呂にも入らず、鈴木は築五十年の自分のアパートに向かって走った。
いつだいつだ地震が起こったのは、と鈴木は無意識に唱えながら走った。
三丁目の角を曲がり、築五十年の自分の住むアパートを目にしたとき、鈴木は、もう一つの疑問を口にした。
「何で……俺のアパートは無事なんだ?」
出雲大社と鈴木の住むアパートは電車で一駅分の距離しか離れていない。
つまり、風呂なし、雨漏りありの、このボロアパートが無事で、出雲神社が倒壊する理由が、鈴木には思い当たらなかった。
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