第32話 王都へ
施設長のグレンと相談した結果、私の提示した案を実行することにした。
「しかし44番、君は本当にそれができるのか?」
「まあ、できなくはないです。もっとも効果は、そんなに長くは続かないないでしょうけどね」
「そんなに短いのか?」
「いえ、半年から1年は大丈夫かと。最悪冬が明け、ここの子供達が他の場所に移動するまでは大丈夫だと思います」
「そ、そうか……けれども、その後が問題だな……」
「大丈夫ですよ。実際魔法を使ったのは、あのヴェルゼルディ本人ですし、その魔法が自分の力だと確信しているだろうし、思い込ませます。なので魔法に関しては問題ないと思います。それよりも自分は凄い魔導師なんだ、と勘違いして余計問題になるかもしれませんが」
「そうだろうか……」
私の作戦に納得してくれたものの、グレンは心配そうにしている。
確かに私達がこの施設を出るまでの、期限付きの偽装工作に過ぎない。そして事実が発覚した時のヴェルゼルディの出方が心配なのだろう。
私達はこの施設から出てゆくが、この施設に残るグレン達は、ケーレイン伯爵から逃げることはできないのだ。
「まあ、たぶん心配いらないですよ。それだけの時間があれば、本当の事実を思い出したところで、その証言を誰も信じないでしょうし、そもそもその記憶自体が本当の出来事だったのかどうか、本人すら曖昧になるはずです。その頃には、私は王都に行く予定ですし、この領地からはいなくなりますからね」頃
「たぶん、って……」
グレンは、そう簡単に済むのだろうか、と訝しげな表情である。
でもこれが今考え得る一番確実で安全な方法なのだ。彼等が気絶している今、元凶であるヴェルゼルディを亡き者にしてしまうといった手もあるのだが、相手は貴族の子息である。ヴェルゼルディがこの施設内で死んだ事に、ケーレイン伯爵の怒りを買う可能性もある。
そもそも、自分の魔法で死んだ、などといった突拍子もない嘘、それも平民が語る言葉など信用しないだろう。
というわけで私はこれを選択したのである。
魔法での記憶の改竄、である。
改竄といっても、完璧に記憶を操作できるわけではない。あった出来事を無かったことにすることはできないし、記憶を消すこともできない。いわゆる都合のいい記憶を少し上書きすることで、事実をぼかしてしまうのである。これは睡眠時によく使われる魔法で、いわゆる睡眠学習のようなものだ。
ただ実際の記憶をぼかしているだけなので、時間の経過とともに魔法の効力が弱まってくると、完全に記憶を取り戻してしまうのである。しかし時間の経過と共に、どちらが本当の出来事だったか判断できないことが多い。そこが狙いなのである。
気絶している今が絶好の機会。
私はグレンと共に、ヴェルゼルディとベルゼス、アイラスが寝ている部屋へと向かうのだった。
気絶している3人に魔法を掛けるのは、そう難しいことではなかった。
難しかったのは、記憶に刷り込む設定だけだ。あまり不自然ではなく、それでいてすんなりと飲み込めるような設定でなければならない。3人が共に話が合うように、それでいて円満に済むように睡眠学習させる。
おおまかには、貴族の子息であるヴェルゼルディを私達が持ち上げ、魔法を見せてくれとせがみ、その魔法があまりにも大きかったので暴発してしまった、という設定だ。
ここに来た理由についても、私達は魔法も知らなかったし、魔法を使えるわけがない。といった偽の記憶を刷り込んでおけば問題ない。話の過程で魔法というものを知り、それが見たいと子供達にせがまれた、という事にしている。
ここでベルゼスがケーレイン伯爵に報告した内容が虚偽になるが、その辺りも処分を免れるように、勘違いでした、と素直に謝り、ヴェルゼルディを持ち上げに持ち上げ、おだてにおだて、気分良くしていたという事にしている。
問題は隣の組にもう一人、ベルゼスの仲間がいることだ。しかしそれはグレンが、何とかする、と強く言っていたので任せることにした。おそらくそいつは気の弱い奴なのかもしれない。
その後ヴェルゼルディは、気絶したまま乗って来た馬車でマリー姉さんと共に去って行った。
マリー姉さんの事が心配だったので、偵察マウスを一匹馬車に忍ばせておいた。この領地の内情を知ることにも一役買ってくれることだろう。
こうして、貴族との危機は過ぎたのだった。
そして秋も深まり、そろそろ冬が訪れようとしていた頃。
「──では、以上16名が、本日をもってこの施設より移動することになる。新しい所に行っても元気に励むように」
『はい‼』
施設長のグレンの激励の言葉に、王都に旅立つ子供達は、並んではきはきと返事をした。
私を含めた16名が、晴れてこの施設から王都へと移動することに決まったのである。
晴れて、といえば聞こえはいいが、王都の施設がここよりも居心地が良い場所とは限らない。ここの施設は、いわば子供達を選定するだけの施設だ。これから向かう先が本格的に魔力を搾取される場所である以上、ここよりも過酷な環境になるだろうことは必然であろう。
だが我々は、ここで魔力量を増やすことに成功しているのだ。そう簡単に死ぬことはないだろう。
私達の班からは予定通り5名。だがその人員は少し入れ替えることにした。
当初ここに残る予定だったカイを例の貴族の一件に依り、早めにこの施設から出すことにしたのだ。カイの代わりにこの施設に残るのは、クリスになった。それとカイに懐いているサミーも王都行き確定なので、バランという子と交代することとなった。それ以外は予定通りだ。
私達を除いた王都行きその他11名は、私達の組が4人、隣の組が7人という内訳である。
本気を出せば全員が王都行きになる程に皆の魔力量は増えている。
だがそこは施設長のグレンと相談しながら、誰を王都へ送り、残すのかを決めた。ここまで魔力量が増えたのなら、子供達はよほどの事がない限り死ぬことはないだろうと結論づけ、私もグレン達も一様に安堵したものだ。唯一の心配事は、王都の施設の内情が未知数であるという事だ。
この領地の施設の事はグレン達生き残り組が良く知っているので問題ないが、王都の施設の状況は誰も知らないのだ。
王都行きが吉と出るか、はたまた凶とでるか、とりあえずは行ってみなければ分からない。
「みんな……気を付けてね」
グレンの激励も終わり、私達が旅立つ準備を始めると、クリス達が旅立つ私達を囲んで別れを惜しんでくれる。
「うん、みんなも今まで通り頑張ってね」
これまで通り訓練を続けていれば、こんな仕事などたいして辛くはないだろう。
それに、ポーを筆頭に、クリスも魔法の才能の頭角を現し始めている。冬が明けるまでが勝負だ。特に魔力量が多いポーには、その間にいくつか魔法を覚えてもらわねばならない。
「クリス、ポー、後は任せたよ」
「うん、トーリもしっかりね!」
「ん、ここはわたし達が仕切る。任せて」
「あ、ああ、頼んだよ……」
なんかポーが妙に頼もしく思える。
「……うぐっ……さ、さあ行こうぜトーリ!」
「あ、ああ……」
仲の良い子たちと別れを済ませたカイは、どこか寂しそうな顔で、早く行こうと急かしてくる。
きっと長々と別れを惜しんでいると、悲しくなり泣いてしまいそうになるのだろう。カイはそんな奴だ。
みんなと別れの挨拶を済ませ、王都行き組は施設の外に出た。
ここに残してゆく子供達の事が多少心配でもあるが、私には秘策があるのでそこまで気にしていない。
子供達は馬車へと向けて歩き出す。私は最後に建物から出てきた施設長のグレンに近づいて声を掛ける。
「施設長、例の件よろしく頼みますね」
「あ、ああ、その件は心配するな。こちらでうまくやる。だが君の方も気を付けるんだぞ? 王都の施設がどういった場所か、俺もよく知らないんだ。もしかしたらこの領の施設よりも酷い所かもしれん。十分に注意しろ」
グレンは注意を促してくれる。
しかしこの領の施設に移されても、ほぼ全員が死んでしまう場所なのに、そこより酷くてもたいして大差はないように感じる。どっちもどっちだろう。
「はい、ご心配ありがとうございます。でも、もし本当にとんでもない所だったら、この全員で逃げてきますので、その時はよろしくお願いします」
「お、おい! まだ王都に行ってもいないのに脱走しようなんて考えるな! この会話が誰かに聞かれただけでも厳罰ものだぞ!」
引率の指導員と子供達は少し前を歩いているが、幸い私達の声は聞こえない距離だ。私達の話を聞いている者はいない。
「いえ、状況によっては本当になるかもしれません。施設長もその心積もりでいてください」
「ほ、本当に例の計画を実行するかもしれない、と? 冗談ではなく?」
「ええ、僕は本気ですよ」
グレンとは今日まで結構な頻度で個人的な話もしている。
その中で、この国の平民の在り方についての話もしている。この国の荒廃具合、貴族と平民との格差、平民の扱いの酷さ、これらが改善されないような国であれば、この国に未来はない。
その元凶がどこにあるのか明確になったら、私はこの国を改革するために立ち上がる予定だ、とグレンには伝えてあるのだ。
その時は協力して欲しいと打診もしている。
「……まったく……君は本当にとんでもない子供だな……」
グレンは私の本気度を受け、呆れ果ててしまう。
だが私は本気も本気、大真面目なのだ。のんびりとした人生を過ごすためには、この国を根幹から改革しなければならないのだから。
「了解した。俺も君の案に乗せてもらうことにするよ。この間の打合せ通り、俺に出来ることはやっておこう」
「よろしくお願いします!」
「それじゃあ気をつけてな」
馬車の近くまで来たのでここでお別れだ。
「はい、向こうに着いて落ち着いたらまたすぐに会えますから。みんなにも言っておいてください」
「ったく……君が言うと本気としか考えられなくなってくる自分が怖くなるな……王都まで馬車で六日もかかるんだぞ。そんなすぐに帰ってこられる距離じゃ……でも君ならできるように思えるのも、君だからこそなのか?」
「ええ、だから例の件をお願いしたんですよ。それに僕はいつでも大真面目ですから。では行ってきます」
私達は馬車に乗り込み、サヨナラを言いながらグレン達に手を振った。
私達を乗せた荷馬車は、王都へ向けゆっくりと進みだすのだった。
転生大賢者の世界革命~のんびり人生の為の世界作り~ 風見祐輝 @Y_kazami
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