見えざる者
神崎
【第一話】始まり
何気ない平日の夜、街はネオンの明かりに染まる。
いつものようにゲームセンターに行き、ファーストフードを食べ、普通に家に帰るはずだった。
「なあ、カラオケ行く?」
智也はスマホで時間を確認してから、俊吾に尋ねた。
「わりぃ、今日は俺が妹の面倒見ないといけないんだ、母ちゃんが夜勤だからさ」
「そうか、それは仕方ないな。妹によろしく」
「ああ、分かった」
俊吾の家は幼いころに父を亡くし、母と俊吾と妹の三人で暮らしている。母親の仕事は知らないが、夜勤もたまにあるようだ俊吾は智也にとって、幼稚園の頃からの"悪友"だった。
「そんじゃ、また明日」
「おう、明日」
手を軽く振り、いつもみたいに別れようとした。
いつもと何も変わらない。
そう変わらない。
ただ一つだけ、明確に違うものがあった。
「俊吾、お前 ”頭” どこにやったんだよ」
智也は自ら放った言葉に自分自身も驚いていた。
えっ!? 今、何が起こったんだ? 普通に歩いてて、急に頭が消えて。ていうか俺、何言ってんだよ!! はははは!! 笑っちゃうよこの若さでぼけちまったか? でも目の前の光景はなんだ? 俊吾の頭がない、さっきまでは確かにそこにあったのに。
しかも周りの人間はこのことに気付いていない。そっか夢だ!! 夢だからこんな変なことになってるんだ!! でも、夢でも友人には死んでほしくないもんだな。
「夢だ、夢、夢でよかった」
智也は、そう言って右頬をつねった。
つねった。つねった。つねった。つねった。つねった。つねった。つねった。つねった。つねった。
なんでだ!? なんでだ!? なんでだ!? なんでだ!? なんでだ!? なんでだ!? なんでだ!? なんでだ!?
智也は爪が肉に食い込んで血が出るほどつねった、いや肉を千切った、という方が正しいかもしれない。
「なんで!! なんで覚めないんだよおおおおおおお!!」
人が行き交う交差点の中、大きな声でそう叫んでいた。いや、もしかしたら声にもなっていなかったかもしれない。
その瞬間、周りの人間はようやく事態に気付いたようだった。
「うるせーな!! 何急に叫んでんだ? って、おい!! こっちの兄ちゃん首がねーぞ」
「どど、どうせドッキリか何かだろ? なあ兄ちゃん」
そう言って中年のサラリーマン風の男が俊吾の体をゆすった。その瞬間、俊吾の体は路上に倒れた。
さっきまで血は出ていなかったが、堰を切ったかのように"頭”のなくなった部分から血が流れ出す。
そして、辺り一面は一瞬で血の海と化した。
周りは騒然としていた「キャー」や「人殺し」など恐怖に駆られて叫ぶ者もいた。
無理もないだろう、目の前で起きたことなのに智也にもさっぱり訳が分からなかったのだ。
そんな中、一人の若者が叫び出す。
「もしかして、こいつが犯人なんじゃないか? 急に馬鹿でかい声で騒いだのもこいつだ!!」
若者は、智也のほうを指さして言った。
智也は、まだ完全に回らない頭で、周りの状況を理解しようとしていた。みんな智也から離れて行く。いや、みんな蜘蛛の子を散らすように逃げている。
これじゃあまるで俺が殺したみたいじゃないか!!
その時、智也は急に後ろから誰かに掴まれた。
「まあ、俺はあんたのことを知らないし事件も見てたわけじゃねー、だがあんたの馬鹿でかい声だけは俺にも聞こえた。そして、どう見てもこの場で一番怪しいのはあんただ。だからこのまま警察が来るまで、おとなしくしててくれや」
男はそう言うと、智也の右手を後ろに回し押さえつけた。智也は逃げる気力はなく、逃げようとも思わなかった。
「なんで、なんで死んじまったんだ」
智也は小さくつぶやいた。
そして、すぐに警察がやってきた。
それから少し経ち。現在、智也は警察署で取り調べを受けている。
「で? 君は見たんだな彼が殺される瞬間を」
「はい」
「それで?犯人の顔は?」
「わかりません」
「何か身体的な特徴で覚えていることは?」
「わかりません」
「君は犯人を見たといったよな?」
「いえ、見ていません」
「警察をバカにしているのか!? 貴様は!!」
乱暴に胸倉をつかまれる。その時、別の警察官がやってきた。
「まあまあ、落ち着きなさい」
そう言って、その人は俺に掴みかかった警官をなだめる。
そして、智也をやさしい目で見ていた。
「森警部!! ですが」
さっきまで殴ろうとしていた警官は、納得いかないという風だったが、掴んでいた手を下した。
どうやら殴られずに済んだらしい。森はやさしい顔で智也に近づいた。
「質問攻めで疲れただろう、なにか食いたいもんとかあるか?」
心配そうな顔をしながら智也に尋ねた。
「いえ、今は食欲がなくて」
事件が起きたのはつい2時間前だ、こんな状態ではとてもじゃないが食事をする気にはなれない。
「そうか、だが少しだけ休みなさい、とてもつらそうな顔をしている」
そう言って、やさしく肩をたたいてくれた。
森のおかげで、少し落ち着いたようだった。心配されただけで、うれしかったのだ。
「少しは落ち着いたかな?」
30分の休憩を取った後、森は智也に尋ねる。
「はい、さっきより少しは、楽になった気がします」
「そうか、それは良かった じゃあ質問を再開するよ?」
「はい」
「さっき、隣の部屋で話を聞かせてもらったが、君は友達が殺される瞬間を見たと言った、これに間違いは無いかい?」
「はい」
「だが犯人は見ていないと言った。これは、どういうことなのかな?」
「俺にも何が起こったか分からないんです。でも気が付いたらあいつの首がなくなっていて、それで、それで」
「はああ!? 気付いたら首がなくなっていただと? 貴様!! 警察をなめるのも大概に」
森は手を静かに前に出し警察官のことを止めた。
しばらく間をおいて森は口を開いた。
「その話を私に信じろというのかい?」
怖いぐらいに真剣に目を見て聞いてきた。
「俺は、嘘は言っていません!!」
普通こんな話をして信じる人はいない。いるとしたら、どこぞのSFマニアか、はたまた、どこぞの新興宗教などだろう。
「分かった君の話を信じよう」
「森さん」
森は本当に話を信じてくれたのか、いや完全に信じてはいないだろう。だが智也には”信じる”その言葉がとても暖かかった。
そのあと森さんにはいろいろな話を聞いた、自分の置かれている状況や親が心配していることなど。智也は、どうやら警察内で容疑者として疑われているらしい。
隣を歩いていた人物、それが疑われている一番の理由だ。しかも、意味不明に発狂した男の前に死体だ。誰だって怪しむに違いない。
そして長かった取調べは終わり、警察官と森は署内の廊下で、智也について話をしていた。
「警部、奴の言葉を信じるのですか!?」
理解できないといった顔で森警部の方を見ながら言った。
「いや、私だって全部を信じようというわけじゃあないよ、でも他の目撃者からも、首が急になくなったって証言も取れてるしさ」
「ですが、そんなことありえません!!」
「まあ、目撃者もマジックだと思ったとか、ふざけてシャツの中に首をしまっていたと思ったとか、みんなそういう証言なんだけどね」
「ですから警部、何かトリックを使って、彼が殺したんですよ!! たとえば、そうだピアノ線とか、鋭利な刃物とか」
「あの場でピアノ線や刃物をどこに捨てたというんだい?」
「ですから、そうだ!! グル!! グルだったんですよ!! 犯人はもう一人いてそいつが回収したんです!!」
「ほう、それで?」
「それで? それで終わりですが」
「はぁ、きみは肝心なことを見落としているよ」
「え? どこですか?」
「いいかい、そもそもピアノ線や刃物で殺すのは無理だ」
「いや、無理じゃありませんよ!!」
「君は、それでどうやって殺したと?」
「そりゃ 首に引っ掛けてグイッと引っ張ったり、刃物でスパっと切ったり」
「グイッと?」
「そしてスパッと」
森はしばらく沈黙した後話を続けた。
「いいかい? 実際ピアノ線や刃物で人は殺せるし、首をはねることも出来る、だがあの状況では不可能だ」
「それは」
「あそこには人が行きかっていたんだぞ? そんなところでどうやってピアノ線を引っ掛けて引くんだ? 他の人間にあたってしまうかもしれない。そもそも人間が手でピアノ線を引っ張って首を落とせるわけがない。そして刃物は論外だろう、首を落とせる程の刃物を持っている時点で、目立ってしまうよ」
「じゃあピアノ線を車、もしくはバイクで引っ張って」
「現場の近くに一番近い車道の距離は?」
「確か200mです」
「じゃあ聞くけどそんなところから引っ張って被害者を殺したとしようそのあとピアノ線はどうなる?」
「どうなるって、そのまま巻き取られてさよならです!!」
その言葉を聞き森はしぶしぶ説明を続けた。
「説明するのが疲れてきたから、これで最後だよ。君は、巻き取られたピアノ線が、そのまま人を200m回避しながら、無事に巻き取られると思うのかい?」
悔しそうな顔をする警察官。だが、それ以上何かを言うことはなかった。
取り調べの後、智也は留置場に移されて何日か過ごした。
あれから智也は、いろいろなことを考えた。死んでしまった親友のこと。家族のこと。そして、自分自身のこれからのこと。
その時、留置場の扉がゆっくりと開く、そこには見知った顔があった。
「やあ、つらかっただろう」
「森さん」
「君が彼に何かをしたということを見た者もいない、証拠不十分で君は釈放だ。だけど、場合によっては、また君のことを呼ぶことになるかもしれない」
「はい、それは承知しています」
森の顔をじっと見つめる智也。
「ん? どうかしたのかい?」
「森さんが暖かく接してくれたおかげで嬉しかったです、ありがとうございました」
そう言って、頭を深く下げた。
そして。
智也は久々に外の世界へと解放された。
何日ぶりだろう、日差しがまぶしい。あっ、そうだ家に帰ったら久しぶりに母さんの飯食いたいな。母さん、父さん、姉ちゃん、みんな心配してんだろうな。一回だけ面会できたけど、すぐに面会時間終わっちゃったし。
よし!! 急いで家に帰ろう。
智也は、久々に我が家の前へと辿り着く。そして、玄関に歩を進めた。
「ただいま!!」
そう言ってドアを勢いよく開ける。
みんなが温かく迎えてくれる!! みんなが帰りを待っている!!
そうなるはずだった、そうなるはずだったのに。
「うぅぅ、うぅぅ」
「母さん?」
見えざる者 神崎 @kanzaki_tmy
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。見えざる者の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます