4日目
1月4日
デート当日。
俺は待ち合わせ時刻の1時間前には集合場所にいた。
昨夜はあまり寝れなかったが、対策はしっかりとしたつもりだ。
神が定めた100日後まではまだまだ余裕がある。が、慢心はしない。
夏休みの宿題は前半で終わらせるタイプだ。
もし今日で決めてしまえるならそれでいい。
銀色に輝く腕時計を見ると集合時間の10分前に迫っていた。
側のガラスに写った自分の姿をみて、首元を軽く正す。
うん、悪くない。
ふと改札口の方に目を向けると、花崎らしい女性がキョロキョロと辺りを見回していた。
ふわっとしたブラウンの髪に、女性らしいボアのコート、そして比較的整った目鼻立ち。
話しかけるのに尻込みしてしまうが、彼女が探しているのはまさに自分だ。
俺は花崎の元へたどたどしく駆け寄る。
「は、花崎さん・・・!」
「斎藤・・・くん?」
花崎は天使のような笑顔で振り返った。
か、かわいい。その笑顔を見た途端、言葉に詰まり心拍数も上がる。
目の前に同年代の女子がいることいること、その非日常に少し目がくらみそうだった。
それでも乾いた喉から必死に言葉を絞り出した。
「ひ、久しぶり花崎さん」
「こっちこそひさし・・・・」
なぜかそこで花崎の声が小さくなった。
彼女の目線は俺の顔からつま先へと落ちていった。
「どうかした?」
そう訊ねると花崎ははっとしたように顔を上げた。
「い、いやなんでも!斎藤くん待った?」
「いや、さっき来たとこ」
こんなテンプレな台詞を自分が吐いていることにむず痒くなる。
「そう、なんだ・・・。その、一つ聞いてもいい?」
花崎は目を合わせようとせずにもじもじと訊ねる。
なんだろうこの反応は。もしかして照れているのか?
意外と花崎もこういったデートの経験が少ないのか。
「斎藤くんは、この後仕事とかあるの?」
「え?全然ないけど。今は年始の連休中だ」
「だよね。じゃあさ、なんで、その、・・・・・スーツなの?」
そう言って花崎は目を細めながら俺のスーツに指を指した。
花崎の意図がよくわからず、ガラスに薄く写っている自分の姿を確認する。
革のビジネスシューズに、深い紺色の上下スーツ。首元までボタンをとめた白いシャツに赤いネクタイ。
俺の持っている中で、最も外用のコーディネートだった。
「えっと、その、なんでって言われても・・・」
俺が言葉に詰まっていると、花崎は表情に笑顔を戻して言った。
「ごめん、変なこと聞いちゃった。さっそくお昼いこっか?」
「・・・あ、ああ。店は決めてあるんだ!着いてきてくれるか?」
俺は先導して花崎を連れていく。
店は徒歩で数分ほどの距離にあり、花崎と会話をする間もなくすぐに着いた。
「斎藤くん、こ、ここ?」
「ああ、ここは俺が知っている中で一番旨い店なんだ。ぜひ花崎さんにも食べてほしくて」
ラーメン横野綱。
こってりしたスープと濃厚な油が旨いがっつりラーメン店だ。
駅前に数ある店の中から、俺はあえてこの店を選んだ。
「さ、花崎さん入ろう」
「・・・え、う、うん」
花崎の表情が硬いが、緊張しているのだろうか。
まあでもここのラーメンを食えば、すぐに緊張もほぐれるだろう。
油で少し滑る店内に入ると早速一番人気のラーメンを二人分注文する。
カウンター席につくと、思い切って花崎に話かける。
「ひ、ひさしぶりだな」
「それさっきも言ったじゃん。・・・でもたしかに久しぶりだね。3年ぶりぐらい?」
しっかりと返答が返ってきたことに小さく感動する。
少し上気した声で答えた。
「だ、大学のころから以来だからそれくらいだな」
「3年かぁ。斎藤くんって今東京で勤めてるんだっけ?」
「ああ。東京のIT企業でSEをやっているんだ」
「おー、すごいじゃん!」
「すごい・・・かな・・?」
そこで俺は花崎に隠れて大きく呼吸を整える。
喋れている、たしかに会話になっている。
俺は嬉しくなって東京での仕事の話を花崎に聞かせた。
花崎もさっきまで硬かった表情も消え、ニコニコしながら聞いてくれた。
必死で話をしていると香り立つラーメンが運ばれてきた。
二人で麺をすする。
濃い味のスープとにんにくの辛味が1月の風で冷えた身体を温める。
「美味しいだろ、ここのラーメン?」
「・・・・思ってたよりおいしいね」
俺は花崎と逆側の手でガッツポーズをとる。
花崎は小さな口でラーメンを一生懸命ゆっくり、ゆっくりとすすっていた。
そのまま花崎が完食するのを待ち、店を出た。
会計は花崎がトイレに立っているうちに二人分済ませておいた。
「あ、ありがとう」
トイレから返ってきた花崎は、笑顔でそう言った。
店の外では冷える風が吹いている。
しかし俺は高揚していた。
だってあれほど疎遠だった女子という存在と食事を終えることができたのだから。
もうこれだけで自分を褒めてやりたくなる。
もしかしたら、彼女を作ることは自分が恐れていたほどの事じゃないのかもしれない。
昔から俺は、スポーツにしたって仕事にしたって、真剣に取り組めばある程度の結果は残してきた。
ならスポーツや仕事と一緒で、恋愛なんて、彼女を作るなんて、その気になれば簡単なことではないか。
「この後、どうする?」
口の中でなにかを転がしている花崎に俺は訊ねた。
「もしよければこの後どこか行かないか?」
誘いの文句は自分でも驚くくらい、滑らかにこぼれた。
しかし、
「この後予定あるの」
花崎は熱のない声で言った。
そういえば予定があるようなことは昨日言っていたかもしれない。
「そうか、予定があるなら仕方ない、な」
「うん、今日はありがとう。それじゃ」
花崎は小さく微笑むと、すぐに駅の方へ身を翻した。
その別れ際がずいぶんあっさりとしており拍子抜けする。
少しづつ遠くなる花崎の背中に、俺は拳を握りしめる。ここは勇気の出しどころだ、そう身体が叫んでいた。
「ちょっと待ってくれ!」
俺は花崎を引き止めた。
「・・・どうしたの斎藤くん?」
花崎は笑顔で振り返った。
「実は花崎さんに渡したいものがあるんだ!」
「渡したいもの?」
俺は手提げの紙袋から用意しておいたソレを取り出し花崎へ差し出した。
「なに、これ・・・」
真紅の花弁がひらりと宙に舞う。
「何って薔薇の花束だが・・・」
はっと思い出す。
花束を渡すときは言葉を添えるものだ。
「花崎さん、今日はすごく楽しかった。よければこれからも仲良くしてほしい・・・その、付き合うことを前提として。この花束は今日のお礼の気持ちだ、受け取ってほしい!」
俺は声を張って花崎に伝えた。
・・・これこそが、俺のひねり出した最大の作戦だった。
俺には時間がない。したがって、普通の男女とは違い、2人の関係をゆっくりと涵養していく方法は取ることができない。
つまり短期決戦、短期勝負がこそが、この100日間の基本戦略となっていく。
短期間で関係を深めようとするならば、普通のことをしていちゃだめだ。とにかく印象に残る、斜め上のことをしなきゃいけない。
だから俺は誰もしない、印象に残るデートをしようと思った。
今日スーツを着ているのもそのためだ。
普通の男は、仕事でもない限りスーツでデートに臨むことはない。
そこでスーツにすることにより、花崎には驚きとともに深く印象に残ったはずだ。しかもスーツ姿の男は女ウケがいいと何かの記事で読んだこともある。
私服よりも襟を正す仕草にキュンと来るのだそうだ。
次に昼飯だ。
普通のデートであれば、おしゃれなカフェやレストランを選ぶはず。
しかし、まさかコテコテのラーメン屋につれて行かれるとは思わないだろう。
女性というものは、なかなかラーメン屋のような男客の多い店には入りづらい。
だから、こうやってきっかけを作ってあげることで女性の内なる願望を満たしてあげることができるというおまけも付いてくる。
そして極めつけはこの花束。
今日日、花束を渡す男なんてものは物語の中にしかいないだろう。
だってもらっても邪魔だし。
しかし、女性に生まれたからには一度は、真っ赤な花束を差し出されるというシチュエーションに憧れているはずだ。
いらないと分かっていてもどこかで欲しくなってしまうものは誰にだってある。
その願いを誰も叶えてくれる人がないないなら、俺が叶えてやればいい。
ここまで、斜めを打った戦略は花崎に大きな衝撃を残しているに違いない。
衝撃とは印象だ。そして印象とは恋のきっかけに十分なりえる。
俺は、花崎が10代の頃のようなうら若い反応を期待し、顔を上げた。
「ごめん、まじでいらない」
「・・・・え?」
果たして、花崎はゴミをみるような目で俺を見下ろしていた。
「いや、まじで無理です。色々と・・・無理無理無理」
「え、ええっと。花崎さん?」
「都中くん、少しいいかな?」
目だけが笑っていない。
花崎は吹っ切れたようにブツブツ呟きだした。
「無理。まず服装が無理!なんで休みの日にスーツ着てるの!?他に服無いの!?全然意味わかんない」
「い、いや、スーツのほうがフォーマルでかっこいいかなって・・・」
「それは仕事で着てる時だけだから!休みの、しかも人通りのある場所で隣歩くのすごい恥ずかしい!」
花崎が持つゆるふわな雰囲気とは一転、鋭い目が俺を睨らんでいた。
「それにランチだって。なんでほぼ初対面の相手を家系のラーメン屋に連れていくの!?」
「ほ、ほらラーメン屋って普段女子だけだと入りづらいだろ、だから喜んでもらえるかなって・・・。それにあそこ旨いし・・・」
「たしかに美味しかったよ、味は。でも違うよね。そういう店に入りたいのって気心の知れた相手とだよね?にんにくとか入ってるからせめて仲のいい、気の使わない人と入りたいよね?なんで初対面の人とにんにく食べなきゃいけないの?」
「・・・・・・・」
「あと、この薔薇なに?」
「花崎さんのプレゼントにと・・・。薔薇をもらうのは女性的に嬉しいんじゃないかと・・・」
「普通にいらない。これ持ってこの後移動しなきゃいけないんだけど?電車でめっちゃ目立つじゃん!しかも薔薇って世話大変なんだよ、育てたことある?」
「い、いえ・・・」
俺はいつの間にか正座していた。
「はぁはぁ・・・。他にも色々いいたいことあるけど、もう次の予定あるからいくね。あとこれ」
花崎は財布から1000円を出して俺に握らせた。
「変な借り作りたくないからお昼代はお返しします」
「あ、あの。これからも仲良くってさっきの俺の告白は・・・」
「いや、今の話で応じると思うの?ごめんなさい無理です」
花崎はこちらに背を向けると、駅の方まで歩き出した。
こ、こんなはずじゃ。
頭を打たれたような衝撃と同時に死の恐怖が蘇る。
だめだ、死にたくない。
俺は花崎の後ろ姿に手を伸ばす。
「待ってくれ、俺はどうしても彼女を作らなくきゃいけないんだ!!遊びじゃなく、どうしても必要なことなんだ!俺は、俺はどうすればいい!?一体どうすれば彼女ができるんだ!?」
俺は懇願するように花崎に叫んでいた。
花崎はピタと足を止めると振り返らずにぽつりと言った。
「まず彼女とか以前に、女に対する変な思い込みを捨てたら?偉そうなこと言うの嫌だけど、斎藤くんって女を知らなさ過ぎるよ」
「ど、どうやって知ればいい?」
「知らない。でも女に慣れるしかないんじゃない」
そう言い残して今度こそ花崎は、駅の方へと消えていった。
俺はその場に崩れたまま、しばらく動くことができなかった。
その後泣きそうになりながら家に帰ったのは言うまでもない。
家では何も手に付かず、4日目は最悪の終わり方を迎えた。
100日後に彼女がいないと死ぬ社会人 3℃のお金 @hatsuyuki0141
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。100日後に彼女がいないと死ぬ社会人の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます