3日目

1月3日。


正月休みも残すところ数日で、日に日に現実が背後に忍び寄ってくる。

例年なら積載されまくった仕事を憂いて座禅の一つでも組んでいるところだが、今年は別の懸案事項を抱えている。


一日経ったことにより、ようやく状況に向き合おうと思えた。



ええっと。

まず前提として1月1日から100日後の・・・・4月9日。

その日までに彼女を作らなければ俺は死ぬ。


そしておぼろげに覚えているのが、その相手にも条件があるということだ。

過去に愛した人

現在に愛する人

未来に愛する人


神様はこんなことを言っていたが、意味はまるでわからない。

ただ、この条件というのはおそらく、ズルを防止するためのものだろう。


例えば、巷には今レンタル彼女なるサービスがある。

金銭と引き換えに一時的にだが、彼女ができるというやつだ。


サービスを利用すれば今すぐにでも形式的な『彼女』ができるわけだが、そういった不正を許さないということだろう。


じゃあ恋人ってなんなの?お金なしの無償の愛が恋人なの?愛ってそもそもなんなのよ!


といった具合に愛の定義について解きたいが、進まないので話を先に進めよう。



まず目下最大の問題とは俺に『彼女を作るハードルが相当に高い』ということにある。


・・・ここで少しだけ自分語りをさせてほしい。


自慢ではないが俺、斉藤拓海は、25年間生きてきて彼女ができたことはただの1度もない。


その理由は何故か。

俺が教えてほしいくらいだが、心あたりがないこともない。


俺はこれまで恋人を作るべく行動に出たことが無かった。


高校時代は部活、大学ではサークルやアルバイト、そして今は仕事。

その時々を割と楽しく生きてきた俺の人生に、恋人をあえて挟み込もうと強く思ったことが無かったのだ。


こうして出来上がったのが斉藤拓海(25)だ。

そんな拗らせ方をした今の俺には、当然恋愛経験は0。女性と二人で食事に行ったこともなければ、当然デートをしたことも、手をつないだことも、そういう行為に至ったことすらない。



しかし経験の少なさを嘆いていても仕方がない。


昨日の遅れを取りそうと決心し、俺は早速行動にでた。


まずはスマホから異性の連絡先を探す。

女性とコンタクトを取らなければ何も始まらない。

連絡先一覧をざーっと下にスクロールするが。


「全然ねぇ・・・」


当然といえば当然で、恋愛を怠ってきた俺に女の知り合いはほとんどいない。

結局、女性の連絡先は計3人で、それぞれ小学校、高校、大学の友達・・・でもない、顔見知りだけだ。



いきなり連絡するのってどうなんだこれ・・・。宗教の勧誘と勘違いされないだろうか。

適当に文面を作って送信ボタンに手をかけるが、指先が震えていた。

女性に連絡するのなんて数年ぶりだからだ。




・・・しかし。

死という文字が影を帯びて目の前にちらつく。・・・なりふりかまっている場合じゃないんだ。これは命がかかっているから仕方がないんだ。

そう自分に言い聞かせて、俺は3人にメッセージを送った。



何度もスマホを確認して通知がないことに落胆。そんなことを30分ほど繰り返していると、ようやくスマホが震えた。


果たして返事が返ってきた相手は大学の子だった。

名前は花崎といい、大学でのゼミが一緒のこともあって何かの折で連絡先を交換した覚えがある。

親しくはなかったが、人当たりがよく、自分のような人間でも何度か話しかけてくれる、つまり、いい子だった。


「同じゼミだった斎藤くんだよね?久しぶり!」


花崎は当時を思い出させるようなフランクな文面の返事をくれた。

俺は窮地から救われたような心境で、すぐに次の文面を考える。


「花崎さん久しぶり!突然だけど今日暇かな?」


こんな感じなのだろうか。いきなり食事に誘うというもの驚かせてしまうので、まずは相手のスケジュールを確認する。

相手の都合がつくならそこで初めてデートの提案・・・という流れは不自然ではない気がするんだが・・・。

イマイチ勝手がわからないが、いつまで考えていても仕方がない。

俺はそのままメッセージを送った。



次の返事が帰ってくるまではさっきよりも長かった。

俺は受験結果が発表される前のような心境で、震えたスマホをひっつかんだ。


「ええっと・・・突然どうしたの?」


文面はそれだけだった。

こっちの問に対して『はい』とも『いいえ』ともつかない返事だ。


これはどういう意図なのだろう。

俺は早る気持ちですぐに文字を打ち込んだ。


「もし時間あるなら一緒にディナーでもどうかなって思ったんだけど」


大丈夫だろうか。

送信する。

次の返事は案外すぐに来た。


「今日だよね??ごめん、今日はこれから予定があるんだ。明日のお昼の時間なら空いているけど、明日でもよかったら!」


お、おおお?

これは、つまり明日ならOKということか。


俺は間髪入れずに返事をした。


「ありがとう!じゃあ明日の昼に頼む!」


そのあと大雑把に明日の段取りを花崎に伝えた。



俺は呆然と部屋に立ち尽くしたあと静かに拳を握った。

明日、デートが決まってしまった・・・。

まさかこんなにスムーズに行くと正直思わなかった。


で、デートだよな。初めてのデート・・・。

何を持っていけばいいんだ?何を用意すればいんだ?

熱くなった胸を落ち着かせ、俺はさっそく明日の準備に取り掛かった。




こうして3日目は大きく前進を見せたのだった。

ちなみにメッセージを送った他の女性からの返事はなかった。

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