2日目


1月2日。



朝、俺は死の恐怖と対峙していた。



昨日の夢。いいや、もはや夢じゃない。

100日後までに彼女ができなければ俺は死ぬ。


受け止め難いが、証拠まで見せられては信じるほかない。

昨夜、田中という男が死んだという報道を見たすぐさま、俺は神とどうにか話をしようとした。

メモ書きに返事を書いてみたり、瞑想をして神の声に耳を澄ましりだ。

でも神とのコンタクトはいっさいできなかった。




何も手につかず、放心したようにこたつで特番を眺めていた。


すると玄関からバタバタと誰かが入ってきた。




「あけましておめでとー!」


2つ歳の離れた姉が帰省したようだ。

姉は上着やらマフラーを放り投げると、すぐにこたつへと入り込んできた。


「よ、拓海もあけおめ。相変わらず冴えない顔してるなー」

「・・・別に」


姉の茜は3つほど電車をまたいだ街で働いている。

距離も近いため、実家には頻繁に顔をだしているらしい。


「なにあんた、いつにも増して声がちっさいね。それに何か顔も疲れてない?何か嫌なことでもあったの?」

ジロジロと顔を覗き込む姉に、俺は顔をそらす。

姉弟だからなのか無駄にするどい。


姉の視線をかわしていると、ブブッと姉のスマホが震えた。

「はいもしもーし。あ、浩二。いま?いまは実家だよ、この前も言ったでしょ」


姉は別の部屋でしばらく話をしていたが、すぐに足を擦り合わせながらこたつに戻ってきた。


「で、何の話してたっけ?」


「何の話もしてねぇよ。・・・・今の彼氏?」


「うん、そうだよ。なんで?」


「・・・・いや別に」


「その別にって言うのやめなー」


「・・・・・」


二人してずずっと熱いお茶をすする。


チラと横目で見た姉は、最後の会ったときより随分とキレイになっていた。

身内とはいえ、姉の顔は悪くない。

お互い実家に住んでいたころにも、姉の色恋話は絶えたことはなかった。


しばらく逡巡した末に、俺は弱々しく姉に聞いた。


「・・・なぁ、姉よ。今の彼氏はどうやって作ったんだ?」


「どしたの拓海。そんなこと聞いてくるなんて珍しいなおい」


姉はみかんの白いところを必死で剥がそうとしていたが、力が入って汁が飛び散る。

あ、ごめんと姉は袖でごしごしと机を拭いた。


なんでこんなのがモテるんだ・・・。


「今の彼氏はバーで出会ったの。私も彼氏もバーの常連で、お互いフリーだったから、マスターがセッティングしてくれたんだ」


「・・・・お、おう。・・・バーってなんだよ」


「え、知らないの?」


「いや、概念としてなら知ってる。で、どうやってその人が彼氏になったんだ?」


「?どうやってって・・・。一緒にお酒飲んで、何回か会って、それで口説かれてって感じかな」


「そんなダイジェストを聞きたいわけじゃないんだけど・・・」


何も参考にならない。


「なに、あんたもしかして彼女欲しいのー?」


ニヤニヤとする姉が癪で、姉の顔を押し返す。

姉はケラケラと屈託なく笑っていた。


実の姉に恋愛相談なんて、恥ずかしくてできたものじゃない。

100日後にどうこうって話だって、説明したところで鼻で笑われるのが目に見えている。

「別に、ちょっと正月でぼうっとしてただけだよ」


「ふーん?」


それきり話は終わり、特番の笑い声が居間に響いていた。




姉は予定があるらしく、夜には帰るようだった。

家族総出で玄関まで見送りにいく。


姉は、父と母とあれこれ話をしていたあと、こっそりと俺に耳打ちした。


「なにか困ってるならいつでも言ってきな。姉弟だし特別サービスしてあげる」


「何もねえよ」と苦笑して答えると、姉は笑って帰っていった。


こんなバカな話、誰にも、家族にだって相談できるものじゃない。


姉がいなくなって静かになった居間で、缶ビールを呷った。

ふと鏡を見ると冴えない自分の顔が写る。

・・・ったく、どうしろっていうんだよ。


鏡には冴えない自分の顔が写る。




こうして2日目は何の進展もなく終わった。

残り98日。

本当に彼女なんてできるのだろうか。

遠くで焦燥が広がっていた。


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