100日後に彼女がいないと死ぬ社会人

3℃のお金

1日目

1月1日。



斎藤拓海は例年通り初詣に訪れていた。



夜更けだというのに境内は客でごった返しており、本堂へ参拝に並ぶ列はテーマパークのように長かった。


一緒に来ていた地元の友人と、互いの近況報告をしながら長蛇に並んでいると、案外20分ほどで順番が回ってきた。


「ええっと・・・どうするんだっけ?」


小銭入れから5円玉を探しながら友人に尋ねる。


「二礼二拍手一礼な。覚えてないようじゃ願いなんて叶わないぞ」


「ははは、厳しいな」


一緒に5円を投げ入れて、手順通りに頭を下げる。


「・・・・今年こそは彼女が・・・そろそろ彼女を・・・」


となりでブツブツと祈っている友人の声が聞こえてくる。


ああ、そういえば願い事を何も考えていなかった。

その場であれこれと思案するが、急には何も思いつけそうにない。


「彼女ができれば・・・誰でもいいから彼女・・・」


「・・・・・・・」


隣の声が頭の中に流れるように入ってくる。


・・・彼女。彼女か。

地元から就職の為東京に飛び出して早3年。

俺は今年で25歳になる。

仕事ばかりの毎日で彼女なんて今はいない。

・・・・いや、見栄を張った。

彼女なんて、一度もできたことがない。


ひとり暮らしのアパートで晩飯を食べている時、彼女がいればなぁと考えることは何度もある。

しかしその欲求は長くは続かず、結局仕事の激務の中へ小さくなって消えていく。

働きだしてからはその繰り返しだった。


20代も後半に差し掛かり、同級生からちらほら上がりだす結婚の報告も、他人事のように聞いているだけだったが・・・。


ふと閉じたまぶたの奥に両親の後ろ姿が写った気がした。

そういえば父さんと母さんはもう25歳では付き合っていたんだよなぁ。

彼女、彼女、彼女か・・・。

そうか、俺も彼女を欲していたのか。

それ以外の願いはとくに思いつかなかった。


俺はそっと手を合わせると、口のなかで小さく呟いた。


『今年中に彼女ができますように』



最後に礼をしたあと隣を見ると、友人はまだ本堂に向かって祈っていた。






友人と少しだけ酒を飲んで帰ると、疲れが溜まっていたのかあっという間に布団に倒れ込んでしまった。

そのまま深海へと溶けていくように意識が途絶えた。



『斎藤拓海。聞きなさい』


そこは何もない空間だった。

視界の端はぼやけており、ここがいったいどこだかわからない。

ただ直感的にだが現実ではないと感じた。


『聞いていますか』


声のする方を見るが、その声はこの空間すべてから聞こえてきているようだった。

音声から得られる情報は少ないが、女性っぽい声だ。


冷静に考えれば、ここはどこで、いったい自分はどうしてこんなところにいるのか。状況に疑問は尽きず、恐怖すら感じるところだ。

しかし、なぜか深く物事が考えられない。


頭の中がぼんやりとしていた。

これは夢か・・・?


「ええっと・・・」


『話を聞く準備はできましたか?自己紹介をするならば、私はあなた方人間にとって神という存在です』

天の声はそう言った。


「神・・・さまですか。どうして俺は神様と話すことができているのでしょう」


「そういった細かい話は割愛しましょう。さっそく本題に移ります」

神様はこちらの話を聞いてくれなかった。

コホンと神は咳払いをした。


『今から100日後、あなたに恋人がいない場合、あなたは死んでもらいます』


「・・・・・・・・・・は?」


「100日後、あなたに恋人がいなければ、あなたは死にます」


「・・・・・・・・・え、なぜ・・・?」


『彼女がほしいと願ったのはあなたでしょう。私は神です。あなたの願いは私が聞き届けました。そこで私は、あなたの願いを実現すべくあなたの背中を押すと決めたのです』


「・・・・・あの、それでどうして死ななきゃいけないのでしょう?」



『あなたはそれぐらいしなきゃ火が着かないでしょう。誰かと交際することを後回しに、これまで生きてきた結果が25歳のあなたです。猛省なさい。私は愛を持って、あなたの最初の1歩を後押ししましょう』


「・・・・・・・・・・いやだからって死ぬのは・・」


神は続けた。

何も聞いてくれない。


『彼女にする相手は誰でもいい訳ではありません。その女性とお付き合いしてあなたが本当に幸せになる相手でないと意味がありませんからね。そこで、相手の条件を指定させてもらいます』


「・・・条件ですか?」


『詳しい条件の項目は割愛しますが、大きく分けるとあなたが過去に愛した人、現在に愛する人、未来に愛する人です』


「・・・・・よくわかりませんが」


『後々わかります。今は深く考えなくていいでしょう』


雲の上にいるような夢心地の中、それでも気になることが一つだけあった。

それを聞いた。


「どうして俺が"愛した"人なのでしょう?俺を"愛してくれる"人じゃだめなのですか?」


神様は即座に答えた。


『ええ、あなたが愛するのです。恋愛経験に乏しいあなたはわからないでしょうが、自分から愛することのほうが低リスク・・・いえ、それが愛の本質なのですよ。さあ、もう時間です。これからの100日間が今後のあなた人生を左右するでしょう』


左右って・・・彼女ができないと死ぬのでは。



『それではあなたの幸せを願っています』



強引に幕引きがされたように視界は白くなり、再び俺の意識は途絶えた。





目が覚める。

まだ窓の外は暗く、夜中に目が冷めてしまったようだ。

なんだったんだ、さっきの。

まあ順当にいけば夢だろう。



俺は体内のアルコールを薄めるためキッチンで水を飲む。

実家の家族はもう寝ているらしく、家の中は鎮まりかえっていた。


ん?なんだこれ。


キッチンの端に見慣れないメモの切れ端のようなものがあった。

そこには印刷されたような機械的な文字でこう書いてあった。



『10分後テレビをつけてください。私との約束を果たせなかった田中という1人の男性が今から死ぬ予定です。念の為、さっきの約束は夢でないことを証明しておきましょう』


寝ぼけ半分で、言われ通りにテレビをつける。ちょうど10分ぐらい経っただろうか。

交通事故で田中という男性が死亡した、という報道があった。


「・・・・おい、マジかよ」


眠気が飛ぶ。

冷たい汗が背中をつたった。




この日から、軽率な願いによって始まった、生死を賭けた恋活が始まる。

恋人を作らなければ死ぬ、そんな状況に立たされたとき、人は、俺はどうするのだろう。

ここからはそんな状況に陥った、俺の100日間に渡る記録だ。




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登場人物


<主人公>

・名前:斎藤拓海

・年齢:25歳

・職業:都内でIT系企業に勤務。上京組。

・外見:170㌢59㌔。容姿は冴えないが平均的。年齢よりも若く見られることが多い。

・恋愛遍歴:高校生のころに一度だけ付き合っていた人がいるがそれきり。童貞。

・趣味:ゲーム、アニメ、映画、読書。概ね1人で完結できるもの。

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