最終話 カシオペアが見た鷹

 あんな情けない弱虫にできて俺にできないはずがない、鷹の考えがそこにたどりついたのは必然だったのでしょう。


 このまま鷹が大空を飛び回った所でしょせん星となったよだかから見れば地べたをはいずり回っているのと大差ない、そんな事実に鷹は耐えきれなかったのです。




 その夜、鷹は空の星となるために飛び立ちました。

「兄貴、朝まで待ちましょうよ」

「俺様に逆らうのか?」

「はい……逆らいません……」

 鷹はわしの反対を押し切り、夜空に飛び上がりました。よだかは夜の鳥ですから力を出せる夜に飛んだのは道理ですが、鷹にはそんな道理はありません。

 よだかにできる事が俺にできないはずはないと言う、ただそれだけの話です。


 しかし、当然ですが鷹はよだかではありません。慣れない夜の空は鷹にとって余りにも暗く、いずこへ向かっているのかすらわかりません。

 それでも上を目指せば間違いないと言う事実はたしかに存在し、鷹もまたその事実一つを頼りとして空を目指して行きます。

 さすがと言うべきか、鷹はよだかよりもずっと早く西のオリオンさんに巡り合う事ができました。


「オリオンよ、俺をあんたの所へ行かせてくれ」


 しかしオリオンさんは鷹の叫び声をかえりみることなく、ただ一言「君では無理だね」と言い残したきり何も言おうとしませんでした。


 なればとばかりに鷹は飛びめぐり、南のおおいぬ座の方へとたどり着きました。


「おおいぬよ、俺をあんたの所へ行かせてくれ」


 再び鷹は星に向けて叫びました。


「だまれ、しょせんお前はただの鳥だろ。その羽でここまで来るには億年兆年億兆年だ」

「俺様ができなければ誰ができるんだよ!」

「よだかだよ、よだかはそれをほんの数刻でやってのけたがな。よだかがあそこまでの鳥、ただの鳥じゃないって事に気が付かなかった俺は未熟者だ、だからお前の願いを叶えてやるほどの力はない」



 おおいぬはよだかに対する自らの発言を素直に反省しながらよだかをただの鳥でないと認め、一方で鷹をただの鳥と切り捨てました。

 おおいぬの言葉に、鷹はさらに頭に血を上らせました。よだかができた事が俺にできないと言うのか、そんなはずがあるか。


 鷹は再び夜空を飛び回り、今度は北のおおぐま座の元にたどりつきました。不慣れな夜空でもこれだけ飛べている、俺のどこがよだかに劣るのだと言わんばかりに肩をいからせながら、

「おおぐまよ、俺をあんたの所へ行かせてくれ」

 と鷹は星に向けて叫びました。


「うるさいな、今私は頭を冷やしている最中なのだ。あの時頭が冷えていればあんな阿呆な事を言わずに済んだのだ、その事を私はいまだに後悔している。

 余計な事を言ってよだかの可能性をうばう所であった、余計な事を考えていたのはよだかではなく私だった事に気付くべきだったのにな。だから今はあちらへ行きなさい」


 おおぐまは表面的には冷静をよそおいながらも隠しきれないくやしさを言葉ににじませつつ、鷹をやっかい払いしました。


「よだかはあんたより上なのか!」

「かもしれん、いやそうだろうな。少なくともその時はそうだった」

 

 なぜだ、どうしてだ。あんな奴が星よりも上の存在だって言うのか。


 そんなばかな、そんな事が許されるわけがないとばかりに、鷹は三度夜空を飛び回り西のわし座にたどりつき、また叫びました。


「わしよ、俺をあんたの所へ行かせてくれ」

「やめてくれ、よだかの話をするな」

「よだかの話なんかしてないぞ!」

「俺だって空の星だ、下で何が起きているかぐらいわかる。それでよだかが下でどんな扱いを受けていたか、どの程度の物かわかっているつもりだった。

 だがそんな一方的な思い込みにとらわれた結果、俺はあいつが星になるのに相応の身分である事に気付く事ができなかった、我ながら未熟な奴だ。とにかくさ、俺も未熟者だがお前さんも人の事を言えやしないぞ、この弱虫が」

 わし座はここまで言うや口を閉じてしょぼくれたように肩を落としてしまいました。


「弱虫……?弱虫だと……?」


 弱虫。


 鷹という名前にしがみつく弱虫。


 命を惜しむ弱虫。


 鷹にとって弱虫とはよだかの事であり、弱虫という言葉は鷹にとって最大級のけなし言葉でした。


「ふざけるな、ふざけるなぁ!!」



 鷹はいよいよ完全にいきり立ってしまい、後先考えずに飛び上がりました。よだかはどこだ、俺はあいつのはるか高みに行かねばならない存在だ。それだけが今の鷹を突き動かしていました。

「よだかめぇ…」

 鷹は、本人でも気が付かぬうちによだかの名を口にしていました。



 もう、見ていられません。



「悪いけど、あなたは弱虫ですわね」

「カシオペアよ、どこが弱虫だ!」

「だって弱虫なのですから、他に例えようもないでしょう」

 いきり立ち喰ってかかる鷹には、私の側で星となったよだかなど目に入っていないのでしょうね。目に入っていたとしても、憎しみをあおるだけだったと思います。


「あのよだか、あの弱虫はどこへ行った!」

「ところでおうかがいしますけど」

「うるさい!よだかはどこだ!」

「よだかが空の星となって夜空を照らした所で、あなたにどのような害があるとおっしゃいますの?」

「は?」


 よだかがいるといないとで鷹の生活にどれだけの差があると言うのでしょうか。その大事な質問のはずの答えがそれとは、私いささかあきれてしまいました。


「ですから、よだかが鷹を名乗らなくなった所で何かあなたに嬉しい事があるのですか?せいせいするという答えならば受け付けませんよ」

「俺の名前が……」

「それで、あなた以外の誰が困るのです?そしてあなたは、その事によってえさを取れなくなるのですか?」


 鷹はすっかりだまってしまいました。先ほどまでいきり立って熱くなっていたはずの目はとろけてしまい、羽の動きも急に小さくなってしまいました。


「そんな事にすら耐えきれないあなたは、残念ながら弱虫と言わざるを得ませんね。さきほどからあなたは星たちに声をかけていますが、よだかは死んでもかまわないと言っていたのですよ、あなたにその覚悟はありますか?」

「そんな…………」


 鷹はどうやら、よだかがそんな覚悟を抱いていたとは今の今まで髪の毛の先ほども思っておらず、ただただ自分から逃げるためだけに星になったと思い込んでいたようです。


「まだかわせみやはちすずめにこびる小鳥たちの方があなたより強いですわ」

「ウソだ……………………」


 小鳥たちはつまらない自尊心を捨てて、自分のこれまでのふるまいを素直に反省しています。それに対し鷹はつまらない自尊心を満たすためだけにわざわざ得意でもない夜間に、まるでその必要のないはるか大空まで飛び上がっています。いったい何をしたいんでしょうかね。




 あらいけません、私がいささか調子に乗って舌を動かしてしまったせいで、鷹は気力をすっかり失い力尽きたかのようにまっさかさまに落ち始めました。


 でもまあ、私自身少しかわいそうだったので、風を起こしてあげました。そのおかげで急に地面に向けて落ちる速度がゆっくりになり、鷹はバサリとゆるやかな音を立てて草むらに落ちました。


「ううっ……」

 ほどなくして鷹は体を起こし、ふらふらと歩き始めました。どうやら死ななかったようで何よりです。

 ですがその目もくちばしも、つばさも足取りも全く弱々しく、かわせみやはちすずめよりずっとひ弱に見えます。

 果たして鳥の王者を名乗れるのでしょうか。こんな情けなくて、弱々しい鳥が……。

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続よだかの星 @wizard-T

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