後編
流行というのは急速に進む。
レトロブームは、道具だけにとどまらない。
飲食業界にも余波が届いており、素っ気ない固形飼料のようなアレも、色が付いたり形に変化がでてきている。型抜きクッキーになったようなもんだと思ってほしい。
だが、俺を喜ばせたのはそんなことではない。
食材が現れた。
肉だ。
たぶん鶏肉だ。
焼いたね。塩コショウで焼いたね。
一般家庭で調味料は滅多に使わないシロモノらしく(まあ、カロリー○イトに調味料を振る奴はいないだろう)、「料理人みたいですね」と言われたけれど、そろそろ驚かなくなってきた俺は、この未来に染まってきたのかもしれない。
田中家は、実はお金持ちなんだと思う。
そうでなければ、これだけの調理器具を揃えられないだろうし、リアル食材だって用意できないだろう。
「平助って実はお坊ちゃんなのか?」
「そういう言い方はあまり好きではないんですけど、まあそうですね」
偉ぶらない、躾の行き届いた態度はなかなか好ましい。
このまま大人になってほしい。お兄さんはそれを望むぞ。
「父は、田中の社長なんです」
「田中の社長?」
「ああ、そうですね。瀬戸さんはご存知ありませんよね。タナカという企業なんです」
空間をタッチすると、そこに映像が開く。デザインされたフォントで、タナカと書かれたロゴが浮かびあがる。
スライドされながら移り変わる映像を見るかぎり、商品開発の会社らしい。
「今は主に、古代の遺物を蘇らせる仕事をしています。一過性だけにとどまらないように、定着させたいと思っています」
前に述べたように、この時代の人間達は、自分の足で動くことをやめている。
なんでもかんでも視線を向けると用が済む。
よくわからんが、そこになんらかの力が働いているのだろう。虹彩認証で扉が開くがごとく、アイコンタクトで全ての機械とツーカーの仲だ。俺の身体は未来仕様ではないのでどうにもならないが、未来人は視線で物を動かす超人である。
そんな生活をしていれば、身体能力は激減する。加えてあの食事とくれば、寿命が下がるのも自明の理だろう。
単純に栄養を摂取すればいいってもんじゃない。生きていくには心にも栄養が必要なのだと思う。
うん、俺いいこと言った。
平助をはじめとして、妙に成長が早いと思っていたが、寿命も縮まっているらしい。
光陰矢の如し。
人生が凝縮されているようだ。
健康の為にはウォーキングがいいし、よく噛んでバランスのよい食事を取ろう。
そうだ。昔に戻ろう。人は原始に還ろうぜ。
ということで、国を挙げてのプロジェクトが始まり、想定された年代が昭和だったそうだ。
では、どうやってかつての時代を取り戻すのか。
形から入ろうと思ったのかどうか知らないが、同様の生活を送るため、その時代の物を復活させることになった。
方法は、現地調達である。
欲しい物は現地へ飛んで買い付けてくる、実に商売人らしい考えだ。
タイムマシンはとっくの昔に存在しているため、そんなことも可能なのである。
存在はしているが、時間旅行は特別な資格がなければ行えない。
例の、遺伝子レベルで溶け込んだ個人情報に、時間旅行に関することも刻まれているため、誰もが時間旅行が出来る身体を持っているが、悪用されると困るから、制限がかけられている。許された人のみ、リミットが外されるそうだ。
つくづくロボ的で、同じ人間とは思えない。
時間旅行者は過去へ遺物調査へ赴き、手当たり次第、情報を収集する。そして、その情報を元に、装置を複製するのだという。
カメラに映っている自転車を、3Dプリンターで作った、みたいな感じだ。
なにせこの時代における「映像」というのは二次元じゃないわけだから、そういうこともできてしまうんだろう。
都合が良すぎるって?
そんなもん、俺が知るか。文句は未来の技術者に言ってくれ。
複写して遺物ができあがっても、使い方がわからない。
使い方がわかったとしても、扱えるとはかぎらない。
自転車がその好例だ。
乗ったことのない奴に、いきなり乗れって言っても、そらー無理だよなって話である。
使い方が判明し、それを扱える人が増えていけば、遺物は「製品」として流通していくことになる。
タナカは現在、開発と実験の真っ最中で、そこに俺という遺物リアル世代が現れたもんだから、あれやこれやと用意してくれているということだ。
つまり俺が間違ったことを教えてしまうと、それが正規の手順だと広まってしまうわけで――。
この時代を生かすも殺すも、俺次第ということか。
くくく。世界征服も夢じゃないな。
不届きなことを考えていると、おもむろに平助が口を開いた。
「実は、瀬戸さんには謝らなくてはいけないことがあって……」
神妙な顔で目線を落とし、暗い声をだす。
「瀬戸さんがここへ来た理由は分からないって言いましたけど、本当はうちのせいなんです」
「うちっていうと」
「タナカです。商品開発部がこちらに戻る際、誤って瀬戸さんを連れ出したんです」
「うっかり連れてきちゃったけど、まずいから隠蔽したってことか」
「隠蔽とか、その、……ごめんなさい」
泣きそうな顔をする少年はきっと、社会の闇をまだ知らないのだろう。俺のバイト先は真っ黒なので、後ろ暗いことも色々知っている。
大手企業がニュースで謝罪会見とかしているけれど、バイト先の人曰く「運が悪くバレちゃっただけ。まったく何もない会社なんて、あるわけねーよ」だそうだ。
現地人をうっかり拉致っちゃったことがバレたら会社が死ぬので、社長の家でちやほやさせておこうと思ったら、遺物の使い方とか教えてくれちゃう。
そうだ、あいつに訊けばよくね?
今の俺の扱いは、そんな感じらしい。
「ところで平助くんよ」
「なんですか、瀬戸さん」
「俺って元の時代に帰れるの? それとも秘密を知ったからには、ここで生きてくださいって展開?」
「まさか! そんな非人道なことしません」
次の時間旅行で、元の時代に帰すつもりだったらしい。
同一時空への移動にも制限があるそうで、連続移動はしてはいけないんだそうです。一点集中を避けたいとかなんとか。負荷でもかかるのかね。
こうして平助が事情をゲロったせいで、帰宅した田中社長も観念したのか頭を下げ、その上で助力を請うてきた。
踏ん反り返って「誠意を見せろよ」と上から目線で語ってみたいところだが、小市民の俺がそんな態度を取れるわけもなく、「いやいや社長さん、顔を上げてくださいよ」とへこへこする羽目になった。
これが作戦だとしたら、大人は怖い。
俺はまだまだ小童だ。
それからの二週間ほどは、未来3Dプリンターであれこれ作製し、用途の説明をする日々。
平助はマッチを使って火を起こせるようになり、目をキラキラさせて喜んでいたので、火事の怖さを語っておいた。
現地映像の片隅に花火セットが映っていたので、それをそっくりそのまま具現化してもらい、できたらラッキーぐらいのつもりで火をつけたら、ちゃんと花火になっていた。これには社長も興奮していた。
今は夏で、未来の夏もやっぱり暑い。
アイスクリームの作り方なんて知らないから、かき氷を教えた。果汁に砂糖を混ぜてシロップもどきを作って、ぶっかけて喰った。ちゃんとしたシロップがあればもっと旨いもんになるだろうに。舌が真っ赤に染まるイチゴ味や、青く染まるブルーハワイを喰わせてやりたいものである。
卵が手に入ったので、ホットケーキも作ってみた。ベーキングパウダーがないので膨らまなかったが、平助の母親は喜んでいた。
次の旅行で何を収集すべきかアドバイスを求められたので、「いっそのこと、図書館まるごとコピって、百科事典とか参考すればいいんじゃね?」と言っておいた。そこから欲しい物をピックアップすればいいのだ。
まあ、そんなことができるのかどうか知らんが。
こうして「夏休み」を過ごした後、俺が元の時代へ戻る時、平助は涙目で別れを惜しんでくれた。
弟ができたみたいで、ちょっと嬉しかった。
気づいた時には一人暮らしの部屋で寝ていて、携帯電話には実家からの着信履歴が並んでいる状態。掛けなおすと電話に出たのは妹で、「お
「だって、昨日から電話してるのに出ないじゃん」
「あれ、今日何日だっけ?」
「――寝ぼけてるの?」
「いやー、実は俺、ちょっと未来に行ってきててさ、今帰ったとこなんだわ」
「ドラ○もん、いた?」
「いや、外国人みたいな顔の日本人がいた。なんか、今、昭和がブームらしいぞ」
「設定練り直してきたら?」
嘘偽りなく告げたのに、妹は呆れ声でそう言うと、「おかーさーん、お兄からー。いつも通り、なんか変なこと言ってるー」と母を呼んだ。
いつも通りってなんだよ、こら。
俺は切り札を出した。
「おまえには土産買って帰らねーからな」
「やだ嘘、ちゃんとラスク買ってきて!」
「知るか、あほ」
平助のような、できた弟もいいが、俺にはこれぐらいの妹でちょうどいい。
*
ひと夏の経験が俺を大人にしたわけではまったくないが、未来を描いたSF映画を妙に冷めた目で見てしまうようになったのは、痛い副産物だろう。
そういう意味では「大人になった」のかもしれない。
季節がめぐり、今年も夏がやってきた。
蝉の騒がしさに紛れるように、玄関をノックする音が聞こえ、俺は立ち上がる。
「ごめんください。隣に越してきた者ですが、ご挨拶に伺いました」
はきはきとした礼儀正しい声がした。一応ドアスコープから覗くと、そこには外国人が立っている。留学生だろうか。
随分流暢な日本語を喋る人で、英語力が乏しい身として、これは大変ありがたい。
玄関ドアを開けると、金髪を撫でつけたさわやかなイケメンとご対面。
顔に似合ったイケメンボイスで、彼は言った。
「隣に越してきた、橋本です」
「……はしもと?」
「はい。橋本浩二です。よろしくお願いします」
どこから見ても外国人の青年は、流暢すぎる日本語で、日本人の名前を名乗った。
俺は、強烈な既視感を覚える。
この違和感を、俺は知っている。
なあ、橋本さん。あんた、ひょっとしてタナカの社員さんじゃね?
思いきって、訊ねてみようか。
そして俺は、社長Jrに渡すプレゼントを用意するのだ。
かき氷のシロップ。
ついでに練乳もつけてやろう。
イチゴ味+練乳の破壊力は、平助を心酔させるに違いない。
にんまり笑った俺は、橋本さんを見つめて口を開いた。
未来の人類は過去に歓喜する 彩瀬あいり @ayase24
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