眠れる森の美女に祝福を授ける魔法使いのおはなし

彩瀬あいり

眠れる森の美女に祝福を授ける魔法使いのおはなし

 この国には、魔法使いが住んでいます。

 魔法使いとは称号であり、地位のひとつ。

 弟子をとり、跡を継がせます。

 そうやって魔法使いは、代々、王家に仕えているのです。


 ルイゼもまた弟子入りをして、ようやく跡継ぎとして認められたところ。国からも認定され、師匠の代わりとして会合にも出席できる立場となりました。



 でも、だからといって、これはない――


 お城の広間で、ルイゼはかたまっていました。

 泣きそうでした。

 どうして私がこんなところにっ。


 国王夫妻にようやくお子様が生まれた記念に祝宴が催され、祝福を授けるために魔法使いがあつめられています。

 場数を踏んでいない新米魔法使いのルイゼは、出された食事の味もよくわからないぐらいの緊張の中、必死にかんがえていました。

 王女さまに「贈り物」をしなければなりません。

 一人ひとりが、祈り、祝福を授けるのです。

 順番に。



「王女さまは、美しくお育ちになることでしょう」

「王女さまは、多くの富を手にされることでしょう」


 ああ、それ、言おうと思ってたのにーっ。


 招待された魔法使いは、全部で十二人。

 ルイゼは十二番目の担当なのです。

 いいかげん、ネタだって尽きるというものです。

 美貌とか知性とか富とか、無難なものは最初の人たちが授けてしまいますので、あとになればなるほど、与えるものがなくなってしまいます。

 ああ、今またルイゼが言おうと思っていた「美しい髪」を言われてしまいました。他になにがあるというのでしょう。

 こうなったら、運動能力にすぐれているとか、病気をしない健康な身体、とかはどうでしょうか。

 そこに賭けようとしたとき、隣にいた十一番目の魔法使いが、言いました。


「王女さまは、すぐれた体力を兼ね備え、健康にお過ごしになることでしょう」


 なんで、それ言うのよぉー!!


 呆然と隣をみると、してやったりといった顔の魔法使いと目が合いました。

 彼女の瞳にうつるルイゼの顔は青ざめ、絶望に彩られていたことでしょう。


 詰んだ――。


 国を代表する魔法使いによる、数々の祝福に、来賓をふくめ、広間にいる人々は高揚していました。

 さあ、最後の魔法使いは、どんな素敵な「祝福」を授けてくださるのかしら。

 期待は高まります。

 ルイゼは立ち上がろうにも立ち上がれません。

 もう、頭はまっしろです。

 いっそ、ここから逃亡でもしようかと思っていたその時でした。

 高い位置にある窓が、外側から開きました。

 びゅおーという強い風とともに、ローブを着た魔法使いがふわりと降り立ったのです。


「どういうことだい、このアタシを招待しないだなんて」


 しわがれた声、曲がった腰。

 隣で「え、実在したの?」とつぶやいた声のとおり、彼女はあまり表に出てこない、年老いた魔法使いです。

 弟子もとらず、森深くにたった一人で住んでいる、異質な存在でした。

 お城の偉い人が、もそもそと言い訳をはじめます。

 揃いのお皿が十二枚しかなかったため、魔法使いも十二人だと思っていたのだそうです。

 それは間違いではありません。

 国が定めた魔法使いは十二人。

 あの魔法使いは、少し前に突然どこからか現れた、認定外の魔法使いなのですから。

 十三人目の魔法使いは、激高げきこうしました。

 そして、「呪い」のことばを放ったのです。


「王女は十五歳になったとき、紡ぎ車のつむが指に刺さって死ぬのだ」


 広間は騒然となりました。

 兵士が魔法使いをとらえようとしましたが、そんなことで魔法使いがつかまるわけがありません。年をとっていようとも、彼女は魔法使い。

 あっというまに、姿はかき消えてしまいました。

 王妃さまは顔をおおって泣きわめき、国王さまはそんな妃に寄り添っています。

 偉い人が兵士に指示をだし、バタバタと出て行く人が多数。来賓の貴族たちも、ざわざわと落ち着きがありません。

 その中の一人がふと、言いました。


「そうだ、まだ一人残っているじゃないか」


 ざわつく広間に、その声は不思議と響きわたりました。

 そうして人々の目は、一人にあつまりました。

 中心にいたルイゼは、今度こそ倒れるかと思いました。

 な、なんで、私が、こんな、目に――。

 まだ発展途上であるルイゼに、あの年老いた魔法使いがかけた「呪い」を解くことなんて、できるわけがないのです。

 ですが、ルイゼは魔法使いです。

 国を守り、導くための魔法使いの一人です。

 ルイゼにできる、せいいっぱいのことをするしか、ありません。


「かけられた呪いを取り消すことはできません。しかし、力を弱めることはできるでしょう」


 ルイゼは「祝福」を告げました。


「王女さまは死ぬわけではありません。百年間の眠りにつき、目を覚ますことでしょう」




 死の呪いは緩和されましたが、安心はできません。

 王は、国内から紡ぎ車を排除しました。それらを生業なりわいとしていたものは苦労しましたし、国を去った者もいましたが、命令は絶対です。

 そうこうしているうちに、王女さまは十五歳。

 魔法使いたちが授けた祝福通り、美しく健やかに育った姫は、健脚けんきゃくを駆使し侍女たちから逃げ出すことなどいつものこと。

 城の塔の最上階へあがってみたところ、紡ぎ車を見つけました。

 王女さまは、知らない道具に興味を示して近づきます。

 伸ばした手の指に錘が刺さり、深いふかい眠りへと落ちてしまいました。

 どうして紡ぎ車が残っていたのか、追及の声があがりましたが、起こってしまったことはしかたがありません。

 魔法使いたちは考えました。

 王女さまは、百年の眠りにつきます。

 彼女が起きたとき、不自由なく暮らすための環境が整えられていなければならないでしょう。


「どうして、私がっ」

「だって、百年の眠りをかけたのは、ルイゼじゃない」

「あれは呪いを緩和しただけじゃない、私が残っていたから、王女さまは死なずにすんだのでしょう?」

「そうよ、あなたのおかげ」

「だったら――」

「だからこそ、このお役目はあなたがもっともふさわしいわ」

「名誉なことよ。王女さまの眠る城を、百年間守りつづけるのだから」

 だったら替わってくれと訴えましたが、固辞こじされます。

 師匠に泣きつきましたが、こちらは「弟子が王家のために身を尽くす」という事態に酔っており、ちっとも役に立ちません。

 家族にもよろこばれました。

 こうなると、なげいているルイゼのほうが「おかしい」ことになってしまいます。

 ルイゼは覚悟をきめました。

 魔法使いは、魔法使いとなったときから、長寿になります。何百年も生きるわけではありませんが、百年と数十年程度にまで寿命は伸びるのです。

 だから魔法使いは弟子をとり、跡目を継がせ、自身は「魔法使い」から身を引きます。

 そうすることで、普通の「人」としてせいをまっとうすることができるのです。

 師匠をふくめた十二人の魔法使いたちに見送られ、ルイゼは城へと入ります。

 城の中には、たくさんの食材があります。魔法使いたちによって、防腐の術がかけられているので、王女さまが目を覚ましたとき、おなかをすかせても平気でしょう。

 材料だけがあったってしかたがありませんから、料理人だっています。お世話係の侍女も数名、それからほかに何名も。

 すべて、百年後の王女さまのためにあつめられた人々です。

 不安そうな人々に、ルイゼはせいいっぱいの微笑みを向けました。


「皆さまの御心は、王女さまの心に宿り、また皆さま自身をあたためることでしょう。百年という長き時を過ごす、よき力です」


 本当はルイゼだって不安でいっぱいです。

 ですが、魔法使いは人々をささえ、導く者。

 皆を安心させて、城とともに眠りについてもらわなければならないのです。

 男女別にわかれ、隣あった部屋にたくさんのベッドをおき、使用人たちはルイゼの魔法で眠りにつきました。

 それを合図とするように、城の窓にはいばらのつるが這い、全体をおおいつくしていきます。

 十二人の魔法使いたちが城を囲み、眠りの魔法が外へ漏れぬよう、そして、内部の魔法がより強固となるよう、術の重ね掛けをおこなっているのです。

 これより先、ルイゼは城で定期的に魔法をかけつづけます。

 途中で目覚めてしまわないように見まわりつづけるのです。




 わかっていたこととはいえ、それはとてもつらく、長い時間でした。

 魔法をかけた鏡が映す外界は、はじめこそルイゼのことを案じていましたが、日々の生活に埋もれ、薄れていきます。

 やがて師匠は、新しい弟子をとりました。

 ルイゼと同じくらいの若い魔法使いは、希望を胸に魔法使いの跡を継ぎました。

 やがて、ルイゼを知っている魔法使いは「人」へ戻り、魔法に関する記憶を失い、そしてルイゼに関する記憶も薄れていきます。

 魔法使いを辞したあとはともに暮らそうと約束していた男は、別の娘と結ばれました。

 ルイゼの両親が死にました。

 家は荒れ、誰も住むこともなく朽ちていきます。


 そのすべてを、ルイゼは城の鏡を通して、見つめていました。

 鏡は本来の機能を失い、ただ、外の情報を映すだけのものとなっていきます。

 ルイゼは、求めました。

 外とのつながりを求めました。

 ですが、もうルイゼという魔法使いを記憶している者はおらず、ただ「いばらにおおわれた城」があるということだけが人々に語り継がれ、そこにルイゼの存在はありませんでした。

 いばらの城は「十二人の魔法使いによって保たれている」とされています。

 その「十二人」の中に、もうルイゼはいないのです。


 どうして。

 わたしが術をかけているから、この城はあの頃の姿のまま、保たれているのに。


 自分がなぜここにいるのか、ルイゼはわからなくなってきました。

 かんがえて、かんがえて、かんがえているうちに、わかりました。

 あの日、あの時間、あの場所でおこなわれた祝宴。

 十三人目の魔法使いさえやってこなければ、ルイゼが百年の眠りをになうこともなかったのです。

 魔法使いの禁忌。

 過去へ渡る魔法。

 師匠の本をこっそり盗み見たルイゼは、それを知っています。

 時を操る魔法は得意でした。

 だからこそ、死の呪いを、百年の眠りという術へ変じることもできたのです。


 それからのルイゼは、過去へ渡る魔法を試しはじめました。

 何度も何度も失敗を重ね、ようやく願った時代へと渡ることができるようになったころには、随分と時が経ってしまっていました。

 もうすぐ、百年の眠りからも覚めるのではないかという時分でしたが、ルイゼの頭には「あそこへ戻ってやりなおす」ことしかありません。

 それだけが、それこそが、願いでした。

 

 ルイゼは時を渡りました。

 けれどほんの少し、願った時代よりも前へと来てしまったようです。まだ王女は生まれていません。ルイゼ自身、師匠へ弟子入りをし、修行に励んでいる頃でしょうか。

 なつかしい、狂おしいほどに焦がれた、あの頃がまぶしくて、すこしこわくて……。

 ルイゼは森にひっそりと隠れて暮らすことにしました。

 きたるべき未来を待ちました。

 そうして、王女が生まれたことを知ると、城へ警告の手紙を出したのです。

 悪い魔法使いが祝宴の場で、王女の命をねらう。自分ならばそれを阻止することできるので、その場に招待してほしい、と。

 だというのに、お城の者たちは、十二名の魔法使いのみを招待して、ルイゼを無視したのです。このままでは、歴史は繰り返されてしまいます。

 ルイゼは城へと向かいました。

 痛む身体をなんとか動かし、風の魔法を駆使して、窓から広間へと降り立ちました。



「どういうことだい、このアタシを招待しないだなんて」


 乾いた喉からこぼれたのは、しわがれた声。

 身体は痛み、腰も曲がってうまく立つこともできません。

 どこからか「え、実在したの?」と、つぶやき声が聞こえました。

 いつか、どこかで聞いたことのある言葉でした。

 声の主を求めて視線を巡らせると、そこに「ルイゼ」がいました。


 ああ、まだは大丈夫だ。


 城の男が揃いの皿が十二枚であることを申し立てますが、そんなことは知っています。

 魔法使いは十二人。

 私は時を超えて戻ってきた、ことわりの外にいる魔法使い。

 危機を伝えるためにやってきた、十三人目の魔法使いなのだから。


 魔法使いはそれを伝えるため、皺だらけの口を大きく開きました。


「王女は十五歳になったとき、紡ぎ車の錘が指に刺さって死ぬのだ」



 だから救って。

 王女を。


 百年の呪いから、を救い出して――。



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