頭の中でわちゃわちゃされるのマジ笑えないからやめろ

かぎろ

道端に、百万円が落ちている。

 道端に、百万円が落ちている。


 僕の名前は圭二。高校で普段通りに授業を終えて、帰り道を歩いていたのだが……まさかこんなものに出くわすとは……。とりあえず僕は頬をつねる。どうせこれは夢だ。こんな普通の道に札束が落ちてるわけないだろ。一通りいろんなところをつねった後、僕はもう一度、そこを見た。


 道端に、百万円が落ちている。


 万札が分厚い束になって風になびいている。


 ぱらぱらと札束がめくれて、裏面も見えた。


 バッチリ鳳凰の図柄が描かれていた。


 よくあるメモ帳とかじゃない……


 本物だ。


「パクっちまえよ圭二! クヒヒ!」


 軽薄な声がして、ハッと斜め上を見ると、そこに浮遊しているのは全身真っ黒の小人だった。


「おまえは……僕の頭の中の悪魔!」

「ここは人通りも少ねえんだ、バレやしねえって!」

「う……で、でも……」

「なあ考えてみろよ、百万円あれば何ができる? 高級飯屋でたらふく旨いもの食えるだろうなあ。リゾート地でバカンスできるだろうなあ」

「た、確かに……」


「お待ちなさい」


 厳かな声がして、ハッと見ると、そこに浮いているのは金髪で白衣を着た小人だった。


「あなたは……僕の頭の中の天使!」

「圭二さん。悪魔の言うことを聞いてはいけません。百万円を落とした人は今頃悲しんでいます。交番に届けましょう」

「うるせーぞ天使。落とした奴の管理がなってねぇのが悪ぃんだよ」

「悪魔は黙っていなさい。さあ、拾って交番に行くのです」

「天使のことはいいから、パクってパーッと使っちまえよ!」

「うう……僕は……僕はどうすれば……」


「こうしてはどうだ?」


 気さくな声がして、ハッと見ると、そこに浮遊しているのは鼻の下のホクロと厚ぼったい唇が特徴的な、ちょっとニキビ気味のフツメン男子だった。


「あなたは……僕の頭の中の……」


 存じ上げなかった。


「誰だよ……」

「俺はおまえの頭の中の渡辺ごん太郎だ」

「誰だよ!」

「久しぶりだな、伊集院バナナ」

「誰だよっっ!!」

「な~んてな。これは変装。ハリウッドメイクだよ。俺はごん太郎じゃなく、おまえのよく知っている存在だ」

「誰なんだよ」

「ふんどしざむらい」

「だから誰だよ!! 何なんだよあんたは!! 百万円についてなんか言うために現れたんじゃないのかよ!」

「ああ、そうだった」


 僕の頭の中のごん太郎は、邪悪に笑って言った。


「百万円、パクっちまえよ!」

「悪魔と被ってんだよ!!」

「クヒヒ! 仲間が増えたぜ! オレサマは悪魔。よろしくなごん太郎!」


 悪魔とごん太郎が握手を交わしている。僕は頭を抱えた。


「なんてことだ……僕は悪魔寄りの思考なのか……?」

「そんなことはありません」


 凛とした声が響く。天使が光の環を輝かせ、決然として僕を見ていた。


「圭二さんは理性的な人です。今こそわたくしが天使仲間を呼んで差し上げましょう」

「おお……! 助かる!」

「現れなさい、わたくしの同胞よ」


 天使が両手を祈るように重ねると、光が燦然と周囲を照らし出す。


「こ、これは……!」

「悪魔たちよ、刮目なさい。これが我が同胞の姿……」


 新たなフツメン天使が後光とともに降臨した。


「大天使ゴンタロエルです」

「ごん太郎じゃねーか!!」


 僕はまくし立てる。「誰なんだよごん太郎って!! こんな奴僕の記憶にねーよ!! どっから出てきたんだよ!!」

「伊集院バナナよ。百万円をパクっておしまいなさい」

「しかも悪魔側なのかよ!!」


 堕天使だった。改めて僕は道端の百万円を見る。


「くっ……やっぱり、パクるしかないのか?」

「なりません! 人として正しい行いを……」

「天使の言うことは無視無視!」「そうだぞバナナ! パクっちまえ!」「バナナよ、パクるのです」「パ・ク・れ! パ・ク・れ!」「バナナなら パクってみせろ 百万円」「バナナ君の! ちょっとパクるとこ見てみたいー!」

「ごん太郎増殖してる!!」


 大量のフツメン男子に囲まれてしまった。なにこの状況。そろそろまともな奴出てきてくれ……。


 そう思っていると、背後から「お待たせしました。助けに来ましたよ」と声がした。

 あまり期待せずに振り向く。


 エリンギが浮遊していた。


「エリンギ!!」

「私はあなたの頭の中のエリンギ。この状況を打破してみせましょう」

「もうわけわかんねーよ」

「全人類を焼き払い灰燼と成せば百万円などどうでもよくなります」

「おまえが一番悪魔っぽいな!!」

「あ、あなたはエリンギ大邪神様!」


 突然、悪魔とごん太郎たちがエリンギにひれ伏し始めた。


「おまえが一番悪魔なのかよ!!」

「私の配下が集まっていながら人間ひとり唆せない体たらく。あなたがたには処分が必要なようですね」

「そ、そんな!」「大邪神様! どうかもう一度チャンスを!」「次こそは必ず!」


 エリンギが、どうやってかはちょっとわからないが、溜息をつく。


「……私も鬼ではありません」

「悪魔じゃん」

「あなたがたに最後のチャンスを与えましょう。この人間を悪の道に堕とせれば、処分は保留とします。ですがあなたがたに実力がないのも事実。必要な道具があれば私が用意しましょう」

「優しいな」

「そ、それでは大邪神様……まず包丁をいただきたく」

「ふむ。刃物で脅し、百万円を拾わせるのですね。いいでしょう」


 僕の頭の中の包丁が出現し、悪魔の手に渡った。


「次に大邪神様、フライパンをいただけますでしょうか」

「この人間を叩き、暴力により従わせるのですね。いいでしょう」


 頭の中のフライパンが出現し、ごん太郎の手に渡った。


「次にガスコンロを」

「地獄の業火で皮膚を灼き、屈服させるのですね」

「醤油を」

「致死量飲ませるぞと脅すのですね」

「塩と胡椒を」

「くしゃみを出させるのですね」

「最後にバターを」

「太らせて生活習慣病にさせるのですね」


 道具が悪魔たちに行き渡った。準備は万端であった。

 エリンギ大邪神が、勇ましく叫ぶ。


「さあ! 我が配下たちよ! この人間を魔道に堕とし、全人類を悪が支配するその皮切りとするのです!」




     ■




 こうしてエリンギのバター醤油炒めが完成した。ごん太郎たちはそれをめちゃくちゃ美味しそうに食べた。悪魔の所業であった。ちなみに百万円はよく見ると表面にsampleと書かれていたので僕は泣きながら走った。

 明日へ向かって走った。

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